433.高貴な瞳と、生命力強化。
各市町から集まった守護や貴族たちは、エレナさんからの指示を受け、すぐに戻ることになった。
今回は、俺が飛竜船を手配して皆を送ることにした。
飛竜船を二隻出して送り届けることにしたのだ。
それぞれ『アメイジングシルキー』のサーヤと、『アラクネロード』のケニーの人型分体に任せた。
正気を取り戻した後なので、無理矢理『状態異常付与』スキルで『眠り』を付与して転移せず、普通に飛竜船を使うことにしたのだ。
まぁ飛竜船を使うこと自体、全然普通じゃないけどね……。
もちろん転移よりは時間がかかるが、それでも飛竜船なら短時間で移動できるし、上空から市町の周辺の様子も確認できるので、いいのではないだろうか。
改めて分かった事は、各市町にいた者は皆『暗示』状態の者ばかりで、『洗脳』という手の込んだことをされている者はいなかった。
おそらく、洗脳は手間がかかるので、よほどの人間でかつ『鑑定』される恐れがある者だけに使っていたのだろう。
ゲンバイン公爵家長女で王立研究所の上級研究員のドロシーちゃんからの報告では、『洗脳』されている可能性がある者を確認したが、実際に『洗脳』されていたのは、領主のバラン・ヘルシング伯爵だけだったようだ。
もっとも伯爵は、ただの『洗脳』ではなく『洗脳』された上に人格が書き換えられている可能性があるようだ。
全く違う人格というよりも、似た人格で上書きされているような感じらしい。
『洗脳』自体は、ドロシーちゃんが開発に成功した洗脳解除薬で解除できたようだが、上書きされた人格の方はどうしようもないらしい。
ちなみに洗脳解除薬は、前に仕込んだ『桃仁酒』が完成して、洗脳状態だった元構成員に試したところ、うまく効果が出て『洗脳』が解けたとのことだ。
『スピピーチ』を食べただけでは『洗脳』は解除されないが、その種子で作った『桃仁酒』には『洗脳』解除の効果があったようだ。
『道具の博士』の助手だった三人は、犯罪奴隷となってドロシーちゃんを手伝っていたが、今では洗脳が解けて、罪滅ぼしのためにと喜んで働いているそうだ。
バラン・ヘルシング伯爵は、『洗脳』されてからじっくり人格を書き換えられたようだ。
『桃仁酒』を飲ませて、『洗脳』状態は解除されたようだが、そもそもの人格が歪められているので、元の伯爵の状態には戻っていないらしい。
ドロシーちゃんによれば、現時点では、上書きされた人格を消して元に戻す方法は思い浮ばないとのことだ。
現在の伯爵は、エレナさんや夫人のボギーさんや子供たちのことはわかっているが、領内で起きていたことについては興味がなく、自責の念なども全く示さない状態のようだ。
本来の伯爵なら、とても考えられない反応らしい。
「ちょっと私のスキルで直せないか、やるだけやってみたいんだけど……いいかしら?」
ニアは考えがあるらしく、エレナさんやボギーさんに許可を求めた。
ニアにどういうことなのか考えを聞くと、『ロイヤルピクシー』の『種族固有スキル』である『高貴な瞳』で治せないか試してみたいということのようだ。
『高貴な瞳』は、各種の状態異常を解除できる回復スキルだが、どの範囲の状態異常が治せるかはニアにもわからないらしい。
『洗脳』も『人格の書き換え』も、広い意味では状態異常の一種と言えなくもないので、ダメ元で試してみたいというのだ。
まだスキルレベルも低いし可能性は低いが、やるだけやってみたいとのことだ。
可能性が少しでもあるならということで、エレナさんもボギーさんも賛成してくれた。
ニアはヘルシング伯爵の顔の前で止まって、目を見開いた。
そしてほんの一瞬だが、ニアの瞳がキラっと輝いた。
すると、今度はヘルシング伯爵の体全体が光のオーラのようなものに包まれた。
そして数秒で、その光のオーラが消えた。
……特に何の変化もないように見えるが……
「う、うう……」
いや、何かの影響はあったようだ。
ヘルシング伯爵が、少し苦しそうな感じになっている。
ヘルシング伯爵はエレナさんと同じく黒に近い紫髪で、かなりのイケメンだが、その顔が苦痛に歪んでいる。
ちなみに年齢は三十五歳でエレナさんより七つ上だが、三十代には見えない若さだ。
(これはおそらく……ニアのスキルで表層にある擬似人格に、ヒビのようなものが入ったのだと思います)
突然、『自問自答』スキルの『ナビゲーター』コマンドのナビーが頭の中で言った。
ナビーは顕現状態を解いて、俺の中に戻っている状態なのだ。
レベルが上がってからのナビーは、俺が質問をしなくても自由に意見を言えるようになっている。
(じゃぁ……もっとニアに頑張ってもらえば、表層にある疑似人格を破壊して本来の人格を復活させられるかもしれないってこと?)
