448.イシード市の、復興に向けて。
俺は、アンナ辺境伯と『イシード市』の復興準備について打ち合わせすることにした。
『ピア街道地下街』から、転移の魔法道具で一時的に領城を訪れたのだ。
「グリムさん、ヘルシング伯爵領を救っていただき、ありがとうございます。相変わらず素晴らしい活躍ですわね」
アンナ辺境伯が、満面の笑みで出迎えてくれた。
「なんとか襲撃を防ぐことができて良かったです。予定通りアジトも潰すことができましたので、一安心しているところです」
「そのようですね。それで……突然いらしたのは、何か急な用件ですか?」
「はい。実は……ヘルシング伯爵と話して、ヘルシング伯爵領の各市町で移住を希望する人や浮浪児などの身寄りのない子供たちを移住させることを了承していただいたのです。そこで『イシード市』の復興準備というか、移住者の受け入れ準備をすぐに始めたいと思っています。その件でご相談に伺いました」
「そうでしたか。実は私もそのことをちょうど考えていました。すぐにでも取り掛かるべき案件です。ユーフェミア姉様からも連絡があり、今後王国内のあちこちから移住者が押し寄せる可能性があるので、早く準備をするように言われていたのです」
「そうなんですか。国王陛下の許可を得て、王国内に案内をしていただいたようですが、もう応募があるのですか?」
「まだ募集をかけたばかりですので、具体的な動きは伝わってきていません。ですが、これから移住希望者が殺到する可能性があります。移住者に対する優遇措置もありますし、あなたとニア様の評判が人を集めると思います。『妖精女神の使徒』たちが、ヘルシング伯爵領の全市町を救ったという評判が、じきに広がり始めるでしょう。その評判を聞いて、移住希望者が増えるだろうというのがユーフェミア姉様の予想なのです」
「そうなんですか……。ほんとうにそんな評判が広がるのでしょうか……?」
「ええ、おそらく。その手の評判は、すぐに広がります。あなたが考えているより、ずっとすごいことをしたのです。それから、身寄りのない子供たちを移住者として受け入れるというのは、いいアイディアですわね。子供たちを救うことができますし、何年かすれば、みんな立派な大人として領を支えてくれますから」
「ありがとうございます。子供たちの受け入れをご理解いただけると非常に嬉しいです。子供たちの面倒は、私の方で責任を持ってみるつもりです」
「子供たちのことは、領でもしっかり支援します。大切な領民ですから。一緒に育てましょう」
アンナ辺境伯は笑顔でそう言ってくれた。
子供たちを大切にしてくれて、本当にありがたい。
おそらくコウリュウド王国のいくつかの領には、少なからず浮浪児のような子もいると思う。
すべての領の運営が、上手くいっているとは思えないからね。
そして、そんな環境の中で大人になって、ひねくれてしまった若者もいるはずだ。
そういった人たちに夢と希望を与え、更生するチャンスになればいいと思っている。
そういう人たちを移住させるのは、領主も気分を害しにくいのではないだろうか。
そういう意味では、結構いいアイディアだと思う。
俺はアンナ辺境伯と、復興準備、移住者の受け入れに向けての具体的な打ち合わせを始めた。
まず吸血鬼一歩手前の『適応体』状態の人たちを、一時的に『フェアリー商会』の社員として雇用し、移住者の受け入れ準備をしてもらうという話をした。
合計百三人もいるので、かなりの人手になる。
今のピグシード辺境伯領は人材不足なので、それだけの人数の人たちが準備に当たってくれるということに、アンナ辺境伯は凄く喜んでくれた。
アンナ辺境伯は、『フェアリー商会』に『移住者受け入れ事業』を発注をするので、実質その人たちの人件費は領で支払うと提案してくれた。
もともと人件費は『フェアリー商会』で出そうと思っていたので、払ってもらわなくてもよかったのだが、今後スムーズに準備を進める上で、『移住者受け入れ事業』として商会に発注してもらった方が何かとやりやすそうなので、その提案を受け入れることにした。
ただ、貴族が俺しかいない以上、『イシード市』の守護も俺がやることになると思うので、俺が会頭を務める『フェアリー商会』が『移住者受け入れ事業』を受注することに問題がないのか少し不安だった。
だが、アンナ辺境伯によれば帳簿関係さえしっかりしておけば、特に問題はないとのことだった。
この世界は、癒着や利益相反についてはやはり厳密ではないらしい。
もっとも今のピグシード辺境伯領は、緊急事態のようなもので、やむを得ないということもあるのかもしれない。
実際、『フェアリー商会』以外にこの事業を受けそうな商会は無いからね。
『守護の屋敷』『役所』『ギルド会館』などの再建も、俺の方で行うという提案をした。
また、移住者を受け入れる住宅やインフラすなわち『産業や生活の基盤となる施設』の建設も任せてもらえるなら、すべて行うと提案した。
