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忍法血風録  作者: 瑞鶴寺鉄心斎
忍者武中八九郎
10/19

民を救うは殿の努め

「おお! これが音に聞こえた大洲鉄砲隊か!」


常日頃物静かにて感情を表に出さず表情ひとつ変えずつまらなそうな顔をしている祝六郎(ほうりろくろう)とも思えぬ。まるで子供のごとく眼を輝かせ顔をほころばせ一種の興奮状態にある彼の視線の先には、演習中の鉄砲隊の姿があった。


「構えい──筒!」


「火い──点けい!」


「狙え──い!」


撃て()ーーっ!」


硝煙の匂い立ち昇り、着弾の後すこし遅れ炸裂音の響く。狙いは正確にて、100(メートル)ほど先に掲げられた扇の的を撃ち抜いていた。


「見事な……ものだ!」


六郎はそう感想を述べるも、


「なにが見事じゃあ。このような芸当、おぬしでもやってのけようが」


八九郎、そのように云う。──なるほどその言の通り、六郎もこのくらいは朝飯前にある。7連発をすべて、この距離にてしかも上下する扇の中央に当ててのける腕の持主にある。


だが──


「莫迦。俺の銃は特別製だ」


六郎は『金忍』にある。これは忍法の歴史からみればかなり新しい部類に入り、金──つまり金属を用いたからくり細工を得意とする忍者にある。六郎はその術を銃をつくるに用いていた。


今現在で云う、CUSTOMIZE(カスタマイズ)銃にある。六郎自身の要望に応えられるよう数々の改造が──原型をとどめぬほどに──施されている天下の一品物にあった。


「その寝ぼけた眼であの者らの銃をようく見てみろ」


「あれは──種子島ではないか」


種子島火繩銃! 今現在広く用いられるようになった雷火銃よりもさらに旧式も旧式! 今や射程面に於いても命中精度に於いても信用が今ひとつとなり果てた、骨董品に近しきもの!


「そうだ。あれであそこまでやってのける──これは相当な訓練の賜物だ。すくなくとも種子島に於いては──俺よりもずっと上の腕前だろう」


六郎は忍者であると同時にひとりの鉄砲使い。そちらの面からの視点にて、彼は鉄砲隊を見ていたのである。


「すばらしい。尊敬に値する。──御役目の最中にあるため叶わぬが、できるならいち足軽としてでもよいから、あの隊の一員として加わりたい」


「……」


立場は違えど八九郎とて似たようなもの。彼は忍者であると同時にひとりの剣術使いにある。──今現在でこそ忍者として生きてゆく道を選んだものの、ついぞこの前までは剣の道に生きる気満々にあった男にある。


故に六郎の気持ちが、ようくわかったのである。


「──くらぁ! うすらデカい独活(ウド)ども! いつまで油売りしとるんじゃあ!」


彼らの後方よりかかったは、聞き慣れた──否、慣れたを通り越して聞き飽きた声。


「なんじゃあ? この鱗魚人(うろこさかなびと)が」


(なまず)岩魚(いわな)のごとき鵜久森五郎兵衛の顔を見ながら、八九郎は返した。


「なんだ? 要件はもう終わったのか?」


八九郎と六郎のふたりを除く他5名の忍者は、到着の報告をなすため、そして直々に依頼の内容を聞くべく、ここ大洲城が主である殿との謁見に向かっていた。──六郎と八九郎は万一の事態に備え、城内には入らず外にて控えていたという次第。


