686.始祖の、娘。
「ご挨拶が遅れました。私はカーミラと申します。助けていただき、ありがとうございました。首領は、本当に死んだのですか?」
この『正義の爪痕』の首領のアジトで囚われていた『真祖吸血鬼 ヴァンパイアオリジン』のカーミラさんが、改めて俺に挨拶をしてくれた。
彼女は、『真祖の血統』と言われる特別な存在だ。
始祖であり真祖であるドラキューレの直系の子孫なのだ。
「はい。私の目の前で最後を迎えました。最後は正気を取り戻し、浄化されて亡くなりました」
「やはり……あの男は正気ではなかったのですね……。ほとんどの時間を溶液槽中で過ごしていたようです。もしや……『マシマグナ第四帝国』の関係者というか……生き残りですか?」
カーミラさんは、『マシマグナ第四帝国』についても知っているようだ。
そして鋭い質問だ。
「そうです。彼は『マシマグナ第四帝国』が作り出した『ホムンクルス』の少年でした。ただ彼は、記憶をほとんど失っていて、悪意だけを増幅させていたようです。そして、悪魔が裏で糸を引いていて、利用されていたみたいです」
「やはりそうですか……。母に聞いたことがあります。『マシマグナ第四帝国』の滅亡も悪魔が影で糸を引いていたと言っていました。母たちが気づいたときには、もう手遅れだったと……」
カーミラさんは、伏し目がちにそう言った。
母親に聞いていたのか……。
内容からすると、母親は『マシマグナ第四帝国』が滅亡した当時、近くにいたということのようだ。
「あの……お母様というのは、もしかして……始祖のドラキューレさんですか?」
「はい。そうです」
おお……直系の子孫というか娘だった。
「そうでしたか……。実は私は……ドラキューレさんが育てたという『ヴァンパイアハンター』の末裔の方と友人なのです。ヘルシング家が治めているヘルシング伯爵領の現在の領主でエレナさんと言います。もちろん彼女は『ヴァンパイアハンター』でもあります」
「まぁそうですか、ヘルシング家の末裔と……。今もがんばっているようですね。五百年ほど前のヘルシング家の『ヴァンパイアハンター』のことは、陰ながら見守っていました。その後最近まで眠りについていたので、今代の『ヴァンパイアハンター』については、まだ確認していなかったのです」
カーミラさんは、少し懐かしむように微笑んだ。
そして、今も活躍していることが嬉しいようだ。
聞き流しそうになったが……今の話からすると…… 五百年ぐらい眠っていたということかな……?
「あの……五百年くらい眠っていたのですか? 始祖であるドラキューレさんは、五百年眠ることを繰り返していると聞いたのですが、カーミラさんもそうなのですか?」
「よくご存知ですね。ヘルシング家から聞いたのでしょうね。その通りです。母は、愛のために五百年を眠り、愛のために百年ほど活動します。それを繰り返しているのです。私は一番下の娘ですが、六百年近く前に生まれて、母と同じように五百年の眠りについていたのです。五百年眠ると人間に近い体になるのです。その分弱くなってしまいますが……。この組織に捕まったのも、弱くなっていたせいもあるのです」
「そうだったんですか。では始祖のドラキューレさんも、目覚めていらっしゃるのですか?」
「いえ、母はまだです。もう目覚めてもいい頃ではあるのですが……」
「お兄さんやお姉さんも、眠りについているのですか?」
「はい。今、目覚めているのは私だけです。交代で眠りについていて、本当はラミカ姉さんが起きて待っているはずだったのに、予定より早く眠りについてしまったようなのです。起きた時は、私一人でした。そうだ! 私のカバン……奪われた私の魔法カバンはどこに!?」
カーミラさんは、話の途中で、魔法カバンを奪われたことを思い出したようだ。
俺は外で待たせてある幹部構成員を呼んで、魔法カバンがどこにあるか訊いた。
それによると、この施設の中の宝物庫に保管してあるらしい。
早速、そこに案内してもらうことにした。
カーミラさんも肉を食べて元気になってきたので、歩けるようだ。
彼女は細身で華奢な感じだ。
黒髪の美少女という感じで、優等生的な雰囲気を持っている。
メガネをかけさせても、似合いそうな感じだ。
おとなしくて上品な感じなのだ。
この秘密基地はかなり広く、宝物庫にたどり着くまでに少し時間がかかった。
結構歩いた気がする。
宝物庫にはロックがかかっていて、幹部構成員も開けることができなかった。
やむを得ず、切れ味抜群の『魔剣 ネイリング』を取り出し、扉を切り裂いた。
中に入ると、『メガヒュドラ』の宝物庫にあったのと同じ大型の宝箱がいくつか置いてあった。
その他に、武器もいくつか置いてある。
魔法カバンも、いくつかあるようだ。
カーミラさんは、自分の魔法カバンをすぐに見つけて、大事そうに手に取った。
なにか大事な物が入っているのだろう。
というか……多分……あの魔法カバン自体が特別なものなのかもしれない。
肩からかけるタイプのお洒落なバックだ。
ブランド物のハンドバックのように洗練されている。
朱色の綺麗なカバンだ。
「あの……これは、助けていただいたお礼です」
カーミラさんがそう言って魔法カバンから取り出したのは、真紅の石だった。
「これは……」
「『血晶石』というものです。『真祖の血統』である私の血から精錬していますので、血の汚れを払う効果があります。解毒薬としても有効です。削った粉末を水に溶かして飲むだけですので、簡単です。その水溶液もしばらく効果が持つので、魔法薬代わりに持っていることもできます」
なんか……すごいやつをくれたみたいだ。
待てよ……もしかして……
「あの……吸血鬼一歩手前の状態になっている人たちに飲ませたら、元の状態に戻せますか?」
俺は、ダメ元で訊いてみた。
吸血鬼一歩手前の状態というのは、『適応体』と呼ばれる状態のことだ。
『適応体』は、吸血鬼に変性できる条件を満たした状態のことである。
その条件とは、『儀式』と言われる行為が三回終了している状態のことだ。
『儀式』は、吸血鬼が血を吸う『吸血』と同量の血を与える『与血』を行うことである。
この『儀式』が三回終了し『適応体』になった者が、死ぬと吸血鬼に変性し生き返るのだ。
「ええ、戻せます。血に対しては、ほとんど万能です。その人の元の状態で、かつ最高の状態に戻せます。サラサラで綺麗な血液になって、健康状態も増進されます」
カーミラさんは、あっさりそう答えた。
なんと……俺の念願というか……探していたものは、あっさり手に入ってしまったようだ。
吸血鬼一歩手前の人たちを、元の状態に戻す方法を訊くために吸血鬼の真相であるドラキューレさんか、その直系の子孫である『真祖の血統』を探そうと思っていたが、あっさり解決してしまった。
少し拍子抜けな気もするが、非常にありがたいことだ。
これで、無理矢理『適応体』状態にされていた百三人の人たちを、元の状態に戻してあげることができる。
「ありがとうございます。実は、無理矢理、吸血鬼一歩手前の状態にされていた人たちを保護していて、元に戻す方法を探していたのです」
「そうでしたか……。それで『真祖の血統』を探していたんですね」
カーミラさんが、そっと微笑んだ。
そして念の為ということで、追加でもう一個『血晶石』を渡してくれた。
一個が拳くらいの大きさで、百人分くらいの水溶液は作れるとの事だったが、気前よくもう一個プレゼントしてくれたのだ。
吸血鬼一歩手前の『適応体』状態にされた人たちは、ピグシード辺境伯領『イシード市』の復興作業を手伝ってくれているので、後で訪れて飲ませてあげようと思う。
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