431.状況の、把握。
「エレナさん、大丈夫ですか?」
俺は領城に入り、慌ただしく兵士たちに指示を出しているエレナさんに声をかけた。
「グリムさん! 今までどちらに?」
「すみません。領都内の敵を倒した後、南東の森にアジトがあるという情報をつかんで、確認に行ってました」
俺がそう言うと、エレナさんは驚きの声を上げた。
「ア、アジト!? アジトがあったのですか!?」
「はい。大規模なアジトがありましたが、仲間たちと制圧したのでもう大丈夫です」
「……せ、制圧……したのですか?」
エレナさんは信じられないといった表情で、声を絞り出すように尋ねてきた。
「はい。構成員たちは皆吸血鬼でしたが、『ドワーフ銀』を打ち込んで確保しています。それからエレナさんが倒した『血の博士』と同等の幹部がいましたので、その者も確保しました」
俺の答えに、エレナさんは、唖然とした表情でしばし固まっていた。
『ヴァンパイアハンター』でもない俺たちが、組織の構成員や幹部を無力化したことが衝撃だったのだろうか……。
「領都の被害は、大丈夫ですか?」
そばで俺たちのやりとりを見ていた第一王女で審問官のクリスティアさんが、エレナさんに声をかけた。
「あ、あなたは……もしや……」
エレナさんは、クリスティアさんの顔をまじまじと見ながら言葉を詰まらせた。
「こちらのお方は、わが国の第一王女のクリスティア様です」
見かねた護衛官のエマさんがそう言った。
それを聞いたエレナさんは、一瞬驚きの表情を浮かべたがすぐに片膝をついた。
「王女様に気づかず、大変失礼いたしました。私はヘルシング伯爵家の領主バラン・ヘルシングの妹のエレナと申します」
「改めまして、クリスティア・コウリュウドです。エレナ様とは、以前に一度王宮でご挨拶させていただいた記憶があります。突然の訪問、ご容赦ください」
「いえ、とんでもございません。このような状態で、お恥ずかしい限りです。それに私のことは、エレナとお呼びください。王女様に敬称で呼ばれるわけにはまいりません」
「いいえ。そういうわけには参りませんわ。領主の一族の方ですし、私より年上の方ですもの。以前は挨拶程度でしたが、今後は仲良くしていただけると嬉しいです」
「いいえ、そういうわけには参りません。どうぞ呼び捨てにしてください。臣下なのですから当然です」
なんか……呼び方で、ちょっと押し問答っぽくなってきた。
話が先に進まないんですけど……。
「もう、面倒くさいわね! 人族って、そういうの気にしすぎなのよね。どうでもいいと思うんだけど! せっかくなんだから、友達になって、『さん』付けにすればいいじゃない。エレナさんも、『様』じゃなくて『さん』ならまだマシでしょう。クリスティアちゃんも、呼び捨てが嫌なら『さん』でいいでしょう?」
見かねたニアが、仲裁に入ったようだ。
「わかりました。ニア様の仰せの通りにします」
「それでは私も仰せに従います」
クリスティアさんとエレナさんがそう答えた。
すごい……二人がニアの言いなりだ……。
ニアさん、なんかめっちゃ偉い感じなんですけど……。
「じゃあ改めましてエレナさん、よろしくお願いします。今後のことを含め、私にできる協力はさせていただきます」
「はい。ぜひお願いいたします。あの……一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「ええ、なんですの?」
「クリスティア様は、どうして我が領にいらしたのですか?」
「実は、私は審問官としてピグシード辺境伯領に滞在しているのです。犯罪組織『正義の爪痕』の構成に対する尋問を担当しています。今回もグリムさんから『正義の爪痕』のアジトを発見し、幹部を拘束したと連絡を受け、尋問のためにやってきたのです。そして今は、グリムさんとともに領都の状況確認に来たというわけです」
「そうでしたか……。お聞きになっているかもしれませんが、わが領は『正義の爪痕』の巣窟と化しておりました。面目次第もございません。いかなる処罰も覚悟しております」
エレナさんが両膝をついて頭を下げた。
「エレナさん、今はそんなことを言っている場合ではありません。まず領民の安全確保と、不安を抱えている領民たちを落ち着かせなければなりません」
「はい。おっしゃる通りです。まずは領内の状況把握と、被災した領民の保護と支援を開始いたします」
エレナさんは、そう言って再び兵士たちに指示を出し始めた。
俺の方でも、知っている情報を提供した方がいいので、領内の各市町にも『吸血蝙蝠』と『吸血蚊』たちが出現し、それを『妖精女神の使徒』たちが撃退したということを伝えた。
大きな被害を出さず、死者も出ていないということも付け加えた。
「ほ、本当なのですか……? 各市町にも……。それを……死者を出さずに守ってくれたというのですか……」
