502.親の務め、領主の務め。
俺たちと、ゲス衛兵に難癖をつけられていた行商団の人たち、そして犬耳の少年こと犬の亜人のバロン少年は、『セイセイの街』の守護屋敷の別館に案内された。
俺は、ニア、リリイ、チャッピーと一緒だ。
もちろん、ユーフェミア公爵と長女のシャリアさんも一緒である。
これからユーフェミア公爵のターンが始まる感じである……。
「ユ、ユーフェミア様、誠に申し訳ございません。どうぞ、この私めを罰してください」
「全て私の不徳といたすところです。申し訳ございません。死をもって償います」
ユーフェミア公爵に対し土下座して詫びているのは、この街の守護ピオーネ男爵と衛兵長のアスファルさんだ。
二人は、ユーフェミア公爵の指示で事情を伝えに行った衛兵隊の班長に事情を聞き、駆け付けたのだ。
先程のゲス衛兵の迷惑行為を知り、顔面蒼白になっている。
「あんたたちには、きっちり責任は取ってもらうが、その前に……なぜあんな者が衛兵として働いているのか説明してもらおうか?」
ユーフェミア公爵は、普通の口調で言っているのだが……守護と衛兵長は縮み上がっている。
「も、申し訳ございません。その者は、デラウエ騎士爵の三男でして、頼み込まれて一年前に採用いたしました」
ピオーネ男爵が震える声で言った。
「なに!? あのたわけは、一年も前から衛兵をやっているのか!? しかも貴族の子息だからと頼まれて衛兵にしたってのかい!? 登用試験は?」
ユーフェミア公爵の語気が強くなった。
「も、もう申し訳ございません。も、もちろん規定通り行いました。人格に問題があるとは、気づきませんでした。どうぞ私を罰してください!」
「申し訳ございません。基礎体力試験と読み書きの試験は、基準点を超えていました。面接は、私が行いました。問題を見破れませんでした。騎士爵家の子息ということで、甘くなったかもしれません。全て私の責任でございます」
ピオーネ男爵とアスファル衛兵長は、ほとんど泣いてる……。
二人の話によれば、規定通り登用試験をして採用しているので、問題はなさそうにも思うが……おそらく試験は形だけのものだったのだろう。
騎士爵に頼み込まれて、事実上の縁故採用をしたに違いない。
ユーフェミア公爵も、そう思っているようで刺すような視線を向けている。
「衛兵長、なぜ今まであの者を放置していた?」
ユーフェミア公爵は、追及の手を緩めない。
「申し訳ございません。き、教育している最中でして……」
衛兵長がガタガタ震えながら、しどろもどろになっている。
あの様子では、今までも問題を起こしていたと思うが……貴族の子息だから、無碍に辞めさせることができなかったのかもしれないね。
「…………」
ユーフェミア公爵は、無言で衛兵長を見据えている。
「す、すみません。もっと早く対処すべきでした」
衛兵長が、床に頭を擦り付けた。
中間管理職的な感じで、少し可哀想な気もするが……この人の責任は大きいと思うんだよね。
きっと被害を受けた人もいっぱいいるはずだし、周りの衛兵も困っていたはずだ。
下働きをしていると言っていた犬耳の少年バロンくんも、殴られていたようなこと言っていたしね。
「あんたたちが謝るのは、私に対してじゃない。この行商団の人たち、そして今まで苦しめた多くの人たちに謝るべきだね」
ユーフェミア公爵はそう言いながら、行商団の人たちに視線を送った。
二人に対して、暗に早く謝れと促しているようだ。
「大変なご迷惑をおかけいたしました。この街の守護として、お詫びいたします」
「衛兵隊を預かる者として、誠に恥ずかしい限りです。申し訳ありません」
ピオーネ男爵とアスファル衛兵長は、今度は行商団の人たちに対し、土下座をした。
少し可哀想な気もするが……責任者というのは、責任を取るのが仕事だから、しょうがないだろう。
それに、話を聞く限り、この二人にも責任の一端はあるからね。
ちなみに土下座自体は、ユーフェミア公爵は強要しているわけではない。
彼らが自主的にやっているのだ。
もしかしたら、俺とゲス衛兵のやり取りの中で、土下座を要求したことが、影響しちゃっているのかもしれないけどね。
行商団の団長さんは、謝られまくるというまさかの事態に、気後れしている感じで、「私たちは、もう大丈夫ですから」と返すのが精一杯だったようだ。
ゲス衛兵と対峙していた時は、腹の座った度胸のある感じだったが、こういう展開には慣れていないのだろう。戸惑っている感じだ。
「まだ全てはわからないが、束ねる長としての責任以外にも、採用に関与し、問題を放置した罪は大きいね……」
ユーフェミア公爵は、謝罪を終えた二人に、そう言った。
ピオーネ男爵とアスファル衛兵長は、引きつりながら居住まいを正した。
「どうぞ、厳罰をお与えください。どのような処罰も、甘んじてお受けいたします」
「何度殺されても、償いきれませんが、どうぞお裁きください」
二人は、涙を流しながらそう言った。
完全に死を覚悟しちゃってる感じなんですけど……。
なんか話が……ハードな展開になりつつあるような……
ユーフェミア公爵、処刑したりしないよね……?
