43.悪意の、影。
今回は3人称視点です。
とある一室。
向かい合う白衣の男と黒いマントの異形の者。
「なぜ霊域攻略は失敗したのだ?」
白衣の男が腕組みしながら問いただす。
「わからん。なぜあの霊域に守護の力が戻っているのか。マスターは死んだはずだ。なぜまた……」
黒マントがやけ気味に答える。
「わからんぞ。そもそも霊域のマスターというくらいだ、普通の人間ならいざ知らず……実は生き延びて、霊域に戻ったのかもしれぬぞ」
「そうだとしても、我らの同胞を五体も倒せるものか……」
「わからんが、何が偶発的な事が重なったのかもしれぬ。今は考えても詮なきことよ……これではしばらく手は出せんな…… 例の物を奪う計画は後回しだな」
「やむを得ないな」
「あれの量産には取り掛かれなくなるな」
言葉に嫌味を乗せる白衣の男。
「わかっているよ人間。契約した者として必ずお前の望みは叶えてやる。焦るな」
威圧を込めて睨み返す黒マント。
「まぁ良い。今はそれよりも“怨念収集計画”と、新たに確認された人造迷宮の気配だ」
椅子に座り、紅茶をすすりながら、話題を変える白衣の男。
「あれは遺跡だと思っていたが……生きていたとはな」
「まだ可能性の話だ……この壊れかけの迷宮の機能では、ほんの一瞬の気配しか感じ取れなかった」
「もし、あの迷宮の機能が生きているとすれば、この死にかけの迷宮など比べ物にならない機能があるはずだ。霊域を後回しにする価値は十分にあるな」
「文献が確かなら、あの迷宮は“試作第一号”あらゆる機能の試作品が取り付けてある。その後に作られた機能特化テスト用の迷宮とは訳が違うのだ」
白衣の男が、目を血走らせながら語気を強める。
「急ぎ確認に行かねばならないな。ただあの森は、アンデッド共の森、上級アンデッドも多い。こちらも、それなりの戦力を引き連れて行くほかあるまい」
面倒そうに言う黒マントに、白衣の男が釘をさす。
「今度は大丈夫だろうな? これ以上失敗するなよ。私の貴重な片目と魂を半分食らわしてやったのだからな」
「わかってるよ人間。確かに、あそこのアンデッド共はタチが悪いが、戦力を迷宮に集中し、押さえてしまえば、大森林のアンデッドや魔物共など、どうとでもなるわ。ピンポイントで迷宮を攻めればいいだけ。少数精鋭で落とせる」
ギロリと目を動かしながら、悪意に満ちた笑みを浮かべる黒マント。
「もう一つの怨念集めの方はどうだ?」
白衣の男が更に紅茶を一口すする。
「仕込みはしっかりしてある。手駒にした人間もしっかりやっていることだろう。十分な報酬も与えたばかりだ。何よりもあの者は、下衆な野心家、自分のために必ずやるだろう。あやつの魂は、もうつかんでいる。いざという時の保険も、仕込み済みだ」
「そうか、ならいいが……。君たちでは、魂の刈り取りはできないんだから、せめて怨念を大量に集めて、早めるしかあるまい」
「わかっているよ人間」
◇
『マナテックス大森林』のほぼ中央、『テスター迷宮』前の広場には、『アラクネ』のケニーと『マナ・クイーン・アーミー・アント』のアリリがいた。
二人は、今後の大森林の防衛体制について、話し合っていた。
迷宮はともかく、大森林は広すぎて、現状では、防衛網が手薄にならざるを得ない。
そこで、迷宮内の戦力も活かしつつ、流動的な防衛体制を組もうとしていたのだ。
ただ、迷宮内の戦力が手薄になり、いざという時に機能しないのは、本末転倒になる。
実際は、かなりの難題であった。
「ケニー殿、迷宮周辺の哨戒任務は、迷宮の仲間に担当させましょう。
また、前回のように、もし大森林に大規模侵攻があった場合には、妾の『マナ・アーミー・アント』部隊をお使いください。
迷宮内は、その他の者で対応可能なように対策をいたします。
これより、罠の設置や、戦闘陣地の構築をいたします。“我が君”のためにも必ず迷宮はお守りいたします」
「アリリ殿、感謝します。私も同じようなことを考えておりました。“あるじ殿”からも、 二人で話し合って決めるようにと言われております。その方針でいきましょう。“あるじ殿”のためにも、互いに力を尽くしましょうぞ」
硬く握手を交わす二人だった。
その後二人は、『我が君』『あるじ殿』という言葉を連発しながら、まるで好きなアイドルの話で盛り上がるコアなファン同士のように、打ち解けていったのであった。
当然、『我が君』のことを思いながら、ハイテンションで盛り上がったアリリが、産気づいたのはいうまでもない。
何度も卵を産みに巣に戻っては、帰ってくるという光景が繰り返されたのだった。
最終的には、会談場所が迷宮地下三階のアリリの巣の中になり、ただの女子会となってしまっていた……。
冷静沈着で聡明なケニーと、どこか天然なアリリは、異なるタイプであるが、共通する“猛烈な主人愛”で強く絆を深めたのであった。
ケニーは思った……
自分は一人ではない。
同じ主人を慕う頼もしい仲間がいる。
それが何より嬉しかったのだ。
ケニーの新たな感情の一つであった。
そして、他の感情も……
少しだけ、アリリのことが羨ましかった。
“あるじ殿”のことを思い、卵を産んで戦力が増やせることが……。
自分も“あるじ殿”のことを想い、子供を産めるであろうか……
少し妄想してしまったケニーは、顔を真っ赤にしながら、触脚をツンツンさせてしまうのだった。
「はあ……あるじ殿……」
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