4 舞踏会
音楽隊が、華やかな音楽を奏でている。
食事を終えた人々が、手を取り合い踊り始めた。
リュシアンは慣れない王侯貴族の集いに辟易していた。
埃まみれの旅装束を、上等な生地の仕立ての良い礼服に着替え、伸ばしっぱなしだったぼさぼさの髪も宮廷の理髪師の手であっという間に整えられてしまった。
窮屈でたまらない。
まったく性に合わない格好だった。
自分はやはり、こんな日常には耐えられそうもない。
だが今夜は皆、自分のために集まってくれたのだ。
挨拶ひとつせず引っ込むのは、礼儀に反する。
リュシアンは声をかけてくれる人々に、丁寧に感謝の言葉を伝えた。
ようやくひと区切りがつき、衆目から解放されたところで、リュシアンはほっと息を吐いた。
給仕が配っていた杯を取り、中のエールを飲み干す。
喉を潤しながら体に染み込むほろ苦い刺激に、ようやく生き返った思いがした。
日没からだいぶ経つというのに、この大広間の熱気はまるで真昼のようだった。
息も絶え絶えなほどの暑苦しさに、首元のスカーフをこっそり緩めた時だった。
音楽が変わった。
リュシアンは何とはなしに、そわそわとした雰囲気の大広間をぼんやりと眺めた。
楽しげに踊る貴族の子息や令嬢に混じって、ひときわ目立つ二人がいる。
大広間の中心で、ドミニクと王女アデリーヌが踊り始めた。
長身の貴族の青年と美しい王女の組み合わせは、周囲の注目を一気に集めた。
ドミニクは華麗な足捌きで、王女を先導するようにステップを踏む。
アデリーヌの表情は、ドミニクの肩に隠れて見えない。
リュシアンは、胸の奥で何かがざわつくのを感じていた。
育ちの良いドミニクと、花のような王女アデリーヌ。
誰がどう見ても、これ以上ないほど釣り合う二人だった。
リュシアンは自分の目を疑った。
続けて踊ろうとするドミニクを振り払い、王女がこちらへ足早にやって来る。
呆気に取られているうちに、王女は目の前に立っていた。
「リュシアン」
夜会用のドレスに身を包んだ王女アデリーヌは、頬を紅潮させながら言った。
「踊りましょう」
三年ぶりに聞く、優しい声。
きらきらと光る瞳が、まっすぐ自分に向けられている。
「……アデル様」
王の間で再会した時とだいぶ違う彼女の様子に、リュシアンは驚きと戸惑いですぐに反応できなかった。
「あ……ごめんなさい」
それをどう思ったのか、アデリーヌ――アデルは申し訳なさそうな顔で俯いた。
「長旅で疲れているわよね。わたしったら……」
「いえ」
リュシアンは声が上擦ってしまうのを抑えようとしたが間に合わなかった。
旅の疲れのせいか、酒のまわりも早いような気がする。
「ねえ、お話しましょう。こっちへ来て」
アデルは振り返りながら、柔らかい夜風の吹く方へリュシアンを誘った。
リュシアンは杯を給仕に返し、軽やかな足取りで逃げる少女を追いかけた。
蝶のようにひらひらと翻るドレスを身に纏った王女は、大広間の煌びやかな明かりが届かない暗がりへ消えた。