特訓した家魔法を駆使すれば、あっという間に建設可能だからね。
アンナ辺境伯からは、都市計画を含めて守護としての俺に任せるとの許可をもらった。
すべて『移住者受け入れ事業』の範囲と認めるので、必要な経費や報酬は請求するように言われた。
かなりの数の建物を建設するので、普通に計算したらすごい金額になるのだが……。
報酬の一部を、土地などの現物で支払うことも可能なので、『フェアリー商会』としての商売用の用地なども優先的にいい場所を割り当てて構わないと言ってくれた。
報酬を土地などの現物で払ってもらった方が、領としても金銭的な負担が減るので、その方向で考えようと思っている。
なるべく土地を報酬としてもらうようにすれば、領としても助かるはずだ。
現時点で土地を買うような人は、ほとんどいないだろうからね。
ただ、今現在『イシード市』は無人になっていて、土地の権利関係が明確でない部分がある。
そこでアンナ辺境伯の指示で、『領都』『マグネの街』『ナンネの街』に移住した元イシード市民をリストアップして、土地の所有関係を調べてくれることになった。
どうしても将来イシード市に戻りたいという人以外は、基本的に領として土地を買い上げてあげるつもりのようだ。
買い上げるといっても、移住先である『領都』『マグネの街』『ナンネの街』で、現在住んでいる土地建物と相殺するのが基本のようだ。
領が用意した現在の住まいを、持ち家にしてあげるということになる。
その価値以上の土地建物を持っている人だけが、買い上げ対象になるそうだ。
なかなか合理的なやり方だ。
ほとんどの人は今住んでいる家の方が、前に住んでいた家よりも価値が高いので、相殺してもらえば実質儲けることになるので、大きな不満も出ないだろう。
そのやり方ならば、自由に使える土地の面積が圧倒的に増えるので、都市計画も立てやすい。
俺としては、非常にありがたいやり方だ。
俺は活動の拠点となる役所や守護の屋敷、受け入れ準備を担当してくれる百三人の人たちの宿泊施設などはすぐに作ってしまおうと思っている。
俺はもう一つ、復興の準備の柱となる人材について、アンナ辺境伯に提案した。
俺には、前から決めていた人材がいるのだ。
俺が守護を務めるとしても、常駐できないので『マグネの街』や『ナンネの街』のように優秀な代官が必要になる。
その代官には、適任者がいるのだ。
それは……『土使い』エリンさんの父親のハンクさんだ。
ハンクさんは、元々『イシード市』文官で、代官に次ぐ次官だったと前に聞いていた。
『イシード市』を復興するときには、代官をやってもらいたいと前から思っていたのだ。
母親のトルーディさんは、『商人ギルド』の副ギルド長をしていたと聞いているので、当面役所の仕事を手伝ってもらい、ゆくゆくは『ギルド会館』を仕切ってもらう総ギルド長のような立場で仕事をしてもらいたいと思っている。
長女で『土使い』のエリンさんも、以前は文官として働いていたとのことなので、また文官として力を発揮してもらいたいと思う。
ただサーヤの話では、『フェアリー商会』の仕事も手伝いたいと申し出てくれているようなので、本人に選んでもらうつもりだ。
一番安全なのは大森林だが、『虫使い』のロネちゃんや『植物使い』のデイジーちゃんのように、自宅から大森林に通って特訓すればいいだろう。
それに『正義の爪痕』の勢力は、だいぶ削ぐことができたので、以前よりは格段に安全になっているはずだしね。
次女のキムさんは、『イシード市』の衛兵だったし、弟のケビンくんも十四歳で未成年だが、衛兵を目指して下働きをしていたらしいので、以前のように衛兵隊でがんばってもらえばいいと思っている。
そして街の治安維持という重要な役割を担う衛兵隊長は、将来的な都市の規模などを考え、現在の領都守備隊の副隊長で、近衛兵をまとめているマチルダさんに就任してもらうという案がアンナ辺境伯と執政官のユリアさんから出された。
ユリアさんは所用で出かけていて、途中からこの打ち合わせに参加しているのだ。
そしてマチルダさんの後任には、『マグネの街』の女性衛兵のクレアさんを就任させるつもりのようだ。
クレアさんは、セイバーン公爵家長女のシャリアさんと次女で執政官でもあるユリアさんと仲良くなっていた金髪美人さんである。
この人事は、どうもユリアさんがクレアさんを呼び寄せたかったようだ。
以前はセイバーン公爵領の近衛兵にならないかとスカウトしていたが、詳しい理由はわからないがクレアさんは断っていた。
今回はピグシード辺境伯領の中での配置転換なので、クレアさんも引き受けるのではないだろうか。
この体制が整えば、『イシード市』の復興準備というか、移住者受け入れ準備も一気に整いそうだ。
早速『フェアリー商会』でも、『イシード支店』の準備に取り掛からないとね!
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