たとえ御殿とて依頼人とて完全には信用せず常に万一に備える──忍者の極意にある。


だがこれには理由が他にもうひとつ。


「ああ、終わりじゃ。万事速やかに進んだわい。──かっ! おどれらがおらんとこうも速やかに事が進むもんなんじゃのう!」


無愛想な六郎と品性下劣なる八九郎とが居れば、殿の御機嫌を著しく損ねかねぬがためのことであった。


「けっ、あの豆チビは弩盲(どめくら)じゃ! わしらよりこの岩魚坊主のほうがよほど、殿の機嫌を害するわい!」


「かっ、何云よんじゃろかこの達磨侍(だるまざむらい)は! わしはおどれよりずっと品行方正な、忍者の(かがみ)じゃあ!」


双方の論どちらが正しいかには非常に興味深いところではあるが、


「六郎、八九郎、御役目ご苦労にござった。──早速にて申し訳ござらぬが、これより、目的の場所へと向かうでござる」


一行をまとめる役を頭領より仰せつかった田中次左衛門の言によりそれは遮られることとなった。


「次左、結局どうなった?」


六郎の問いに対しては、


「それは、行く道中にて申し上げるでござる」


との、答えであった。



目指す目的地たる小窪村は山深き窪地にあるちいさな村である。まこと名は体を表すとは、このことにある。


ここ大洲藩を統べる大洲城及び城下町そのものが山と河に囲まれた盆地にあるが、それをさらに極端にしたようなものであると云うが、殿の言にあった。


「窪地じゃから、石高には初手(ハナ)から期待ができん。殿もそのあたりは重々わかっておって、年貢取立てにも温情をもって接していたとのこと」


三四郎がそう云えば、


「なるほど、のう。──じゃが殿がそうであっても、取立て役がそうであるとは限らん」


と、八九郎。


「無論、そうでござる。拙者もまずそこを疑い申した」


「ですが我々の思うことはすでに殿も思っておられました。──ひそかに手の者を走らせ、取立ての様子を探らせていたとのこと」


お千代の云う『手の者』とは、つまり大洲藩主加藤泰祉公お抱えの、『忍者』のことである。


「なんじゃあ? 手の者がおるならば、そやつらに任せておけばよいじゃろうが?」


「わざわざ──俺たちを呼ぶまでのこともなかったろう」


八九郎、六郎、そのように答えると、


「──我々では、どうしようもなかったのであります」


との、声、背後よりする。


「ぬうっ!?」


何奴(なにやつ)!」


振り向き様に八九郎は左手にての逆手抜刀にて斬りつけ、六郎もまた振り向きを終えると同時に発砲していた。──この回避不能な十字斬銃撃を、声の主はなんとか紙一重の差にてかわしてのけた。


「お、愚か者ども! この御方はあやしい者にはござらぬ!」


「今わたしの述べた、泰祉公お抱えの忍者であります!」


「話も(ロク)に訊かずいきなり殺しにかかる莫迦がどこにおる!──いやここにおったわ!」


「菊地殿! お怪我はないか!?」


──その者の名は菊地文之進(きくちぶんのしん)。大洲藩主お抱えの忍者、つまり紀州で云うところの御庭番のような地位にある者。忍者としての腕前はかなりなものであるということは、同時に放たれた八九郎の斬撃と六郎の銃撃を見事かわしてのけたことからも明らかにあった。


これほど腕の立つ者がいながら、何故わざわざ他藩の忍びの手を借りる必要があるのか? 八九郎や六郎が疑問に思うも、無理もない話にみえる。


「我々はあなた方とは、立場が違いますが故」


これは伊豫忍軍の組頭衆を下に見ての言葉に非ず。むしろ文之進のほうが立場がひくい。──『忍軍』の名のしめす通り伊豫忍軍は松山藩お抱えの忍者軍団、つまりは正規軍の一員として、藩が召し抱えている立場にある。


いっぽう、大洲藩は松山藩のように忍軍を保有しておらぬ。藩が召し抱えているは文之進をはじめとする何名かの頭衆(かしらしゅう)と、その周りの者それぞれ数名に限られた。


残る者らは必要が生じた際に金銭にて臨時に雇うといった──昔ながらのやり方となっていた。


つまり大洲忍者のほとんどは、土着の忍び衆であった。


「我々頭衆は普段は殿の御側に仕えており、その身辺を警護するが役目にあります。──なにか事が生じた際、命に従って動きまするが、そのひとつが手勢を集めることにあります」


云わば藩と土着忍者とをつなぐ仲介役の性格をもっていたが、大洲忍者頭衆である。


「いちいちその度に集めて雇うのか?」


三四郎は不思議そうに問うが、それは彼がお抱え忍者の立場となって幾久しいがための疑問にすぎぬ。


「ええ。そのほうがいろいろと動きやすいですが故」


このやりかたが普通である大洲忍者からすれば、何ら疑問に思うことはないのである。


「しかし、此度はそれが裏目に出たのであります」


何かしらの不具合が、起きたようである。──そしてそれが、伊豫忍軍がここまで出張ってくる理由となっていた。


「その、雇いの者──我々の配下として迎えられる立場となる者らなのですがな、それが困ったことに、かなりの数が何かしら、これより向かう小窪と関わりがあるのでござります」


