671.生ける伝説の、静かな凄み。
「エレナさん、ありがとうございました」
俺は、『ポイントカード』スキルの『ポイント交換』の為の検証に協力してくれたエレナ伯爵に、改めてお礼を言ってタオルを渡した。
エレナさんは、再び真っ赤になっている。
「いきなり技を打ち込んでほしいと言われて驚きましたし、グリムさんがそういう趣味の方とは思っていなかったので動揺しました。でも……受け入れる自信はあります。そして、こうやって愛を込めて打ち込むことで、お互いの愛が深まることもわかりました。でもそれは……一般論であって……私の愛が大きく深まったというわけではありませんから! あなたを信じていつまでも待っているなんて、絶対に思っていませんから!」
エレナ伯爵が、いつもの逆ギレ状態になった。
いつもの感じなので、それはいいのだが……
さっきと逆で前半が色っぽい視線で俺を見つめながら言って、途中から逆ギレするというパターンだった。
なんか……いろいろトリッキーになってきているけど……。
それはさておき……打ち込みで愛って深まらないよね?
それって脳筋な人たちが、殴り合って友情を深める的な……そういうことでしょう?
打ち込みでは、愛は深まらないと思うんですけど……。
いや……脳筋同士の男女の恋愛なら……拳で語り合うということもありなんだろうか……。
俺は、普通に優しく語り合いたいんですけど……。
エレナさんの技を受けるということが、余興状態になってしまった。
みんな集まっているが、終わったので部屋に戻ってもらおうと思っていたところ……
俺の前に、一人の老紳士が現れた……。
この人は……
王国『近衛騎士団』格付け第一位で騎士団長のウォルフラム=タングステン名誉子爵だ。
国王陛下と王妃殿下の護衛として、同行している人である。
六十五歳の高齢の騎士だが、若々しい精気が漂っていて、五十代にも見える。
白髪に白ヒゲを蓄えていて、堂々としているのだ。
若い時は『コウリュウ騎士団』の団長をしていて、『鉄壁のタングステン』という二つ名がある伝説の騎士らしい。
魔物討伐や紛争の解決で、数々の武功を挙げた生ける伝説ということだった。
「シンオベロン卿、ぜひ私と手合わせ願いたい。もちろん貴公の勇姿は拝見した。勝てるとは思っていないが、それでも武人として、一勝負挑ませていただきたい」
模擬戦の申し込みだ……。
模擬戦は面倒くさいから、すごく嫌だったのに……。
これ、どうすればいいんだろう……無碍にも断りにくいし……。
俺は、考えあぐねつつ……密かに『波動鑑定』をさせてもらった。
やはり……『コウリュウド王国』の生ける伝説だけあって……かなりのスキルを持っている。
その中には、俺が持っていない攻撃系のスキルがある。
面倒くさいが、このスキルを『ポイントカード』スキルの『ポイント交換』コマンドの『交換リスト』に入れるために、受けるか……。
彼が持っている攻撃系のスキルで、俺が所持していないスキルは……『長斧術』だ。
「わかりました。ただ私が今やっていることは……実は……今後の戦いに備え……見たことがないスキルによる戦い方を体感するということなのです。攻撃系のスキルの初見をできるだけなくしておきたいのです。そういう趣旨ですから、普通に模擬戦として戦うのではなく、スキルによる攻撃をじっくり見るために、受けることを主体として相対します。それでよろしければお受けしますが……」
俺は、もっともらしい話にして説明した。
さすがに、俺の『固有スキル』の『ポイントカード』については、説明するつもりはないからね。
だが、そんなもっともらしい作り話を周りで聞いていたユーフェミア公爵をはじめとした女子たちや『ビャクライン公爵と愉快な脳筋たち』は、「おおぉ」と感心するような声を出して、キラキラした眼差しを向けている。
なんか微妙に、いたたまれない……。
俺の『絆』メンバーには、『絆』通信のオープン回線を繋いで、スキル獲得の為の実験をしていると簡単に説明してあげたけどね。
「ありがたき幸せ。一人の武人として強者との対戦は、大きな喜びであります。今の条件をお受けしましょう」
タングステン騎士団長が、快く了承してくれたので、少し話をした。
そして話の中で、うまく持っている戦闘系のスキルについて聞き出し、『長斧術』は初見なのでそれで戦ってほしいと頼んだ。
勝手に鑑定したというと失礼な感じがしたので、あくまで本人から聞き取って決めたという体裁にしたのだ。
タングステン騎士団長は、魔法カバンから豪奢な長柄斧を取り出した。
どうやら……普通のロングアックスではなさそうだ。
柄の先の斧形状の先端に槍の穂先のようなものがついている。
これは……ハルバードというやつだ。
斬る・突く・断つ・払うという攻撃が可能な素晴らしい武器だ!
