810.特捜コンビから、特命チームへ。
コバルト侯爵領の人々の中に、ピグシード辺境伯領への移住を希望する人が増えているようだが、領主であるコバルト侯爵がそれに対する妨害工作をしているという衝撃の事実を知り、俺は愕然としている。
国王陛下をはじめここにいる皆さんも、困り顔になっている。
問題の当人が、国の上級貴族であり領主を任されている人間だけに、複雑な問題をはらんでいるようだ。
今回のピグシード辺境伯領の移住者募集は、王国全土に告知されているが、コバルト侯爵領はピグシード辺境伯領に近いこともあって、移住希望者が多く出ているのだろう。
住み慣れた土地を去って、新しいところに移住するというのは、かなり抵抗があることだと思うが、それでも多くの希望者が出るというのは、それだけ現状に希望が持てないということだと思う。
ある意味、それが領民から領主への採点と言えるだろう。
自分の領運営が悪いのに、移住希望者を妨害するなんて、ただ逆ギレしているだけじゃないか!
領主にしておいちゃダメな奴だと思うんだけど!
ユーフェミア公爵によれば、コバルト侯爵には家督を継ぐ予定の三十五歳の長男がいるようだが、これまた人間性が酷いらしい。
今の領主を隠居させて、代替わりさせるという手段もあるようだが、下手したらその方がさらに酷くなる可能性があるようだ。
お先真っ暗な状態じゃないか……。
この先コバルト侯爵領はどうなってしまうのだろうか……?
改めて思ったが、国王陛下はいろいろ大変そうである。
いくつもある領で、こんな問題が代わる代わる発生したら、ストレスが溜まる一方だろう。
最高権力者であるにもかかわらず、鶴の一声で解決できないなら尚更だよね。
俺には、とても国王のような仕事はできそうにない。
まぁ本来なら商会の会頭もできないけどね。
多くの人を雇用するだけに、様々な問題が発生するからね。
それをサーヤや幹部メンバーが全部引き受けてくれているから、俺は呑気にしていられるわけだ。
もっとも商会スタッフは、最初の採用の時点でサーヤのチェックが入っているので、変なことをするような人は、ほとんどいないのだが。
そうだ……『フェアリー商会』で、移住者の受け入れと輸送を直接やっちゃったらどうだろうか!?
「あの……『フェアリー商会』でコバルト侯爵領に出向いて、移民の受け入れ手続きをして、そのまま船に乗せて輸送するというのは、まずいでしょうか?」
俺は、そんな提案をしてみた。
せっかく移住を希望してくれているんだし、守ってあげたい。
もっと言うなら、そのついでに虐げられている人たちも救ってあげたいのだ。
「そうさねぇ……移住は国が認めていることだから、悪いってことはないけどねえ……。ピグシード辺境伯領の役人が直接やるよりは、まだマシだがそれでも『フェアリー商会』がコバルト侯爵領内でやるのは、やめたほうがいいさね。ピグシード辺境伯領が乗り込んで来て、移住を促しているのに近い状態になるからね。ある意味、喧嘩売ってる状態になっちまうんだよ。こんな時に……怪盗でも現れてくれたらいいんだけどねぇ……。それに最近鳴りを潜めている『闇の掃除人』でもいいから、都合よく現れてくれないかねえ……」
ユーフェミア公爵はそんなことを言って、ニヤッとしながらルセーヌさんと俺の顔を交互に見た……。
ルセーヌさんは、元怪盗ラパンだとみんな知ってるからいいけどさぁ……なぜ俺の顔を見るわけ?
やっぱりユーフェミア公爵は、俺が『闇の掃除人』だっていうことに気づいているわけ?
そして、そんな感じで交互に見られたら、他のみんなにも気づかれちゃうじゃないか!
俺は、苦笑いして誤魔化すしかなかった。
でも冷静になって考えると、義賊が勝手に人々の脱出というか移住を手助けしているという状態なら、ピグシード辺境伯領が抗議されるようなことにはならない。
まさか義賊と手を組んでいるなんて、思いもしないだろうし……。
当然、義賊を取り締まろうとはするだろうが、捕まらなければいいだけの話だ。
ユーフェミア公爵は、やり方を俺に教えてくれたのか……?
