551.侍の剣技は、ホクシン流。
俺は、女侍ことサナさんに、もう一つ尋ねたいことがあった。
それは、彼女の使う剣技についてだ。
もちろん、先祖から伝わっているという日本刀についてもだ。
「我が家に伝わる剣技は、初代様が考案したと言われていて『ホクシン流』という名前がついております。剣術指南書が代々引き継がれていて、一族でかろうじて伝承している状態です。私は素晴らしい剣技だと思っておりますが、わが国の貴族は『コウリュウド式伝承武術』を習得するのが基本ですから、それ以外の剣技を広めるのは事実上困難なのです。せっかくの剣技なのですが……」
サナさんはそう言うと、少し悔しそうに唇をかんだ。
初代チーバ男爵が考案した剣技なのか……なんとなくだが……『ホクシン流』って……北辰一刀流のこと?
北辰一刀流の剣技を見たことがないから、サナさんの剣技が同じなのかわからないが、なんとなくその流れを組んでいるような気がする。
サナさんの話では、『ホクシン流』の極意は“攻め”にあり、攻めて攻めて攻めまくるという精神が大切なのだそうだ。
うろ覚えだが……北辰一刀流もそんな特徴があったような気がする。
もしそうだとすれば……初代チーバ男爵も、転移者か転生者だった可能性が高い。
その点についても尋ねてみたが、異世界から来たというような記録は残されていないらしい。
サナさんは、『ホクシン流』を普及できないのが悔しいようだ。
先祖伝来の剣技があり、それが素晴らしいものであれば、世に出して評価してもらいたいと思うのは当然かもしれない。
少し気になったので訊いたが、『ホクシン流』は日本刀でなく普通の剣でも問題なく戦えるそうだ。
確かに『コウリュウド式伝承武術』があるから、領軍で普及するのは難しいだろう。
自分が使う分にはいいが、他の人に指導するのは問題になる可能性が高い。
だが良いものであれば、一般に広めてもいいかもしれない。
『コウリュウド式伝承武術』は、逆に言えば貴族の子弟や衛兵隊などの領軍の者しか習得することができない。
それ以外で、自衛のために剣術を習いたい人や、ハンターや冒険者になりたい人に教えるのはいいんじゃないだろうか。
場合によっては、ピグシード辺境伯領の領都の『ハンター育成学校』で教えてもいいかもしれない。
吟遊詩人のアグネスさんたちが普及してくれている『護身柔術』もそうだが、良いものは広めた方がいいよね。
刀については、初代チーバ男爵が使っていたものが引き継がれてきたそうだ。
サナさんは、その伝家の宝刀の中の一本を無断で持ってきたらしい。
伝承では、迷宮で手に入れたと伝えられているようだ。
『ヒゲキリ』という名前らしい。
興味があったのでサナさんに尋ねてみたが、刀は一般には流通していないとのことだ。
東方の国の鍛冶工房で刀を作っているという噂は聞いたことがあるそうだが、実際に流通して売買されているのは見たことがないそうだ。
なんか……その東方の国っていうのがすごく気になったが、サナさんも詳しい情報はわからないらしい。
サナさんとの話が一段落したところで、アンナ辺境伯がやってきた。
密かにニアに念話をして、連れてきてもらったのだ。
俺はアンナ辺境伯に、今までの話を説明した。
「あなたの剣技は見事でしたよ、サナさん。初代様の伝記の中に、晩年、高潔な心を持った若き剣士と出会った逸話が記されています。あなたの祖先を、孫のように思っていたようです。あなたとは縁があるようね。無理強いはしませんが、望むなら我が領に来てください」
アンナ辺境伯が、にこやかに言った。
初代ピグシード辺境伯の伝記の中に、初代チーバ男爵が登場していたようだ。
「はい、ピグシード辺境伯閣下。お会いできて光栄です。ご恩返しのつもりで仕えさせていただくつもりです」
サナさんは緊張しつつも、嬉しそうに跪いた。
「サナさん、こちらの妖精女神様と言われているニア様は、初代ピグシード辺境伯を教え導いてくださったピクシーのティタ様の直系の方なのです」
アンナ辺境伯が、ニアを改めて紹介してくれた。
