843.嬉しい、申し出。
「師匠、こちらが国王陛下と王妃殿下です。そしてこちらが、私がお世話になっているユーフェミア公爵閣下です」
ルセーヌさんが、イルジメさんにそう紹介すると、イルジメさんは国王陛下たちの前で跪いた。
「怪盗イルジメことオカリナと申します。ご尊顔を拝し、恐悦至極に存じます」
イルジメさんは、落ち着いた口調で挨拶した。
みんな知っていることとは言え、国王陛下の前で堂々と怪盗として挨拶をしてしまった。
「まさか……あなたのような若く美しい女性が、怪盗イルジメだったとは……驚いたよ……ぐっ」
国王陛下は、顔がデレッとニヤけていたが……途中で王妃殿下の肘鉄が入った。
元々怪盗イルジメのファンで会うのを楽しみにしていたということもあるし、現れたイルジメさんがめっちゃ綺麗でセクシーだから、鼻の下が伸びてる感じでニヤけてしまっていたんだよね。
王妃殿下は、それを逃さなかった。
まるでビャクライン公爵に、肘鉄を喰らわすアナレオナ夫人を見ているようだったが、王妃殿下はアナレオナ夫人の姉なので、“必殺の肘鉄”を身に付けていても、おかくしくはないのだ。
もしかして……スザリオン公爵家に伝承されている技だったりして……。
「ほんとに美しいわね。国王陛下は、ただでさえあなたのファンなのに、こんなに美しかったら、鼻の下も伸びるわね。ごめんなさいね、初対面なのに国王らしからぬニヤけ顔を見せてしまって」
王妃殿下は、笑みを浮かべながら言っているが、国王陛下は少しビビった顔になっている。
やはり、国王陛下より王妃殿下の方が、力があるようだ。
ビャクライン公爵同様、尻にしかれているらしい……残念。
「ハハハハハ、まぁこんなに綺麗なんじゃ、しょうがないね。それにしても……若いねぇ……。いくつなんだい?」
「はい。二十九歳です」
ユーフェミア公爵の言葉に、イルジメさんは微笑みながら答えた。
見た目は二十五、六に見えたが、二十九歳だったらしい。
まぁ色っぽいから、そのぐらいの歳にも見えるんだけどね。
「もう……怪盗は引退したようだね?」
ユーフェミア公爵は、笑顔で尋ねた。
普通に考えると、国王陛下や王妃殿下や公爵に、怪盗が堂々と挨拶してるのも変だし、公爵が有名アスリートを見るような眼差しで、引退したのか確認するのも変な感じだ。
引退を惜しむような雰囲気を、出しているからね。
とても不思議な光景である。
「はい。……王国を騒がせたのでご存知と思いますが、私は十七歳の頃から約十年間、怪盗として活動していました。その間に背負うもの、守るべきものが多くなってしまい、引退したのです。国を騒がせ申し訳ありませんでした。処罰も覚悟しています」
イルジメさんはそう言って、今度は両膝をついた。
「いや、あなたを処罰するつもりはありません。あなたの弟子で現役の怪盗だったルセーヌさんだって、ユーフェミア姉様は許しているのです。もちろん私もね。私はむしろ、あなたに礼が言いたいのです。国政の及ばぬところを、奇しくもあなたが補ってくれていたのですよ。虐げられている人々を、あなたは怪盗というやり方で助けてくれた。確かに、国法には反しているが、人々を救ってくれた。そして、悪事を犯した者たちを、捕らえてくれた。証拠を手に入れ、しかるべきところに提供してくれた。それにより、人々と国の損失を未然に防いでくれたとも言える。それに……人々を救うために国法に反したが、それは私のせいであるとも言える。申し訳ないという気持ちとともに、心から感謝しているのだよ。まぁ国王という立場上、あからさまには言えないけどね。はははは」
国王陛下は、時折神妙な表情になりつつも饒舌に語り、大きく笑った。
「本当なのよ。私もあなたのファンだし、国法を犯す盗賊として捕縛令が出ていたけれど、密かに捕まらないように祈っていたわ。これも公には言えないけどね。ふふふ」
王妃殿下まで、そんなことを言って笑っている。
普通なら、絶対に問題発言だと思うが……。