「ユーフェミア様のお許しをいただけるのであれば、私が怪盗として虐げられている人々を盗んで参ります!」
ルセーヌさんがそう言って、力強く“盗む宣言”をした。
ユーフェミア公爵は、満足そうに微笑んでいる。
そして何故か国王陛下が……期待に満ちた表情をしている。
てか……目がキラキラしちゃってますけど!
憧れのヒーローを見るように、ルセーヌさんを見ている。
ユーフェミア公爵から聞いていたが、国王陛下は怪盗イルジメの大ファンということだった。
その弟子である怪盗ラパンことルセーヌさんにも、ファンのような眼差しを向けている……義賊オタクか!
「もちろん許可するよ。困ってる人を盗んでくるなんて、いいじゃないか。ゼニータはどうする?」
これまた悪戯な笑みで、ゼニータさんに問いかけた。
生真面目な彼女を、わざと刺激しているような感じだ。
「私は……盗むという表現は気に入りませんが、困ってる人を助けることが我々に与えられた使命だと思っています。全力を尽くします!」
ゼニータさんが、生真面目に答えた。
「そうかい。じゃぁ改めて任命するよ。ゼニータ、ルセーヌ、バロン、トッツァンの四人を私直属の特命チームにする。我がセイバーン領に限らず、人々を助ける活動をする秘密チームということにするよ。あくまで秘密チームだから、ゼニータは『セイセイの街』の衛兵隊長のままにしておくが、副隊長を決めて、実務はその者にやらせることにしよう」
「はは、謹んでお受けいたします。全身全霊をかけます! それから……副隊長にはモルタ班長がいいと思います。まだ長い付き合いではありませんが、信用できると思います」
ゼニータさんが、膝をつきながらそう言った。
ルセーヌさんも、一緒に跪いている。
犬耳の少年バロンくんとゼニータさんの弟のトッツァンくんは、ここにはいないけどね。
「モルタっていうと……前にルセーヌたちが問題衛兵に絡まれたときに、止めに入ったあの男だね。そうさね……あの男は衛兵としての心得をしっかり持っていたからね。いいだろう」
ユーフェミア公爵が、許可を出した。
モルタ班長にとっては、副隊長になるのだから大出世になる。
ぜひ頑張ってほしいものだ。
彼は、確かに衛兵の心意気みたいなものをしっかり持っていた。
期待したい。
「姉様、それでは私も密かに国王の密命書を出しましょう。万が一の時に、セイバーン領に火の粉がかからないように、国王の依頼で動いていたと説明するものを持たせて、活動させましょう」
国王陛下がお姉ちゃん大好きオーラを出しながら、ユーフェミア公爵にそんな提案をした。
「それはいいね。助かるよ。まぁ正体がばれるような事態が起きちゃ困るんだけど、万が一の時の保険になるからね」
ユーフェミア公爵は、そう言って国王陛下の肩を抱いた。
国王陛下は、めっちゃ嬉しそうな顔でキュンキュンしている。
俺には……国王陛下に目に見えない尻尾が生え、全開で振られているイメージ映像が浮かんできてしまった……国王の威厳…… 0%だな……残念!
よく考えたら国王陛下って……クリスティアさんにデレデレの溺愛オヤジであるとともに、ユーフェミア姉様大好きのシスコン弟でもあるわけで……まるで溺愛オヤジのビャクライン公爵とその子供であるシスコン三兄弟を合わせたような存在なのだ……。
まったく凄いとは思わないけどね……残念!
読んでいただき、誠にありがとうございます。
ブックマークしていただいた方、ありがとうございます。
評価していただいた方、ありがとうございます。
次話の投稿は、7日の予定です。
もしよろしければ、下の評価欄から評価をお願いします。励みになります。
よろしくお願いします。