確か……ニアのひいお婆さんが、ティタ様なんだよね。
「あゝ……妖精女神様……ニア様……。ティタ様にも、我が先祖は大恩があるのです。初代様から伝わっている伝家の宝刀の第一刀は、ティタ様から頂戴したと言われている『妖精刀 風薙丸』です。ティタ様の直系の方にお会いできるとは……私は一体どうすれば……ピグシード辺境伯閣下には忠誠を捧げ、ニア様には命を捧げます!」
サナさんは、感極まった感じになっている。
そしてあまりの感動のためか……最後にはよくわからないことを口走っているが……。
「サナちゃん、めっちゃかっこよかったわよ! 私、あなた好きよ! あなたは……見かけがド派手セクシーな割に……中身は真面目な堅物って感じね。かしこまらなくていいのよ。それに、私のひいお婆ちゃんがあなたの先祖によくしてあげたからって、あなたが私に感謝する必要は全然ないから。友達になりましょう! それから、アンナ辺境伯に忠誠を誓うのはいいけど、私に命を捧げる必要は全然ないから! 命は捧げるものじゃなくて、共に育むものよ!」
ニアは、くだけた感じで明るく言った。
そのお陰で、サナさんも少し落ち着いたようだ。
そしてニアさんって……たまにいいこと言うんだよね。
サナさんとの話は終わったが、アンナ辺境伯とお茶をしながら少し打ち合わせをすることにした。
俺が注目した選手の他にも、アンナ辺境伯が注目した選手が何人かいたようだ。
まずは弓で戦っていた選手だ。
弓が得意なアンナ辺境伯は、興味を持ったようだ。
こういう一対一の武術大会では、弓の使い手はかなり不利なのだ。
試合開始直後の距離があるときに勝負を決めないと、一気に不利になる。
接近戦に持ち込まれると、弓以外の体術などが使えないとすぐに勝負がついてしまうのだ。
そんな不利な中でも、予選を勝ち上がり本選に出場していた弓の使い手は、若い狩人だった。
しかも、マスクをつけた狩人だった。
マスクといっても、仮面舞踏会などでよく使われているような顔の上半分を隠すタイプだ。
マスクをつけて出場している時点で……何か訳ありっぽいので、俺もちょっと気にはなっていたんだよね。
マスク狩人選手は、準々決勝でタンク巨漢男選手に敗北していた。
決勝に進出したタンク巨漢男選手である。
女侍のサナさんと同じように、大盾によるシールドバッシュで敗北していたのだ。
開始直後に弓の素早い連続攻撃を出していたが、全て大盾で弾かれてしまっていた。
そして突進の勢いが乗ったシールドバッシュで、弾き飛ばされたのだ。
俺には、交通事故にあったような衝撃に見えた。
マスク狩人選手は、シールドバッシュを予想して避けようとしていたのだが、タンク巨漢男選手が先読みしたかのように、逃げる軌道を捉えて命中させていた。
敗退したものの本選に出場し、初戦を勝って準々決勝まで進んだのは、かなり優秀と言えるだろう。
アンナ辺境伯は、ぜひ勧誘したいとのことだった。
他の本選出場選手は、オーソドックスな剣士や槍の使い手で、普段から修練を積んでいるような人たちばかりだった。
ほとんどの人は、『コウリュウド式伝承武術』の基本の型を身に付けている感じだったので、貴族の子弟だろう。
数打ちゃ当たる戦法で、本選出場者には全員に声かけしてもらっている。
サーヤが、抜かりなくやっているのだ。
そういえば、今のところ魔法を使う戦士や魔法の道具を使って戦う選手が登場していない。
前にユーフェミア公爵に聞いたところによると、通常開催されている『武官登用武術大会』では、少数だが魔法の武器を使う者が出場することもあるらしい。
だだ、魔法を使う者は、ごく稀にしか現れないとのことだった。
魔法が使える人材は貴重なので、わざわざ武術大会に出場しなくても、個別にテストを受けて仕官できるし、引く手数多で貴族に高額で雇われるそうだ。
魔法戦士が見てみたかったのだが……残念だ。
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