722.産業振興執務官という名の、サポート要員。
午後になって、俺たちは『領都セイバーン』に来ている。
夕方から始まる『闇オークション』に参加するためだ。
まだ時間があるので、今は領城にいる。
ここがユーフェミア公爵たちの本拠地というわけだが……かなりドデカい城だ。
ピグシード辺境伯領の領城やヘルシング伯爵領の領城に比べて、二倍以上の大きさがあるんじゃないだろうか。
俺と仲間たちは、会議室のような場所に通されている。
ちなみに俺の仲間たちだけではなく、ビャクライン公爵一家やアンナ辺境伯たちやエレナ伯爵たちも、一緒に来ている。
国王陛下と王妃殿下もだ。
アンナ辺境伯たちやエレナ伯爵たちは、午前中は領政の確認のために各自の領に戻っていたのだが、午後になって舞い戻ったのだ。
みんなでお茶を飲みながら歓談をしていると、ユーフェミア公爵が一人の男性を連れて来た。
彼は……昨日会ったあのユニークなリングアナウンサー……シャイニング=マスカット氏だ。
「昨日話をした、『フェアリー商会』の支援をする産業振興執務官には、彼を抜擢した。イベントがあるときは、今まで通りアナウンスをしてもらうが、それ以外の時間は『フェアリー商会』の支援に当たってもらうことにしたから」
ユーフェミア公爵がそう言って、シャイニングさんに視線を向けた。
「改めてご挨拶させていただきます。この度、産業振興執務官を拝命いたしましたシャイニング=マスカットです。全力でシンオベロン閣下の『フェアリー商会』を支援させていただきます」
彼は、嬉しそうに笑顔で挨拶してくれた。
名目は、新しい産業を誘致する産業振興執務官となっているが……事実上『フェアリー商会』のサポート要員だと思う。
というか……完全にそう挨拶してしまっている。
彼はやけに嬉しそうな顔をしているが……そこのところをわかっているのだろうか。
まぁ仕事内容はともかく……この若さで執務官に抜擢されるのは、大出世だから嬉しいのかもしれないけどね。
ユーフェミア公爵が説明してくれたが、領の中に産業振興部という特別部門を作って、その実務を彼が担当するのだそうだ。
今のところ人員は、彼一人のようだが、状況によっては増員も考えると言っていた。
本当に領全体の新しい産業を育成するなら、増員した方がいいと思うが、『フェアリー商会』のサポート要員なら、増やさないでほしいと思っている。
彼一人だけでも、申し訳ない気持ちでいっぱいだからね。
新設の産業振興部という部門は、仕事の内容が限定されているとはいえ、まだ若く経験もないシャイニングさんが一人部門として切り盛りするのは大変なので、セイバーン家長女のシャリアさんが、事実上の部門長のようなかたちで見ることになっているのだそうだ。
何もそこまで力を入れなくてもいいと思うのだが……。
「なぁに、心配しなさんなって、私も折を見て手伝うことにしてるから!」
マリナ騎士団長がそう言って、俺の肩を叩いた。
なにそれ……?
『セイリュウ騎士団』団長だし、『セイリュウ七本槍』の『一の槍』なのに……この仕事も手伝うわけ?
なにか……めっちゃやる気なオーラを出している。
やっぱり商売も好きなんだろうな……。
「私もしっかりサポートしてやるから、楽しみにしてな」
今度はユーフェミア公爵がそう言って、ニヤリと悪い笑みを浮かべた。
出たよ……この人……また何か考えてるよね……。
いつの間にか、俺の土地が増えたりお金が増えたり……そんな展開が待っている気がする……。
まぁありがたいことだから、いいけどさぁ……。
それにしても、この美熟女親子……義理の親子とはいえ発想がそっくりだ。
そして二人して、全力で囲い込むスタイル……。
何か背筋に寒いものを感じなくもないが……深く考えるのはやめておこう。
やる気満々のシャイニングさんから話があったのは、貴族の子弟や傍系の者また商家の子弟など上流階級の者を中心とした就職面接会を実施するという提案だった。
すでにユーフェミア公爵が手を回して、そういう人たちに『フェアリー商会』の求人情報を流してくれているようだが、改めて日を決めて面接会をしてはどうかという提案をされた。
そして、その採用状況を踏まえた上で、第二弾として一般の人々に対しての就職面接会を考えてはどうかとも提案された。
確かに『フェアリー商会』が、本格的にセイバーン公爵領に進出する為の最大の問題は、人材だからね。
俺は、商会の責任者であるサーヤと打ち合わせをして、進めてくれるようにお願いした。
そしてもう一つ話があったのは、領都に劇団を作るために、楽器の演奏ができる者、歌が得意な者、演技をしてみたい者を集めて、面接会をするという告知をすぐに始めるという話だった。
彼は、昨日俺たちが打ち合わせした話を、すでに聞かされているらしい。
そして、めっちゃフットワークが軽い!
