585.ビャクライン公爵VS、グリム、その二。
ビャクライン公爵の蹴りによる形勢逆転で、未だコロシアムは沸いている。
そしてビャクライン公爵は、短い時間ですぐに呼吸を整えている。
臨戦態勢をとりながら、更に呼吸を整えている感じだ。
そして何故か……純真な少年の顔になっている。
ワクワクした楽しい顔だ。
最初の本気っぽい殺意が消え、その後のバトルジャンキーな笑みも消え、キラキラした少年の瞳になっている。
なにこの人……。
こういう顔を見ると、憎めない感じになっちゃうよね。
アナレオナ夫人も、こういうところに惚れたのかなあ……。
本当に楽しそうな顔をしながら、構えを少し変えた。
仕掛けてくるつもりのようだ。
必殺技を出すのかな……『コウリュウド式伝承武術』の必殺技は、幾つも持ってるはずだからね。
「コウリュウド式伝承剣技! 龍腕! タアァァァ!」
——ビュウンッ
——バゴーンッ
大剣が面で振り下ろされたが、俺はギリギリで躱した。
だが斬撃で地面に大穴が開き、俺はそのもの凄い風圧で吹き飛ばされた。
もちろん、持ち堪えることはできたが、敢えてその風圧に体を預けたのだ。
この技は、セイバーン公爵家次女で執政官のユリアさんが『ナンネの街』奪還戦の時に出したものと同じだ。
大剣の刃ではなく、広幅の腹を使って叩き潰す力技である。
そしてこの技は……人間相手に出しちゃダメなやつだと思うけど……。
多分だけど、魔物相手に想定された技だと思うんだよね。
普通の剣士が、避けないでまともに剣で受けにいったら、大ダメージを受けると思う。
下手したら、ほんとに潰されると思う。
それを俺に出すなよな……。
知ってたから避けたけどさぁ……
もしまともに受けてたら、『限界突破ステータス』じゃなければ大怪我するとこだし、攻撃に耐えちゃってもそれはそれで問題だし……。
この人ほんとに困る……。
変わらずキラキラした瞳だが……まったく……子供か!
だがこの攻撃は、あくまで導入に過ぎなかったようだ。
すぐに次の技の体勢に入っている。
しかも大剣を捨てて素手だ。
俺に向けて……胸の前で腕をクロスしている。
あの構えは……ユーフェミア公爵を倒したマリナ騎士団長が使った技だ!
王国で三人しか使えないという『コウリュウド式伝承武技 龍の息吹』だ。
ビャクライン公爵は、その三人のうちの一人だとアナレオナ夫人が言っていた。
うん、ちょうどいい。
俺は、この技をあえて受けることにした。
ユーフェミア公爵を倒した技だし、俺もそれで敗れれば皆納得するだろう。
本当はもうちょっと接戦を続けて、引き分けに持ち込みたかったが、公爵が仕掛けてきたので、もうこのタイミングでいいだろう。
残念ながら引き分けパターンは難しそうだが、接戦して大技で負けるならなんとか格好がつくだろう。
「コウリュウド式伝承武技! 龍の息吹!」
バイクに乗った仮面のヒーローの変身ポーズと、亀の甲羅を背負ったちょっとエッチな仙人の必殺技を合わせたような動きが完了し、技が発動したようだ。
——おお!
目に見えない旋風が、すぐに俺を捉えた。
俺はそのまま体を預けて、すぐに空中に巻き上げられた。
まさに竜巻だ。
おお、凄い回転だ!
普通なら恐怖するところだが、俺は少し楽しんでしまった。
なにか遊園地の絶叫アトラクションに乗っている気分なのだ!
『限界突破ステータス』の俺が、この技で死ぬ事はないだろうという気持ちが、そうさせてしまったようだ。
かなり上空まで巻き上げられ、竜巻から解放された。
その後は、自由落下だが今までの回転を維持してキリ揉み回転している。
ユーフェミア公爵の時と同じだ。
回転しながらも下の状況を確認すると……あれ……公爵が動き出してる。
やはり追撃する気なのか。
マリナ騎士団長もそうだったが、このタイミングで追撃するのが必勝パターンなのかもしれない。
わあっ、ジャンプしてきた!
しかも大剣を持たず素手のままだ。
腰の二本の剣を使うのか?
いや、そうじゃなかった。
なんと、俺に抱きついてきた!
あれ……何この位置取り……?
俺の頭を下にして背中から抱きついている。
ん……このまま頭から落とすのか?
俺の脇の下を足の裏で抑えている。
そして俺の両足を手で抱えている。
このかたちは……俺が好きだったアニメの超人レスラーの必殺技にそっくりだ。
牛丼が大好きな筋肉男の話だ。
負けること自体はいいけど……
頭から落とされるのは嫌だなぁ……
だいたい、普通の剣士なら死んじゃう可能性あるでしょうよ!?
