エピローグ
固い地面の上で、リュシアンは気が付いた。
目の前で、ドミニクがうなだれて座り込んでいる。
貴族の上等な服は土埃で汚れ、後ろ手に縛られて地面に直に座らされていた。
リュシアンの剣はドミニクの横に、地面と垂直になって突き刺さっている。
気を失う直前の光景が、瞬く光のように頭の中を駆け巡っている。
――せめて、自らの罪を認めればよかったものを――。
そう思ったのだ。
ドミニクは微塵も認めようとしなかった。
リュシアンは本気で殺そうとした。
だができなかった。
ドミニクを敵として憎みきれていなかったから。
剣に迷いが生じた。
だから隙を突かれた。
「リュシアン、リュシアン」
半ば叫ぶような王女の声。
泣きながら自分を呼ぶエミールとアデルの顔が覗き込んで来た。
「よかった……」
二人は涙を流しながら笑顔になった。
「大丈夫……それほど深い傷では……」
「喋らないで」
アデルの手が脇腹の傷を押さえてくれていた。
「ドミニクは自分の罪を認めたよ。これから裁かれるんだ」
エミールが強い意志のこもった声で言った。
「エミール様……私の剣を受け止めたのは、あなたですね」
黙って頷いた王子の顔には、あどけない少年の面影はもうほとんど残っていないように思えた。
「ドミニクがあなたにしたことは許せないし、甘いと言われるかもしれないけど……でも、ぼくは二人が殺し合うのを見たくなかった。だってぼくにとっては二人共、尊敬する師匠だから……」
エミールは顔を背けた。
その頬が微かに震えているのを見て、リュシアンは胸が熱くなるのを感じた。
「驚きました……私は本気で剣を振り下ろしたはず……」
覚えているのは、腕からびりびりと伝わる強い衝撃。
エミールは、騎士団長として名を馳せたリュシアンの剣を受け止めることができるまでに、成長していたのだ。
そして、エミールをそこまで導いたのは……。
リュシアンはまだ、ドミニクへの怒りが完全に消えたわけではなかった。
彼は間違いを犯した。
だが死を以て償わせたいという気持ちはもうなかった。
彼は確かに、忠実に王子に仕えていたのだ。
※
――数年後――。
黄金色に染まり始めた広い草原には、自由の風が吹いていた。
礼拝堂の鐘が鳴り響き、純白の鳩が一斉に青空へ舞い上がる。
国王は息子に王位を譲り、娘と騎士の結婚を認めた。
騎士と王女の婚礼は、大勢の人々に歓迎された。
王子は、数々の冒険を共に潜り抜けた騎士と姉である王女の結婚を、心から喜び、祝福した。
「あなたに永遠の忠誠を」
騎士は王女の手を取り、その甲に口付けた。
二人の指には、真新しい銀の指輪が輝いている。
「ありがとう……あなたはわたしの騎士。そして、わたしの……」
王女は目に涙を浮かべ、騎士の頬を手のひらで包んだ。
「わたしの最愛の人よ」
手を取り合う二人の上を、渡り鳥の群れが飛んで行く。
夏空は鮮やかな青から深い蒼へ、秋の実りを感じさせる清々しい風が、草原を駆け抜けて行った。
END