3分ボタン ~前編~
男が河川敷の土手の上に立って、夕日を眺めていた。
彼は呟く。
「俺には金も無い。彼女もいない。住む家も無い...どうしたら良いんだ...」
彼はつい一月前まで普通のサラリーマンだった。が、最近の不景気の煽りを受けて、リストラを喰らい、今は無職である。
「いつまでもこうして惨めな思いをして突っ立っていても仕方ない...いっそのこと死のうかな...」
「お待ちなさい!」
彼が驚いて後ろを振り向くと、茶色の服を着て、茶色の帽子を被った男が音も無くそこにいて、こちらを見ていた。
「お困りのようですね。」
その茶色帽はそう彼に言う。
「冷やかしにでも来たのか?俺のこの惨めな様子を見て。」
「とととんでもない!寧ろ手助け出来るかもしれません。もしかすると貴方のお望みのものが全て手に入るかもしれませんよ。」
「え?」
茶色帽の突然の言葉に驚く男。
「世の中、お金です。お金さえあれば貴方の欲しかったブランド物が買えます。お金さえあれば車だって買えます。さらには人生最大の買い物、と言われる家も。貴方もお金稼いでみませんか?」
こんな上手い話あるのかと半信半疑ではいたが、どうせ嘘でも失うものは無い、と男は話に食い付く。
「...俺はどうすれば」
「簡単です。このボタンを押せば良いんです。」
と言うと、茶色帽は、ボタンをこちらに差し出して来る。いかにも押すなよ危険というような雰囲気が漂うボタンだ。
「まさか五億年ボタン?」
最近巷で流行っていたからな。一度押すと百万円貰える代わりに、異世界に五億年飛ばされるが、その異世界での記憶は残らず、さらに現実世界の時も進まないとかいうやつか。
「五億年ボタンをご存じであれば、話は早い。おおよそ同じ代物です。ですが、これは『3分ボタン』です。
「3分ボタン?」
突然の新出ワードに思わず聞き返してしまう。
「そうです。一度押すと百万円出てくるのは同じです。異空間に飛ばされるのも、現実世界では時間が経過しないことも同じです。ですが、異なるのが時間と...」
「3分ってことだな。」
「ええ。後もう二つ程。異空間の中での記憶は残ります。そして、この異空間に飛ばされるのはいつかわかりません。」
「成る程。このボタンを押した後、すぐ飛ばされるかも知れないし、5分後、もしくは10年後飛ばされるかも知れないということか。」
「呑み込みが早いようで安心しました。あ!後もう一つ。大切なことを忘れていました。このボタンを押した後は、決して自殺をしてはなりません。3分ボタンを押した者が自殺することは、この世では厳罰に値する行為とされていますから。勿論妬まれたりして他殺されるのは構いませんし、病死、偶然の交通事故死も大丈夫です。」
「意外に条件は緩いのか。よし、押させて貰おう。」
「わかりました。それではこのボタンを」
男はその禍々しい雰囲気を漂わせているボタンを受け取った。
(...よし。これで今まで俺をボロクソに言って来た奴を見返してやる。果たして何回押そうかな...)
なんて思案しながら後ろを振り返ると、例の茶色帽の姿は既にそこに無かった。
(まあいいか...元々変な人だったし)
男は未だ半信半疑ながらも、恐る恐るボタンをポチッと押してみる。
ポン
「マジか...本当に」
男の目の前には、100万円が。
(何なら当面困らない位出しておこう)
ポチッポチッポチッポチッ......
「よし、このくらいでいいかな」
男の前には、数千万、いや、数億円ものお金があった。
「これで...俺も億万長者だ!」
彼はその金を持って家へ向かって走って帰って行った。その足取りはかなり軽かった......
後編は近日中に公開します。