809.コバルト侯爵領の、問題。
ピグシード辺境伯領に、移民を希望する人たちが押し寄せているという嬉しい報告は聞いていたが、まさか『マナゾン大河』で川賊に襲われる事件が発生していたとは知らなかった。
『マナゾン大河』の上流にあたるピグシード辺境伯領とヘルシング伯爵領の間の部分の川賊は、以前に壊滅させたので心配していなかったが、セイバーン公爵領とコバルト侯爵領の間の部分にも、川賊がいたようだ。
この川賊の事件の報告に、俺は衝撃を受け……そして怒りがこみ上げてきている。
だが……冷静に考えると、俺の仲間たちの情報網で報告が上がっていなかったのだから、まだ頻発しているという状態ではないのだろう。
そんな状態なら、何かしらの連絡が入るはずだからね。
『川イルカ』のキューちゃんたちとか、『イシード市』で働いてくれている人たちとかが報告を入れてくれるはずなのである。
『イシード市』の人たちは、移民としてやって来た人たちからいろんな話を聞いているだろうから、そういう危険な情報も入るはずなのだ。
そう考えると、まだ被害が出だしたばかりで、これから本格的に危険にさらされるというギリギリのタイミングだったのかもしれない。
今気づけて本当によかった。
俺は、『川イルカ』のキューちゃんたちに念話を入れて、『マナゾン大河』を南下して、広い範囲の巡回をしてくれるように頼んだ。
この不埒な川賊たちは、絶対に倒さないと!
一網打尽にしてやる!
全部捕まえてやるのだ!
「『マナゾン大河』の川賊については、私に任せてもらえませんか? セイバーン軍がコバルト侯爵領内のアジトを潰すのは問題だと思いますが、私が一商人としてアジトを潰してきます。そのかわりに、捕らえた川賊の処理をお願いしたいのです。本来的には、アジトがあるコバルト侯爵領に引き渡すべきものだと思いますが、面倒くさそうな感じがするので……」
俺は、そんな提案をした。
「そう言うだろうと思ってたよ。川賊たちのアジトは、お前さんがやってくれるなら、任せるさね。セイバーン軍が出ていくと、ちょっとした摩擦が起きる可能性があるからね。捕まえた川賊の処理は、引き受けるよ」
ユーフェミア公爵は、ニヤッとしながら、そう言ってくれた。
「ユーフェミア様、実はコバルト侯爵領の『ヒコバの街』の守護をしているチーバ男爵家の次女であるサナさんに来てもらっています」
ゼニータさんが、そう言ってサナさんを連れてきた。
女侍ことサナさんは、武術大会に出て、ベスト4に入った実力の持ち主で、ピグシード辺境伯領に仕官してくれることになっている人だ。
ピグシード辺境伯領に仕官することの許可を、父親から得るために一度実家に戻っていたのだ。
数日前に、飛竜で送ってあげていた。
『ヒコバの街』は、『マナゾン大河』を挟んで『セイセイの街』の向かい側と言ってもいい場所にあるので、飛竜を使えばすぐに着く距離なのである。
父親の許可を得て、帰ってきてくれたようだ。
もし反対されるようなら、アンナ辺境伯が直接説得に行くということになっていたが、アンナ辺境伯の手紙を持って帰ってもらったので、反対されずに済んだのだろう。
昨夜遅く『セイセイの街』に戻り、今朝一番で『コロシアム村』に来てくれたようだ。
「本来であれば……その川賊の問題もコバルト侯爵領で解決するべき問題ですし、捕らえた川賊も引き受けるべきですが……恥ずかしながら……今の領の現状では、スムーズにいかないかもしれません。ユーフェミア様にお願いするのが……確実だと思います。ただ私の父が守護をしている『ヒコバの街』であれば、問題なく川賊を引き取ると思います。規定通り、褒賞金も出すと思いますが……金額が多いと領主様から横槍が入る可能性があります……」
サナさんが言いづらそうに、意見を言ってくれた。
「まぁそんなことだろうねぇ……」
ユーフェミア公爵が、渋い表情で頷いている。
「申し訳ありません。はっきり言って……私の父でも、領主様が何をどう判断するか、うまく予想ができないようです。コバルト侯爵領と絡むのは、確かにグリムさんがおっしゃる通り、面倒くさい状況になる可能性があります。今の領政は酷い状態なので、ピグシード辺境伯領への移住を希望する人々が増えているのです。領主様はそれを快く思っておられず、妨害工作のようなことまでしているようです」
沈痛な面持ちで、サナさんが言った。
