964.アイドル並の、人気。
『領都セイバーン』での最後の立ち寄り先として、俺はマスカット家の屋敷を訪れた。
それはいいのだが……なんだろう……?
正門のところに、すごい人だかりができている。
門の前に四、五十人の男女が集まって騒いでいるのだ。
シャインがまた何か問題を起こしたのだろうか……?
「サンディーちゃん、好きだァー!」
「オーガニーお姉様!」
「クレイディーちゃん、顔見せて!」
「ピートニー、結婚してくれ!」
「ロックニーちゃん、愛してる!」
「ストンリー様、プレゼントを受け取って下さい!」
「キャー、シャイン様!」
「シャインさまー、光り輝く愛を注いでください!」
これはなんだ……?
文句を言う人が押し掛けて来ているのかと思ったが……違ったようだ。
どうも……シャインや『マスカッツ』のファンみたいな感じだ……。
叫ぶような声を注意して拾ったが……『マスカッツ』のメンバーの一人一人とシャインに対して、好意的な言葉が飛び交っている。
すごい熱狂ぶりだ。
まるでアイドルの追っかけみたいな感じだ。
門は閉ざされているのだが、門をつかんで揺さぶっている。
使用人の男性陣が、門の前に張り付いて帰るように促しているが、馬耳東風状態だ。
正面から入るのは、面倒くさそうだ……。
俺は人目のつかないところまで移動し、密かに塀を飛び越えた。
屋敷のほうに歩いて行くと、訓練中の『マスカッツ』のみんながいた。
「あれ、グリムさん! いらっしゃい。どこから来たんすか?」
目ざとく俺を見つけたサンディーさんが、声をかけてくれた。
彼女は下っ端口調なのだが、先日正式に『マスカッツ』のリーダーに就任したのだ。
その口調とは全く不釣り合いな赤毛の美人さんなのだ。
「あぁごめんね。なんか正門の前がすごい騒ぎになってたから、塀を飛び越えて来ちゃったんだよ」
我ながら……貴族としては、あるまじき振る舞いなので若干の苦笑いだ。
というか……人として塀を飛び越えて、お邪魔しちゃダメだけどね……。
「あー、また来てるんすね。好きになってくれるのは嬉しいんすけど、困ったもんなんすよ……」
サンディーさんが、おでこに手を当てながらゲンナリしている。
「あの騒ぎは、一体どうしたの?」
「それがすっね……昨日の朝、シャイン様と私たち『マスカッツ』が、ユーフェミア様から表彰されたんすよ。勲章を貰っちゃって。それが領城の式典広場で行われて、人が大勢いたんすよ。そこで見ていた人たちが、シャイン様や私たちを気に入ってくれたみたいで、昨日の午後から人が押し掛けてきてるんすよ」
「そうだったんだ……。じゃあ……あの人たちは、本当にみんなのファンなんだね」
確かに……コバルト侯爵暗殺事件の時に、同時に計画されていた領城の爆破を阻止した功績に対して、ユーフェミア公爵が勲章を与えると言っていた。
『正義の爪痕』の壊滅に貢献した者に対して与えられた勲章と、同じものを与えるとのことだった。
『セイバーン青槍勲章』だ。
この勲章は、セイバーン公爵領や領民を守った場合に与えられるものとのことだった。
領城に集まっていた人たちの命を救ったから、当然の受勲だろう。
確かこの前の叙勲のときには、褒美として一人当たり三百万ゴル与えられていたが……
「今回も叙勲に伴う褒美はあったの?」
「はい、一人当たり三百万ゴルもいただきました。私たちの分もシャイン様に渡そうと思ったんすけど、受け取ってくれなかったんすよね」
「まぁそれは君たちが頑張ったんだから、自分へのご褒美として貰っておいたほうがいいと思うよ」
「そうすかね……三百万ゴルなんて、手にしたことがないんで落ち着かないっすよー。しまうところもないですし……」
サンディーさんが、珍しく苦笑いしている。
なるほど、言われてみればそうかもしれない。
大きなお金を持つのって、結構ビビるよね。
『アイテムボックス』スキルもないだろうし、魔法カバンもなければ持ち歩くこともできないしね。
隠してある場所が、心配になるよね。
「じゃぁ……俺から特別なプレゼントをするよ! 受勲のお祝いに……これをあげる……」
俺はそう言って、常備している魔法カバンから取り出す体で、『波動収納』からウエストポーチ型の魔法カバンを六つ取り出した。
これは前に、ヘルシング伯爵領で『正義の爪痕』の『血の博士』のアジトの隠し部屋で発見したものだ。
魔法カバンのコレクションの中にあったものである。
同じデザインの物が三つあり、白、濃緑、薄黄の色違いになっていた。
その中の白色のものを、『波動複写』で即座に六つコピーして取り出したのだ。
「わぁ可愛いカバンすね。ちっちゃいけど……どうやって使うんすか?」
「腰に巻きつけて使えるから、すごく動きやすいんだよ。魔法カバンになっているから、これに金貨を入れて持ち運ぶこともできるよ」
「え、ま、魔法カバンすか!? しかもこんなお洒落なやつ……。一体いくらする物なんすか……? とてもいただけないっす……」
まさか魔法カバンとは思っていなかったらしく、サンディーさんは後ろにのけぞるくらい驚いていた。
確かにこんな形の魔法カバンは普通には流通していないし、階級が『中級』だから、一億ゴル以上は確実の品物だ。
前に『闇オークション』で、普通のデザインの『中級』の魔法カバンが、一億一千五百万ゴルで落札されていたからね。
でもそんなことを言ったら、絶対にもらってくれないから内緒なのだ。
「遠慮しなくていいよ。受勲のお祝いだから。そうだ! 区別がつくように、みんなの髪色に合わせて布を巻き付けよう」
俺は『波動収納』にしまってある布を、六色分取り出した。
そしてリボン位のサイズに切って、ポーチのベルトの部分に巻き付けてあげた。
みんなの髪色に合わせた布を使ったので、サンディーさんは赤、オーガニーさんは緑、クレイディーさんは茶、ピートニーさんは黒、ロックニーさんは青、ストンリーさんは銀だ。
「本当に……こんな貴重な物を貰ってもいいんすか?」
「もちろん。みんなが頑張ったお祝いだからね。それからシャインとシャイニングさんとシャイニーさんの分も預けておくから、後で渡しておいて」
シャインにもお祝いをあげたいので、その分を預けた。
『フェアリー商会』のために頑張ってくれている弟のシャイニングさんと妹のシャイニーさんにも、あげることにしたのだ。
三兄妹はみんな金髪なので、金色のリボンをつけようかとも思ったが、兄妹の中では区別がつかないのでやめておいた。
自分たちで工夫してくれるだろう。
「ありがとうございます。一生大事にするっす」
「私も宝物にいたします」
「こ、今度……お礼をさせて下さい……」
「グリムさんだと思って……大切にします……」
「い、一生お仕えしてもかまいません……」
「わ、私もです……」
みんなウエストポーチ型のデザインが気に入ったらしく、見惚れつつ、お礼を言ってくれた。
嬉しすぎたのか……一部微妙な発言をしている子もいるが……突っ込むのはやめておこう。
きっと後で受け取るシャインたち三兄妹も、喜んでくれることだろう。
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