「なにっ」


文之進の言によると──


「今直ちに雇える者らのうち、2割ほどが小窪の出。3割がそれらと遠近問わず縁者にござり、他2割が忍びとして関わりぞ深く、3割が本業──商いやら何やらの上で、関わりを持っておるという次第」


「つまり今このまたたく瞬間に動ける忍びは皆すべて残らず、小窪と関わりがあるということではござらぬかーーっ!」


まこと、次左衛門の云う通り。


「左様。それ故に我々は動けぬのであります」


これにはふたつの意味があった。


「なるほど。頭衆とは云えど仲介役としての面の大きなあなた方だけでは動けない」


「そなたらが下手に動けば、藩内の忍びの大半を敵にまわすことにもなりかねぬと」


お千代と七郎がそれぞれふたつの意味を述べた。


「いかにもその通り。──故にあなた方の力を借りねばならぬと、云うわけであります」


文之進の事情を、次左衛門、お千代、七郎、三四郎、六郎らは呑み込むことができた次第にあったが──


「お?──ほたら、なんじゃあ? おどりゃあ……」


「わしらを戦わせ、己は高見の見物を決め込むつもりであると、そう申すか?」


「ほらぁ、問屋(といや)(おろ)しやへんど!?」


五郎兵衛と八九郎、そのように喰ってかかる。


「こ、こりゃあ八九郎! なにを申すか!」


「五郎兵衛! うぬもじゃ! 口を慎まぬかっ!」


七郎と三四郎が慌て止めにかかるが──


「……」


「……」


次左衛門と六郎は、しばし動かぬ。


このふたりの言が必ずしも完全に的をはずしているとは思わなかったが故のことにある。


『二虎競食の計』と云う策が、支那の軍略にあるが、これは己では到底勝てぬ強者どもをうまくあやつり互いに争わせると云うものである。いかに強者とてそれら同士が戦えば双方無事には済まず、決着がつこうがつかまいがその勢い、力のよわってしまうは避けられぬ。──そこを漁夫の利を得るかたちにて後より参戦するが、この策にある。


文之進らがその策をとっておらぬと云う保証はどこにもない。小窪に関わる土着忍者衆と伊豫忍軍とを争わせ、その力を削ぐ或いは勝敗の決せんとしたところで大洲忍者頭衆が介入し、ことごとくを討ち取りに来ぬとも、限らぬのである。


──しかしながら初手からそうと決めつけるは、忍びの道に反すること。


要らぬ思い込みにて動くは策として下の下。確たる証もなしに決めてかかるは、思わぬところで足元を掬われかねぬ悪手にある。


それも重々承知していたがため、


五郎(ゴロ)(ハチ)、やめないか」


「そなたら、文之進殿に無礼をはたらくでない」


と、ふたりもまたこの狼藉者どもを抑えにかかるに至ったのである。


(なに)ゃあ? こりゃ生臭坊主! 豆鼠! わりゃあどもまでこやつの味方をするかぁ!?」


「おぬしらは甘い! 甘いのう!」


五郎兵衛と八九郎は未だ納得のいかぬ様子なれど、


「菊地殿、阿呆(アホ)どもが無礼をはたらき申し訳ござらぬ」


「こやつらは(ロク)でなし故に、我々も手を焼いておる者ら」


「どうか、お許しめされい」


七郎、三四郎、次左衛門と、まとめ役たる3名が謝意を述べるに至れば、事は自然と収まりに向かう。


「い、いや……疑われても仕方のなきこと。──わしの云いかたがまずかった。これでは、罠に誘い込むようにとられても仕方がござらぬ」


文之進、そのように答える。


「……」


お千代は最後まで動かなかった。


そこに、ひそかに声のかかる。


「──気をつけてかかったほうがいいな。誰が信用できるかわからん」


山地三四郎である。得意とする風忍法のひとつ。大気の振動を調節し、他の者には決して聞こえぬ会話をなす術を用いてのものにあった。


「ええ、ここはすでに──『敵地』真っ只中」


つぶやくように、お千代は答えた。

忍者集団は遂に目的地小窪村へと入る。待ち受けるは何者か、見当もつかぬ。


山木草風すべてが敵か味方かわからぬ。案内役の大洲忍者すらも──


次回、『忍者菊地文之進』

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