エレナさんは、驚きのあまり立ち尽くしている。
そして目からは、涙が溢れてきている。
クリスティアさんとエマさんは、なぜか俺たちの方を見てニヤリと笑いながら頷いている。
「何とか上手くいったわね。この領をピグシード辺境伯領の二の舞にするわけにはいかないもの。各市町が同時に攻撃される可能性を予測できてよかったわよ。手遅れにならずに済んだもの」
ニアが明るく努めながら、エレナさんに声をかけた。
「あゝ……ニア様……この領を救っていただき、本当にありがとうございます。このご恩をどうお返しすればいいか……」
エレナさんの目からは、大粒の涙がポロポロと流れている。
そしてそのまま跪き、手を組んで祈るようなポーズをニアに向けている。
「いいのよ。私とグリムは、人々の命を守りたかっただけ。仲間たちのおかげで、何とかそれができてよかったわ。それに各市町でも、衛兵たちががんばってくれたみたいよ。ただ、守護などの本来先頭に立つべき立場の人や貴族たちはほとんど機能していなかったみたいだから、皆『暗示』や『洗脳』をかけられている可能性が高いわ。すぐ各市町の状況を確認をしたほうがいいし、可能ならその人たちを全員集めたほうがいいと思うのよね」
ニアがナイスな指示を出してくれた。
俺もそうしてほしいと思っていたんだよね。
「かしこまりました。すぐに手配いたします」
エレナさんはそう答えると、ちょうど領都全域の状況確認を終えて戻ってきた親友のキャロラインさんと打ち合わせをし、伝令の手配をしてくれた。
「あの……もしよろしければ、私の飛竜たちをお貸しいたしますが……。緊急時ですから、情報伝達は早いほうがいいと思います」
俺はそう申し出た。飛竜なら短時間で各市町に指示を伝え、そして情報を持って帰ってくることができるからね。
「あ、ありがとうございます。ただ我が領には、飛竜に騎乗できる者はほとんどおりません……」
エレナさんが、申し訳なさそうに言った。
「それでは、私の仲間たちが飛竜を駆って伝令を伝えます」
「え……いいのですか?」
「はい。遠慮なく使ってください。今は時間が大事ですから。各市町で敵を撃退したとはいえ、組織が機能していなければ、混乱が続いてしまいます」
「わかりました。ではお願いいたします」
エレナさんはそう言って、伝令書を手配してくれた。
ということで、俺は伝令の伝達を手伝うことにした。
飛竜を使うといっても、俺たちがやる場合は建前で、実際はサーヤの転移で行けばすぐなのだ。
各市町の防衛を担当したメンバーには、『共有スキル』の『アイテムボックス』の中にサーヤが事前に登録した転移用のログハウスを入れて持っていってもらったのだ。
戦いが終わった後に、それを設置してくれているので、もういつでも各市町にサーヤの転移で行くことができる。
そして、実は各市町にはミルキー、アッキー、ユッキー、ワッキー、ケニー、サーヤといった人型メンバーには残ってもらっていたのだ。
状況把握と新たな問題が起こることに備えて、待機してもらっていたのである。
念話で報告を受けた限りでは、やはり貴族や守護などの役職の者たちは機能していないようだ。
ほとんどの者が、『暗示』状態になっているようだ。
『共有スキル』にセットしてある『土魔法——土の癒し』を使えば、『暗示』は解除できるのだが、戦闘が終わった今解除しても、あまり意味がない。
現状のまま、全員を集めてまとめて解除した方がいいと考えている。
『暗示』状態になっていた説明もしてやらないといけないし、今後の指示も出さないといけないから、まとめてやるのが効率的だと判断したのだ。
そこで各市町の『暗示』状態にある主要な立場の者を、領都に集めるようにエレナさんにもお願いしたのだ。
伝令書には、その内容も入っている。
伝令書を届ける役をミルキーたちに頼んで、連れてきてもらうことにした。
建前は『飛竜船』で運ぶということにするが、実際は『状態異常付与』スキルで『眠り』を付与して、サーヤの転移で連れてこようと思っている。
そんな手配をしつつ、今度は、この領を救った英雄の一人でもあるゲンバイン公爵家長女で王立研究所の上級研究員のドロシーちゃんをエレナさんたちに紹介した。
彼女は『洗脳』されている状態を判断できるので、領主のバラン・ヘルシング伯爵が洗脳状態なのか、それとも人格を書き換えられているのか、判断してもらおうと思っているのだ。
「エレナ様。ドロシーです。よろしくお願いします」
「ドロシーさん、エレナです。兄上をお願いします」
二人は挨拶を交わし、洗脳されている可能性のある者を集める段取りについて打ち合わせを始めた。
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