「まったく……しょうがないねえ……。国王陛下と王妃殿下が、天下を騒がせた大泥棒にファンだと言ってしまうんだから。もちろん、私もファンだよ。会えて光栄だよ」
ユーフェミア公爵が、呆れ顔で国王陛下と王妃殿下を見た後に、茶目っ気たっぷりの笑顔で言った。
「法を犯した私に、こんなお言葉をいただけるなんて……とても不思議です。そして恐縮です」
イルジメさんは、両膝をついたまま更に頭を下げた。
「ささ、もういいから立ち上がりなさい。ところで……今回は、なぜわざわざ我々に会いに来たんだい?」
国王陛下が、そう声をかけて立ち上がらせると、椅子へと促した。
「はい。実は……ルセーヌから怪盗を引退し、ユーフェミア公爵閣下に仕えるとの連絡を受けました。いつでも、好きな時に怪盗をやめるように言っていたので問題は無いのですが、私の妹ともいえるルセーヌをお願いするので、一度挨拶がしたかったのです。それから……今置かれているこの世界の現状を、少なからず私も把握しているつもりです。引退した身ではありますが、何か協力できることがないかという思いもあります。そしてできれば……私が育てた他の怪盗たちも、ルセーヌのように働かせていただけないかとも思っています。ルセーヌ同様、私の妹や弟と言える存在です。危険を伴う怪盗ではなく、後ろ盾のある正式な仕事として、人々の助けになれれば私も安心できるのです。勝手なお願いであることは、重々承知していますが……」
イルジメさんは、真剣な眼差しでそう言った。
その申し出を聞いていた国王陛下と王妃殿下は、嬉しそうに目を輝かせている。
ユーフェミア公爵も押し殺している感じではあるが、ちょっとニヤっとしている感じだ。
「それは素晴らしい! 協力してもらえるなら、ぜひこちらからお願いしたいくらいだよ! 私直属の隠密部隊を作ってもいいし、ユーフェミア姉様の作った『特命チーム』に入ってもらうでもいいと思う。どうですか? 姉様」
イルジメさんは、ユーフェミア公爵に対して申し出ていた感じだったが、待ちきれないとばかりに国王陛下が答えてしまった。
ユーフェミア公爵は、国王陛下に少し呆れたような視線を向けた後、イルジメさんに微笑んだ。
「陛下の言う通り、ありがたい申し出だよ。ルセーヌからあなたが来ると聞いて、色々と協力をしてもらえないか頼もうと思っていたところだからね。あなたが育てた他の怪盗たちも、預けてくれるってことかい?」
ユーフェミア公爵は、真剣な眼差しを向け、イルジメさんに確認した。
「はい。もし許されるなら、ルセーヌ同様、配下にしていただきたいと思っています。後ろ盾のないまま危険に身をさらしながら人々を救うよりも、ユーフェミア公爵閣下のような方の下で、働かせたいという親心でもあります。もちろん私も引退していますが、できることがあれば力を尽くしたいと思っております」
「わかった。ありがとう。陛下は自分の直属の配下にしたいだろうけど……当面は、私が作った『特命チーム』に入ってもらおうと思う。そのかわり、セイバーン公爵領に限らず王国全土で活動してもらうつもりだよ。実質的には、陛下の直属と言ってもいいだろう。私が寄親になりつつ、王国のために、人々のために働いてもらうってことでどうだろう?」
ユーフェミア公爵は、イルジメさんと国王陛下を交互に見ながら言った。
二人に対する提案のようだ。
「姉様、私はもちろんそれで構いません」
国王陛下はお姉ちゃん大好きオーラを出しながら、返事した。
改めて思うが……国王陛下って……この国のトップではないらしい……。
陛下の上には……王妃殿下やユーフェミア公爵といった上位者がいるようだ……がんばれ国王陛下!
「ユーフェミア公爵閣下、ありがとうございます。改めてよろしくお願いいたします」
「ユーフェミア様、本当にありがとうございます」
イルジメさんとルセーヌさんが、ユーフェミア公爵の前で跪いた。
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