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銀の指輪を抱く騎士  作者: しろげん
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7 決闘

 大広間では思いもよらないことが起こっていた。

 声を荒げているのはドミニクだった。

 真っ青な顔のアデルに掴みかからんばかりの勢いで、何か喚くようにまくし立てている。

 舞踏会に来ていた他の貴族達が、ひそひそと様子を窺いながら二人を遠巻きにしていた。

 リュシアンが大広間に入ると、目の前で人垣が引き裂かれるように左右に割れた。

 今夜の主役であり、かつて騎士隊長という名誉ある地位にいた卑しい出自の自分がこの場をどう収めるのか、人々の無言の圧力と好奇の視線を感じる。

「何をしている」

 リュシアンが声をかけると、弾かれたようにドミニクは振り返った。

「お前のせいか……」

 怒りで本性を剥き出しにしたかのような恐ろしい形相だった。

 アデルの顔は真っ青だったが、唇を噛むようにして、じっと何かに耐えているようだった。

「どうもこうもない。貴様、王女に何を吹き込んだ」

「何のことだ」

「とぼけるな」

 ドミニクはさらに声を荒げ、今度はリュシアンの胸ぐらを掴んだ。

「傭兵の分際で、王女の心を我がものにしようなどと……不遜にも程がある」

「何を言ってる……」

 リュシアンは肝が冷える思いだった。

「私は見ていたぞ。いや私だけではない。ここにいる誰もが、貴様が王女の手を強引に引いて外へ連れ出すのを見ているぞ。その後にお前と踊っているのも」

「嘘を言うな。お前は見ていたはずだ」

「こんなに大勢の前で言い逃れする気か。美しい王女を見て、誘惑したくなったのだろう」

「何だと」

 そんな気持ちがまったくないと言ったら嘘になる。

 だからこそ、強く否定した。

「違う。お前は勘違いをしている」

「何が勘違いだ。王女は……アデリーヌ様は、私との婚約を解消すると仰られたのだぞ」

「え……」

 思わずアデルを見つめた。

 目を真っ赤にした王女は、それでも決然とした表情で、リュシアンの視線に応えるように見つめ返して来た。

「何を……馬鹿なことを」

 それはアデルへ向けた言葉でもあり、自分の中でくすぶっている激情を抑えるための重い蓋でもあった。

「アデル様。いったいどういうことなのです。あなたは陛下が認められた結婚を、拒むおつもりなのですか」

 アデルは刹那、顔を歪めた。

 怒りと悔しさとをない交ぜにしたような表情だった。

「わたしにも、結婚相手を選ぶ権利はあります。たとえ政略結婚だったとしても」

「アデリーヌ様……なんと」

 ドミニクは呆けたような高い声を上げた。

「なんと仰られたのです……政略結婚だなどと……選ぶ権利だなどと……あなたはこの私に、何の不満がおありなのですか。ずっとあなたのお傍で、あなたをお守りして来たというのに」

 アデルはきっ、と顔を上げ、ドミニクを睨みつけるような目で言った。

「あなたが欲しいのは、王女の夫としての地位だけよ。まだ未熟なエミールを取り込むのにも必死で、事あるごとにお父様のご機嫌を窺ってばかりで……あなたは私を見てはいない。この三年間あなたを見ていたからわかるの。あなたと結婚しても、私は幸せにはなれない」

 まくしたてるように、だが強くはっきりとアデルは語った。

 ドミニクは目を見開いた。

「ご自分の身分をわかっておいでなのか……あなたにはそのような我が儘など許されぬのですぞ」

 アデルは答えなかった。

 ただその場にじっと佇み、ドミニクの視線を毅然とした態度で跳ねつけていた。

「くそっ……」

 ドミニクの怒りは、リュシアンに向けられた。

「貴様……生まれも育ちもどこの馬の骨ともしれぬ……騎士隊長という地位に就いただけでも忌々しいものを、アデリーヌ様までたぶらかすとは……」

「聞き捨てならんな、ドミニク」

 リュシアンの胸に、静かな闘志の炎が宿る。

「俺は確かに礼儀も作法も知らない傭兵だった。だがそれは過去のことだ。今はこの国の騎士として、アデル様やエミール様に忠誠を誓っている」

「そんな口先だけの忠誠に何の価値がある。三年も旅に出たまま、お二人を放っておいたのはどう言い訳するつもりだ」

「それは俺の使命を果たすためだった」

「ひとりよがりの勝手な使命だ」

 吐き捨てるように言ったドミニクは、ふとリュシアンの胸に目をやった。

 その途端、まるで信じられないものを見るように視線がそこへ釘付けになった。

「貴様……その指輪は」

 ドミニクの声は震えている。

「その指輪を見せろ」

 首から下げた革紐を乱暴に引っ張られ、リュシアンは反射的にドミニクを振り払った。

「わかったぞ……わかったぞ、リュシアン。貴様は純真なアデリーヌ様をまんまと騙して、その王族の紋章の入った指輪をどこかで売り払うつもりなんだろう」

 周囲が不穏などよめきの声を上げる。

 リュシアンは、自分へ疑惑の目を向ける者が少なからずいるのを肌で感じた。

 ドミニクと同じように、貴族の中で自分を快く思っていない者は他にも無数にいるのだ。

「おやめなさい」

 人々の動揺を静めたのは、アデルだった。

「その指輪は、わたしが彼に贈ったのです」

 張り詰めるような沈黙。

 リュシアンはアデルが次に何を言うのか、じっと見守った。

 背中を冷や汗が伝う。

「私は、彼を伴侶に選びます」

「許さん……決闘だ」

 ぎらぎらと憎悪に燃える目が、リュシアンを捉えていた。

 もはやドミニクの怒りを収めることは、誰にもできないだろう。

 自分が彼と戦う以外には。

「……いいだろう。受けて立とう」

 リュシアンは頬を叩かれた手袋を拾い、ドミニクを睨み返した。

「明日の朝、礼拝堂の前で行う。私が勝ったら、そのまま王女と婚礼の式を挙げる」

 引き攣った笑みを浮かべながら、ドミニクは宣言した。

「無理強いする気か」

「陛下のお許しは得ている。私達は、いつでも結婚できるのだ」

「王女の意志は尊重しないのだな」

 ドミニクが歯を食い縛る。

 ぎりりと、その音が聞こえた気がした。

「一時の気の迷いなのだ。誰にでもあることだ。私はアデリーヌ様が間違った道へ進まぬよう導く義務がある」

 ドミニクはもう平静を取り戻しかけている。

 リュシアンは自分もまた憎悪に囚われてしまわないよう、そっと深呼吸した。

「とにかく、お前の挑戦は受け取った。やるからには、騎士の名誉にかけても絶対に負けない。あらゆる災いから主君をお守りするのが使命だからな」

「使命という言葉がそんなに好きか。芸のない奴め」

 挑発するような言い方だったが、リュシアンは乗らなかった。

「守るべき者を守り、力を必要としている者に手を貸すだけだ。それが騎士道というものじゃないか。お前はそれを忘れてしまったのか」

「黙れ」

 ドミニクは理性を失ったように叫んだ。

「明日の朝、お前と剣を交えることを楽しみにしているよ」

 そう言い残し、リュシアンはドミニクに背を向けた。

 アデルの傍を通り過ぎる時、悲壮な表情で自分を見送る彼女にそっと頷いて見せた。

 その場にいるすべての人々の視線を一身に浴びながら、リュシアンは大広間を後にした。

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