(その可能性があります。試してみるべきだと思います)
そんなナビーのアドバイスを受けて、ニアにさらに何度もスキルをかけてもらった。
だが、残念ながら状況は進展しなかった。
やはり表層の擬似人格を破壊することは出来ないようだ。
(もう一つ、可能性がある手段を思いつきました)
(ナビー、それはなんだい?)
(おそらく今の伯爵の状態は、表層を被っている擬似人格にヒビは入っているものの、それを打破できない状態と考えられます。そこでヘルシング伯爵の生命力を高め、伯爵自身の力でその表層の疑似人格を破壊してもらうのです。そのためにマスターの『波動』スキルの『波動調整』コマンドのサブコマンド『生命力強化』を使ってください)
なるほど……今まで使ったことはないが……『生命力強化』は、対象の波動を活性化させて、各ステータスをアップさせたり生命力そのものを高める効果があったはずだ。
確かにこれを使えば、封じられている本来の人格というか意志の力を高めることができるかもしれない。
(それと、もう一つ必要なことがあります。本来の人格を呼び覚まし、力を与えるために家族に呼びかけてもらうのです)
それも確かに力になるかもしれない。
大事な人から呼びかけられれば、本来の人格を呼び覚ますことができるかもしれない。
俺は妹のエレナさんと、夫人のボニーさん、十歳の娘のキャサリンちゃん、六歳の息子のジェレミーくんに集まってもらった。
そしてこれからやることを説明し、なんとか本来の人格が取り戻せるように呼びかけてくれるように頼んだ。
俺はヘルシング伯爵にベッドに寝てもらい、胸のあたりに右手を当てた。
そして、伯爵のすべてのエネルギーが活性化することをイメージしながら、『生命力強化』コマンドを使った。
目に見えない気のエネルギーのようなものが、俺の手の先から伯爵の体全体を包んでいく感覚がある。
伯爵は一瞬安らいだような表情になったが、また苦痛に顔を歪ませた。
「兄上! しっかり! 戻ってきてください、兄上!」
「あなた! お願い! 本当のあなたに戻って!」
「お父様! お父様! 頑張って!」
「おとうさまーー、うう、うわぁーん……」
エレナさん、ボニーさん、キャサリンちゃん、ジェレミーくんが必死に呼びかける。
伯爵は、身をよじってもがいている。
かなり苦しそうだ。
エレナさんたちも呼びかけを続けているが、伯爵はもがき苦しんだままだ。
やはり無理なのか……。
「うう、うううう……ぐ、ぐぐぐぐ……あああああっ、だああああ!」
苦しんでいた伯爵が気合の叫び声をあげて、突然体を起こした!
「はあ、はあ、はあ……。……エ、エレナ、ボニー、キャサリン、ジェレミー……」
伯爵が声を絞り出すようにして言った。
かなり消耗しているが、目には精気が宿っている感じだ。
「兄上!」
「あなた!」
「お父様!」
「とうさまー」
エレナさんたちが一斉に伯爵に抱きついた。
どうやら、上手くいったようだ。
「私は……いったいどうしたのだ……?」
伯爵は、事態が飲み込めないでいる。
そこで、まずは『身体力回復薬』と『気力回復薬』を飲んでもらって、エレナさんが今まで起きたことの説明をした。
伯爵は『洗脳』状態に置かれていた時までの記憶は、ある程度持っているようだが、人格を書き換えられてしまった後からの記憶は、ほとんどないらしい。
すべてを知らされた伯爵は、むせび泣き、そして血が出るほど唇を噛みしめ、拳を握っていた。
領主として、そして『ヴァンパイアハンター』として宿敵である『ヴァンパイア』にされたことを考えれば、その心中は察して余りある。
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