986.伯爵家の、密談。
三人称視点です。
グリムたちがギルドの酒場を後にした頃、迷宮都市『ゲッコウ市』の太守の邸宅では、親子で密かな話し合いが行われていた。
「本当にあの者たちなのか?」
太守であるムーンリバー伯爵が、娘のムーランを真剣な眼差しで見つめる。
「タイミング的に、偶然とは思えません。それにシンオベロン卿は、リリイという名前の子供を連れていたんでしょう? しかも八歳の……」
「……そうなのだ。どことなく……前陛下の面影があった気がする……。生き残っていたというのか……?」
「とても偶然とは思えません。私は、大きな勘違いをしていたのかもしれません。神託にあった『二つの月の巫女、二つの月の光の勇者』というのは、トワイライト様とタマルが生きていて、そのことを指しているのだと思っていました。でもそれは……リリイ様だったのかもしれません。そしてリリイ様と思われる子と一緒にいたという女の子は、猫亜人だったんですよね? 神託に示された救世主は、その二人なのかもしれません……」
「そうか……。てっきりトワイライト様が、どこかで生きていて下さると思っていたのだが……」
「私も生きてくれていると信じていたのですが……」
「父上どうするのですか? 私はこれ以上もう待てません。我々が待っている救世主が現れなかったとしても、公王を打倒しましょう! あいつはもう……昔の優しかったミドラスではありません」
少し声を荒らげたのは、長男のムーディーだった。
「兄さーん、前公王が親友だったから、敵を打ちたい気持ちはわかるけどー、ここで焦ったら七年も我慢したのが、水の泡になっちゃうよー。父上だって、言いなりになって我慢してきたんだしー、僕だって素頓狂をがんばって演じてきたんだからー」
次男で衛兵隊独立部隊隊長のムーニーが、少しおちゃらけた。
「ムーニー兄様の素頓狂は、元々じゃないの?」
「ムーラン、それはないだろー。無能を演じるのは、大変なんだぞー」
「はいはい、そういうことにしておきましょう」
「……しばらくは、様子を見よう。公都の連中がどう動いてくるかもわからん。それに本当の敵は、今の公王ではなく彼を操っている……もしくはおかしくしてしまった存在だ。その存在は……おそらく悪魔が関係しているはずだ。となれば、我々だけでは倒せない。七年も待ったのだ。はやる気持ちを抑えて、今しばらく状況を静観しよう」
伯爵は、苦々しい表情で拳を握った。
「くぅ……やむを得ないか……。公都の情報は、引き続き私が探ります」
長男のムーディーが、唇を噛みしめる。
「やはりそうするしかないでしょー。迷宮都市の中の情報はー、もれなく拾うようになってるからー、変わった動きがあったらすぐに知らせるよー」
次男のムーニーはそう言うと、お茶をすすった。
「そういえば……レジスタンスの奴らの動向は、大丈夫なのか? 今焦って動かれては、こちらとしても迷惑だからな」
「うーん、父上、奴らの事は気にしてもしょうがないですよー。コントロールできませんからー。迷宮都市の中では、動く気配はないしー。相変わらずー、亜人たちを中心に国に虐げられている者を救う活動を行ってるようでー、むしろ迷宮都市の外での活動の方が激しいですからー」
「そうか……ある意味、奴らの動きが目くらましになってくれているのは、ありがたいがな」
「父上、レジスタンスの全容は分かりませんが、時が来たら共に戦うべきではありませんかしら?」
「……動きからして、信用できる奴らだとは思うが……もう少し調査が必要だろう……。ムーランの言いたい事は、十分にわかっているがな」
「調査しても、これ以上は情報出ないかもよー。奴らほんとに尻尾を出さないからねー」
「そこをつかむのが、お前の仕事だろ」
「ムーディー兄さん、そりゃないよー。俺だって万能じゃないんだからさー」
「珍しいわね、ムーニー兄様が弱気になるなんて。私も私兵部隊を使って、探ってみるわ。あと……グリム=シンオベロン、そして一緒にいる子供たちについても、探ってみるわ。直接近づいてみるのもいいかもね……」