「あんたたちには、やってもらうことがある。まずは、あの衛兵による被害の調査だ。他の衛兵も含めて、同様の問題事案がないか、きっちり調査してもらうよ。全て調べ尽くすんだ。そして迷惑をかけた人たちに、謝りにいってもらうよ。旅人で、この街にいない者はしょうがないが、いる者だけにでも謝るんだね」
ユーフェミア公爵は、冷たく言い放った。
「かしこまりました。くまなく調べあげ、謝罪いたします」
「はは、誠意を尽くして、謝罪いたします」
二人は神妙な顔で返事をした。
「お母様、この者たちを信用しないわけではありませんが、調査は私が取り仕切りたいと思います。よろしいですか?」
黙って聞いていたシャリアさんが、突然申し出た。
シャリアさんも、色々と思うところがあるのだろう。
「いいだろう。この街で起きていることが、領政の現実だ。見たくない現実でも、直視しなければならない。徹底してやりな」
ユーフェミア公爵の許可を得て、シャリアさんは守護のピオーネ男爵とアスファル衛兵長を連れて、出ていった。
すべての衛兵から、聞き取り調査を行うのだろう。
この際だから悪いところは全て洗い出して、膿を出し切っちゃった方がいいよね。
俺が見る限りユーフェミア公爵は素晴らしい領主だと思うが、それでも末端までは目が行き届かないのだろう。
どうしても、こういう事態が多少は発生してしまうよね。
不祥事を皆無にすることはできないと思うので、起きた後の対処が一番重要なのかもしれない。
『フェアリー商会』も大きくなって、いろんな人を雇用するすればするほど、こういうリスクを伴うんだよね。
今のところ、サーヤを中心によくやってくれているので、特に問題は起きていないが。
まぁそもそも採用の段階で、サーヤチェックが入っているから、変な人間は事前に排除されているんだろうけどね。
それと適材適所ができているというのも、大きいかもしれない。
シャリアさんたちと入れ替わるように、今度は代官さんと先ほど話に出ていたデラウエ騎士爵が入ってきた。
「ユーフェミア様、デラウエ騎士爵をお連れいたしました」
代官さんは、恐る恐る言葉を発した。
「ユーフェミア様、この度は、わが愚息が大変な罪を犯しまして、お詫びのしようもございません。どうぞ、この私を罰してください」
デラウエ騎士爵は、膝をつき深く頭を下げた。
五十代前半くらいの細身の紳士だが、血の気の引いたような顔をしている。
「デラウエ騎士爵、そなたは、今回のことをどう考えている?」
ユーフェミア公爵は、冷静な口調で聞いているが、逆に怖い感じだ。
「はは、全て私の不徳のいたすところでございます。衛兵隊に入れて愚息の性根を入れ替えることができればと思ったのですが……。誠に申し訳ございません」
その口ぶりからすると、息子に問題があった事は知っていたのだろう。
「衛兵隊に入れて鍛え直すというのは、わからないでもないが……あんたは厄介払いをしたんじゃないのかい? 一年も衛兵隊にいて、息子は変わったかい? 一年放置していただけなんじゃないのかい? 」
「そ、それは……」
ユーフェミア公爵の核心をついた問いかけに、デラウエ騎士爵は返す言葉がないようだ。
「息子といえども、成人した大人だ。全てのことに対して、親にも責任があるとは言わない。だが、もしも反逆罪に類するような罪を犯したら、一族郎党にも害が及ぶんだよ。あんたは見たくないものから、目を背けていたんじゃないのかい?」
ユーフェミア公爵の更なる指摘に、デラウエ騎士爵は沈痛な顔をしている。
「も、申し訳ございません。その通りでございます。胸を抉られる思いです……」
デラウエ騎士爵は、涙を滲ませて唇を噛んでいる。
「どこにでも、馬鹿息子はいるもんさ。それに、子供といえども、一人の独立した人間だ。強制することなどできない。だがそこから目を背けないのが、親の務めだ。目を背けた時点で、息子の罪は親の罪も同然さね。これからどうしたい?」
ユーフェミア公爵はそう言って、デラウエ騎士爵を見つめた。
確かにユーフェミア公爵の言う通りかもしれない。
子供の問題から目を背けないのが親の務めだし、領で起きた問題から目を背けないのが領主の務めなのだろう。
「はい、死んでお詫びいたします」
デラウエ騎士爵は、声を絞り出すように言った。
また死ぬ気だ……。
この国の人たちは、なぜすぐに死んで詫びたがるのだろうか……。
確かに命で償わなきゃいけないときもあるかもしれないが、基本的に責任の取り方が間違っている気がする……。
「まぁそれも一つの詫び方ではある。貴族でもあるしね。だがそれじゃあ……この世から馬鹿な貴族の親子が消えるだけの話だ。あまりいい償いの仕方とは思えないね。人を殺したりしていれば別だが、あの者にそんな度胸があるようには見えなかった。命で償う必然性がないなら、生きて償うべきさね。その方が世の中の役に立つ」
ユーフェミア公爵は、デラウエ騎士爵に諭すように言うと、はじめてニヤッと微笑んだ。
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