あの軽快なトーク同様、仕事に対する取り組みも軽快なようだ。
この二つは、すぐに告知を始めて、面接会の実施日を今から九日後に行われる『希望の式典』の後にするということになった。
一番多くの人に告知できるのは『希望の式典』なので、その後にしようということになったのだ。
というか……領の公式の行事である『希望の式典』で、一商会の求人情報を取り上げていいんだろうか……?
俺的にはすごく微妙な気がするが……。
絶対他の商会から目をつけられちゃうと思うんだが……。
ちらっと俺がそんな話をしたら……
「まぁ心配しなさんなって。確かに目立つと嫌がらせを受ける可能性はあるが……『フェアリー商会』に正面切って喧嘩売るような馬鹿はいないと思うけどね。妖精女神とその相棒の凄腕様のやってる商会なのは、知れ渡っているだろうからね。ただ一応の保険として、三十人以上の求人をかけるところは、アナウンスを無料でしてやるという告知をするから、一商会に肩入れするってことにはならないさね。ほんとにそういうところがあれば、『フェアリー商会』同様に、告知してやるつもりだから」
ユーフェミア公爵は、そう言って笑った。
確かにそれなら理屈は通るが……三十人以上の求人を出すところは、事実上ないと思うんだよね。
まぁかたちだけでも公平を装っているから、いいかもしれないけどね。
それから、ユーフェミア公爵から領城の中に屋台を出店してほしいと依頼された。
ピグシード辺境伯領の領城に、頼まれて屋台を出しているのだが、それと同じことをやってほしいということのようだ。
場合によっては、お店を出してくれてもいいとまで言われてしまった。
お店のスペースを確保する用意もあるというのだ。
領城には、働いている人たちに提供するために大きな食堂があって、専属の料理人たちが毎日料理を作っているはずだ。
屋台程度なら間食にもなるしいいと思うが、お店を開くのはどうかと思うんだよね……。
そんなこともあり、俺は「とりあえず屋台からやりましょう」とお茶を濁した。
一応それで済んだのだが……密かに覗き込んだら……ユーフェミア公爵とマリナ騎士団長が、ダブルでダメな子供を見るような目を俺に向けていた……トホホ。
確かに……普通の商人なら、商売のチャンスと捉えて、「ぜひやります」と言うべきところだろうけどね……。
そんな話を聞いていたエレナ伯爵からは、ヘルシング伯爵領の領城にも屋台を出してほしいと、どさくさに紛れてお願いされてしまった。
もちろん断ることなどできないから、引き受けてしまった。
まぁ人材の問題さえクリアできれば、屋台の出店自体は大変じゃないからいいと思うけどね。
俺は、サーヤに今後の段取りを任せた。
話が一通り終わって、オークション開始までまだ少し時間があるので、ユーフェミア公爵が俺の為に建てているという屋敷に案内してくれた。
大きいという話は聞いていたが……面積がめちゃめちゃ広い。
ピグシード辺境伯領『マグネの街』にある俺の個人屋敷の五倍くらいの面積はありそうだ。
通常の市町の規格の一ブロック分より大きい感じだからね。
そして話に聞いていた通りに、何故か……元々あった本館と別館の他に、新たに本館が二つ建設中だ。
他には、もともとあった使用人棟と大きな倉庫、厩舎などがある。
シャリアさんからは、元々あった本館の内装はもうできているので、案内すると言われた。
しかし建物の中をゆっくり見るほどの時間はもう残っていないので、今日のところは遠慮した。
そして俺は、マリナ騎士団長とともに、念願の『闇オークション』に向かうことにした。
今回は『マットウ商会』の人間を装っていくので、大人数で行くわけにはいかない。
ルセーヌさんとゼニータさんの特捜コンビだけ連れて、四人で行くことにした。
俺の仲間たち、特にリリイとチャッピーは一緒に行きたいと、涙目になっていたが我慢してもらった。
そのかわり、みんなで領都見物をしてくるように話をして、出かけてもらうことにしたのだ。
実際は、広場に出ている屋台巡りになるんじゃないだろうか。
もちろん、フードファイターの『ドワーフ』のミネちゃんは、そのつもりで目を輝かせている。
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