——ドスンッ
——バゴーンッ
俺は背中から地面に落下した。
頭から地面にささるのが嫌だったので、直前に思わず体を躱してしまったのだ。
そのお陰で背中から落ちたのだが……かなり痛いんですけど……。
でもこれで“勝負あった”でいいだろう。
俺はそのまま動かないでいたのだが……
なぜか審判が裁定してくれない……。
しょうがないので、立ち上がって審判の方を見ると、審判が困ったような感じになっている。
俺の方と別の方を交互に見ている。
あれ……そういえばビャクライン公爵がいない。
審判が見ているもう一方は、地面が円形に陥没している。
近づいてみると……なんとビャクライン公爵が倒れていた。
なぜに?
どういうことだろう……?
あれ……もしかして……俺がとっさに体をひねった時に、公爵を弾き飛ばしてしまったのか……?
投げるつもりはなかったのだが……
俺が公爵の様子を見に行くと、審判も一緒について来た。
公爵は意識は失っていないが、倒れこんだままだ。
審判は、判断しかねているようだ。
もう少し待てば、起き上がってきそうな感じもあるからね。
「審判、迷う事はない。私の負けだ。シンオベロン卿の勝利を告げたまえ……」
え……ビャクライン公爵が、突然そんなことを言った。
どういうこと?
まだ戦おうと思えば戦えるよね……?
審判もまだ踏ん切りがつかないようで、そのままでいる。
するとビャクライン公爵がゆっくりと立ち上がって、俺に近づいてきた。
「いやぁ、まさかこの技を破る者がいるとは思わなかった。龍の息吹で空中に放り上げ、敵をホールドして確実に仕留める必殺コンボだったのだが……。まさか空中でホールドされた状態で、私を投げ飛ばすとは……。武人として素直に負けを認めよう。ワッハッハハハ」
なぜかビャクライン公爵は、愉快そうに俺の背中をバシバシ叩いた。
そして俺の手を掴んで、空に掲げた。
これを見ていた審判が、改めて俺の勝利を告げた。
——うおぉぉぉぉっ
大歓声が巻き起こった!
「皆さん、素晴らしい戦いでした! まさか大会四日目も、こんなに興奮させてもらえるとは思いませんでした! なんて素晴らしいんだ武術大会! なんて素晴らしいんだセイバーン公爵領! なんて素晴らしいんだビャクライン公爵閣下! なんて素晴らしいんだシンオベロン騎士爵閣下、なんて素晴らしいんだ我らのユーフェミア様! 皆さん、この感動を胸に刻みつけましょう!」
アナウンス担当が、大興奮してしまっている。
てか……泣きながら叫んでるじゃないか……。
この人ほんとに誰なんだろう……真面目にスカウトしたいんだが。
絶叫アナウンスに煽られて、会場はさらに沸き上がっている。
「「「シンオベロン! シンオベロン! シンオベロン!」」」
「「「ビャクライン! ビャクライン! ビャクライン!」」」
興奮の坩堝状態なのに、なぜかシンオベロンコールとビャクラインコールが綺麗に繰り返されている。
なぜか……予定と違って勝ってしまった。
あまり目立ちたくなかったのだが……。
でもなんか俺の仲間たちが嬉しそうな顔しているし……リリイとチャッピーがほんとに嬉しそうだから……いいか!
(武術大会イベントは、やっぱこうでなくっちゃね!)
ハナシルリちゃんが、念話でそう言ってきた。
まったく……あいつ……ほっぺグルグリの刑にしてやらねば……。
まぁ会場も盛り上がって、仲間たちも喜んでくれたから結果オーライだけどさぁ。
それにしても……『コウリュウド王国』の武の象徴みたいな人に勝っちゃってよかったのだろうか……。
面倒くさい予感しかしないが……まぁ深く考えるのはやめておこう。
「もはやハナシルリが懐くのは認めよう。貴公の武に免じてだ。だが、結婚はダメだ! まだ早い!あと二十年は、私のものだ! 私の宝物なのだ! それだけは忘れるな! ワッハッハハハ」
ビャクライン公爵が、突然そんなことを言った。
そして俺の背中をバシバシ叩いた。
結構痛いんですけど……。
そして、なんで……涙を流しながら笑ってるわけ?
悲しいのか嬉しいのかどっちなのよ!?
それにしても……なに言ってるの、この人……。
結婚とか…… 二十年とか……話が飛躍しすぎだと思うんですけど……。
まさかこの溺愛オヤジ……勝手に娘を嫁に出す気分になってるのか……その涙じゃないよね?
それはともかく……さっきの俺にかけた技はすごかったなぁ……。
まさかアニメの必殺技を実際に喰らいそうになるとは……。
敬意を込めて技名を付けてあげよう。
『脳筋ドライバー』……ムフフ。
この必殺技、格闘技興行をやるアンティック君にも教えてあげようかな。
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次話の投稿は、27日の予定です。
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