「妨害工作って、どういうことですか?」
俺は気になって、咄嗟に訊いてしまった。
「はい。税金の不払いなど様々な理由をつけて、出ていけないようにしているみたいです。中には、捕らえられて牢に入れられる人もいるとの話です。『領都コバルト』では、移住しようとしている者がいないか目を光らせているようですし、他の市町も守護次第で、厳しく管理されているところもあるようです」
サナさんが肩を落とした。
俺は愕然とした。
酷い領主だ。
自分の悪政を棚に上げて、人々を苦しめるなんて……。
許せない……。
そう思っているのは俺だけでは無いようで、ここにいるみんなが、厳しい表情になっている。
「全く以て、コバルト侯爵には困ったものだ……。どうしてくれようか……」
国王陛下が、苦虫を噛み潰したような顔で言った。
「そうですわね……侯爵家を簡単に取り潰すわけにもいきませんしね……」
王妃殿下が、思案顔で呟いた。
そして……言葉とは裏腹に、取り潰してしまいたいという気持ちが滲み出ている感じだ。
「悪い領政をしてるのは確実なんだ。取り潰してしまえばいいじゃないか!」
ユーフェミア公爵は、少しおどけたような口調で言った。
でも目は笑っていない。
「姉様……そう簡単じゃないですよ。決定的な何かがなければ……」
陛下が困り顔だ。
なんとなく……国王陛下の絶対的な権力を持ってすれば、簡単に取り潰せるような気もしていたのだが、そういうわけでもないらしい。
やはり領主としての地位を剥奪するには、重大な犯罪行為のようなものがなければ難しいようだ。
コバルト侯爵について、ユーフェミア公爵が教えてくれた。
コバルト侯爵は、現在五十五歳らしいが、十年ほど前に領主を引き継いだらしい。
父親である前領主が亡くなったことで、家督を継いだようだ。
父親は、生前には家督を譲らなかったということのようだ。
普通はある程度の年齢になれば、隠居して子供に家督を譲るというのが一般的らしいのだが、そうはしなかったらしい。
現侯爵が領主になるまでは、領政は特に問題はなかったようなのだが、今は様々な問題が起きているとのことだ。
役人の横領などの不正や悪徳商会との癒着などが横行しているらしい。
そのしわ寄せを食っているのは領民で、かなり酷い目に遭っているようだ。
それ故、ルセーヌさんはセイバーン公爵領に来る前に、コバルト侯爵領で、人助けや悪徳商会の不正を暴く活動を『怪盗ラパン』として行ってきたとのことだった。
ルセーヌさんに改めて訊いてみたら、コバルト侯爵領はどこの市町も似たような感じで、ひどい状況らしい。
賄賂などを送る悪徳商会が幅をきかせ、役人や衛兵の風紀も乱れているらしい。
市町によっては、守護自体に問題があるところもあるそうだ。
コバルト侯爵領の悪政については、当然国王陛下の耳にも入っていて、何度か注意をしているが、改善の兆しは見られないとのことだ。
国王陛下は、悪い評判を聞くたびに何度も注意しているらしいのだが、改善されるどころかより悪い評判が聞こえてくるという酷い状態らしい。
こうなると、次の手段は何らかの強硬手段を取るしかないようだが、国王陛下としてもそれなりに覚悟が必要なようだ。
どうも話を聞いている限り、小さい悪事は多くしているが、大きな悪事がないので取り潰したりという大きな罰を与えることが難しいという感じのようだ。
言い方は悪いが……小悪党ということなのだろう。
領主が小悪党なんて……領民にとっては、甚だ迷惑な話だ。
領主でありながら、小悪党という時点で大きな罪だと思うんだけど……。
政治というのは難しい……。
まぁ国王陛下の言うことが何でも通ってしまえば、暴君になっちゃうわけだし、ある意味健全なのかもしれないけどね。
コバルト侯爵は、傲慢でひねくれた性格らしく、国王陛下の言うことでも黙って従うようなことはないらしい。
ユーフェミア公爵とも仲が悪いそうだ。
ユーフェミア公爵曰く……プライドが高い自己顕示欲の塊らしい。
権力にへつらわない分、よりタチが悪いのかもしれない。
でも困っている人々は、何とかして助けてあげたい……。
さてどうしたものか……。
これから悪魔とも戦わなきゃいけないって時に、そんな面倒くさい奴の相手とかしたくないんだけど……。
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