てか……今度、『ハルバード』を作ろう!
『フェアリー武具』で、販売する新商品を作るか。
冒険者などにウケそうだな……。
ただ長柄斧を使う人がそもそも少ないから、数はそんなに出ないかもしれないけどね。
それにしても、タングステン騎士団長の持っているハルバードは美しい。
白銀に輝く柄に、所々金が装飾されている。
タングステン騎士団長は、通常の戦闘や護衛のときは剣を使い、大人数と相対する戦闘や魔物と戦うときには、長柄斧を使うのだと先ほど話してくれた。
『鉄壁のタングステン』という二つ名だから、勝手に盾を使って戦うのかと想像していたが、そういうわけではないらしい。
俺は、ビャクライン公爵との模擬試合の時にも使った『蛇牙裂剣』を使うことにした。
さすがに『魔剣 ネイリング』を使うわけにはいかないからね。
「お願いします!」
俺は剣を構え、受けの体勢をとって、タングステン騎士団長に合図を送った。
「いざ参る!」
タングステン騎士団長は、ハルバードを水平に静かに構えている。
独特の雰囲気だ……さすが王国の生ける伝説……確実に達人の域だ。
そういうものを肌で感じるのだ。
澄み切った水面のようなこの空気感……
——ビュウンッ
——バンッ、バンッ、バンッ
静かな構えから、少しの力みもなく静かに、そして素早く打ち込みがきた。
横薙ぎからの三連撃だった。
俺は、全て剣で受け流した。
まったく力んでなく技のキレが凄い。
静かなのに速い……空気まで切り裂いているのではないかという印象すら受ける。
そんな攻撃だった。
タングステン騎士団長は、今日あったばかりで印象的には物静かな老紳士という感じだったが、その心の内には武人としての熱きものがあるようだ。
そういうものが、あの静かな打ち込みの中にこもっている気がした。
さすが生ける伝説だ……。
——バンッ、バンッ、バンッ
——バンッ、バンッ、バンッ
——バンッ、バンッ、バンッ
タングステン騎士団長は、出し惜しみすることなく連続で攻撃を繰り出してくれた。
斬り付ける攻撃、突く攻撃、粉砕する攻撃、薙払う攻撃……ハルバードの良さを活かした素晴らしい連続攻撃だ。
俺は、それを全て受けた。
一瞬の間合いで離れ、呼吸を整えたところで、固唾を飲んで見守っていたギャラリーから歓声が上がった。
「『鉄壁』殿の動きは、いつ見ても素晴らしい。私も早くあの域に到達したいものだ」
上機嫌のビャクライン公爵が大きな声で、そんな感想を漏らしていた。
俺も同感だった。
『ポイントカード』スキルの『ポイント交換』のために始めたことだが……技をひたすら受けるというのが、結構楽しくなってきた。
受けに集中するので、確かに相手の技をいつもよりも丁寧に見れるんだよね。
そして……俺はやる気がなかったのに、ちょっとだけ打ち込みを入れたい気持ちになった。
「少しだけ、打ち込んでみてもいいでしょうか?」
俺は、タングステン騎士団長に尋ねた。
一応、受けに徹するという話にしていたので、事前に断りを入れた。
「では、今度は私がお受けいたしましょう」
タングステン騎士団長は、そう言うとニヤリと笑った。
——バンッ、バンッ、バンッ
俺は、連続で打ち込んだ。
もちろん力の加減はしている。
だが……タングステン騎士団長の受けがすごい!
まともに受けたり、受け流したりと、様々なのだが……一切後ろに下がらない。
というか……むしろ前に出ながら受け続けている印象だ。
存在自体が……まるで壁だ……そう突破困難な鉄の壁だ!
『鉄壁のタングステン』という二つ名の意味が、攻撃を入れてみて初めて分かった!
まったく後ろに引かない。
大きな壁に立ち向かっているような感覚と、襲ってくる威圧感……攻撃しているのは俺で、受けているのがタングステン騎士団長なのに、まるで俺が攻撃を受けているような感覚だ。
この人を突破することは、できないという気になってくる。
もちろん俺が本気を出せば突破できると思うが、普通の騎士だったら間違いなくそう感じるだろう。
絶望感や無力感すら感じるかもしれない。
スキルとは関係ない……達人が持つ本物の凄さがあるのだ。
スキルを得るために体感させてもらったが、スキルには現れない……スキルを超えた凄さを体感することになってしまった。
生ける伝説……ほんと凄いわ……。
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