「そういえば……奴らは、今晩『フェファニーレストラン』に行くと言っていたが、来なかったのか?」
「そうなのです。お父様からの使いが来たから待ってたのに……期待はずれですわ」
「父上、今さっき報告に来た部下の話によればー、奴らはギルドの酒場で食事をしたみたいですよー。しかも何やらギルド長と一緒になってー、すごい料理を客たちに振る舞ってー、大盛り上がりで一躍人気者になってたって話ですよー」
ムーニーが、ニヤニヤしながら言った。
「なに!? ……まさか他にもすごい料理があるのか……? なんてことだ……。一度ギルドの酒場に行ってみなくては……」
「お父様、何をおっしゃいます!? 太守がギルドの酒場に飲みに行くなんて!」
娘の鋭い指摘に、顔を曇らせた伯爵だったが、すぐに閃いたとばかりに指を鳴らした。
「変装してお忍びで行けば良いのだ! 都市内の情勢調査だよ!」
「もう……そんなに料理を食べたいんですの? すっかり虜じゃないですか!」
「そうだ! 冷たいエールと『唐揚げ』は、最高だった! 『フェファニーレストラン』にも納入するように言ってあるから、他にも美味いものを提案するように話をしておきなさい」
「そうですわね。彼に近づくきっかけになるし、いいですわね。それにしても……お父様がそんなに気に入るなんて、よほど美味しい料理なんですのね」
「あぁ……奴は恐ろしい男だ。エールをあれほど美味くし、しかもそれに合う美味い料理をひっさげている……」
「私も早く味わってみたいですわ」
「『ヨカイ商会』というのが窓口になってるから、すぐに現れないようなら、呼び出しなさい」
「はい、分りました。『ヨカイ商会』……あまり聞かない名前ですが……大きな商会ではないですわね?」
「そのようだ。なんでも……息子と仲間が悪徳奴隷商人に騙されて奴隷落ちして、『コウリュウド王国』で売られるところを助けてもらったのだそうだ」
「まぁそういう繋がりの……。シンオベロン卿は、確か『フェアリー商会』という大きな商会を持っているとか……この国には進出しないのですか?」
「あぁ、その件については確認した。そのつもりはないようだ。ちょうどよかったよ。下手に目立てば、公都がどう動くかわからんからな」
「そうですの……。少し残念ですわね」
「父上、奴が噂に聞く『救国の英雄』というのは、本当なのでしょうか?」
「はっきりとは、わからんかった。見た目は普通の青年なのだが……何か底知れぬものを感じた……」
「兄さん、それは俺も感じたよー。見た目は、ほんとに普通に見えるんだけど……何か秘めている気がしたよー。まぁ噂通りの『救国の英雄』であってくれたほうがいいよねー。この国を救うカギかもしれないよー」
「まぁ、ムーニー兄様まで……シンオベロン卿をかっていますの? ほんとに珍しいわね。ますます早く会ってみたくなったわ」
「ん……そうだ! お前たちにも分けよう。奴がくれた『ドロップ』という甘味だ。これ一つとっても……奴の凄さがわかるぞ。ルージュなどは、ずっと舐めて幸せそうな顔をしておる」
「そのようですね。同じ歳の子供たちと友達になったと、大変喜んでいたようです。そのリリイという子が、ダグラスの娘かもしれないと思うと、私も一度会ってみたいですね……」
「俺もチラッとしか見てないけどー、確かにダグラス様の面影があると言えば、そんなようにも見えるーって感じだったー」
「わぁ、なにこれ!? 甘い! 美味しい!」
最初に『ドロップ』を口に含んだムーランが、驚きの声を上げた。
「そうだろ。決して噛み砕いてはならんのだ。舌の上で転がして、この甘さを楽しむという特別な甘味なのだ」
伯爵が自慢げに説明すると、子供たちは皆黙って『ドロップ』を舐め、悦に入っていた。
大の大人四人が、無言で『ドロップ』を舐め、幸せな表情でうっとりしている光景を、もし誰かが目撃したら……危ない家族と思われ、伯爵家の威信も失墜するに違いない……。
『ドロップ』には、それほどの力があるのかもしれない……。
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