359.暗示状態の、解除。
俺は『隠れ蓑のローブ』による透明化と気配を消した状態で、このアジトの中をくまなく移動し、全ての構成員たちを密かに拘束した。
『状態異常付与』スキルで『眠り』を付与したいので、しばらく目が覚めることはないだろう。
四人めの博士である『血の博士』はいなかった。
どうもこの場所は、構成員たちを鍛え上げる訓練施設のような感じだ。
生産設備や研究設備のようなものはなかった。
そのかわり訓練に使うような道具などが置いてあったのだ。
拘束した構成員は、百八十八名に上った。
すべて『種族』が『下級吸血鬼 ヴァンパイア』になっていた。
もはや人間ではないのだ。
そして『状態』が『暗示状態』となっている者が、百五十三名いた。
この構成員たちは、おそらく無理矢理拉致されてきて、『暗示』をかけられそのまま『ヴァンパイア』にされたのだろう。
さて、これからどうするか……
まずは『暗示』状態を解除してみるか。
俺は『隠れ蓑のローブ』の機能をオフにして、姿が見える状態にした。
ただ今回は他領ということもあり、顔を晒さない方がいいと考えたので、『闇の掃除人』仕様でいくことにする。
フクロウ型の仮面を装着した。
まずは檻の中に入ってもらっている捕虜の人たち百三人に対し、『暗示』状態の解除作業を行う。
土魔法の『土の癒し』をかけてみる——
——キラキラした光が降り注ぐ。
『波動鑑定』で確認すると……
『状態』表示から『暗示状態』が消えて、なにも表示されない正常な状態になっている。
うまく解除できたようだ……。
「わ、私は……、うわー」
俺が『土の癒し』をかけた人が、我に帰って驚きつつ尻餅をついた。
「大丈夫。私は、あなた達を助けに来た者です。あなた達は、『暗示』をかけられていたのです」
俺は落ち着くように、なだめた。
ただ冷静に考えてみると……突然我に帰った時に、怪しい仮面の男がいたら落ち着けないよね……。
俺は、囚われていた百三人の人たち全てに『土の癒し』をかけ、『暗示』状態を解除した。
「あ、ありがとうございます。このご恩は、決して忘れません」
男たちの中で一番年上とみられる五十代の人が、改めて礼を言ってくれた。
少しだけ話を聞くと……
ここに囚われている人たちは、ヘルシング伯爵領内にある村に住んでいた人たちらしく、二つの村の男たちがほとんど捕まっているとのことだった。
年寄りは村の襲撃の際に殺され、女性たちは別の場所に連れて行かれ、十歳以下の子供たちの行方はわからないらしい。
次に俺は拘束した構成員のうち、『暗示』状態になっている百五十三人についても『土の癒し』をかけた。
構成員たちは皆『種族』が『下級吸血鬼 ヴァンパイア』となっているが、見た目は普通の人間と変わらない。
『鑑定』系のスキルを持っていなければ、区別がつかないだろう。
『ヴァンパイア』に対しても、『土の癒し』は問題なく効果を発揮し、『暗示』状態を解除できた。
「お、俺たちは一体……」
「な、なんだ……」
「どうして……」
『暗示』状態が解除され、我に返って動揺している構成員たちに、大体の事情を説明してやった。
そして話を聞くと、やはり皆拉致されてきた人たちのようだ。
『アルテミナ公国』と、『ピグシード辺境伯領』の人たちだった。
『ピグシード辺境伯領』の人たちは、悪魔の襲撃事件のときに拉致された人たちのようだ。
奴隷として売られてしまった人もいるかもしれないが、かなりの人数が構成員として組み込まれていたようだ。
長期にわたる『暗示』状態から解放され、皆一様にぐったりとしている。
俺はみんなに『気力回復薬』を飲ませて、気力回復効果がある『スピピーチ』も食べさせた。
さてこれからどうするか……『下級吸血鬼 ヴァンパイア』は、太陽光に当り続けると浄化され燃え尽きてしまうらしい。
普通に暮らすというわけにはいかないだろう……。
(ナビー、なにかいい方法はないかな?)
困ったときのナビー頼み、俺はいつものように『自問自答』スキルの『ナビゲーター』コマンドをナビーに訊いてみる。
(太陽光に当たるわけにはいきませんので、やはり洞窟や地下空間で暮らす以外ないと考えます。候補としては、『ナンネの街』の地下空間か、そこと繋がっているセイバーン公爵領内の領境の山脈西端の地下にある我々の秘密基地か、『大精霊の神殿』の『仮殿』である洞窟部分か、ですね。『ミノタウロスの小迷宮』や『大精霊の神殿』の『本殿』『前殿』は、太陽光が転送されて降り注ぎますので適しません)
やはりそうだよね。
地下空間に住んでもらうしかないなぁ……当面は……。
うーん……難しいなぁ……。
『ナンネの街』の地下空間は、日が暮れてから街に出れるし、便利だとは思うけど……。
長期的に住むとなったときに、地上の住民と問題が起きても困るしなぁ……。
彼ら『下級吸血鬼』の吸血衝動がどれくらいかわからないが……欲望に負けて人を襲うようなことがあるとまずい。
詳しいことがわからない現時点では、候補から外しておいた方がよさそうだ。
セイバーン公爵領内にある元『正義の爪痕』の秘密のアジトで、ピグシード辺境伯領との領境の山脈の西端の裾野の地下空間は、ユーフェミア公爵とアンナ辺境伯の公認の“妖精女神の使徒の秘密基地”にする予定になっている。
秘密基地は別に作らなくても大丈夫だから、彼らに提供してもいいのだが……できればピグシード辺境伯領内の方が目が届きやすいんだけどなぁ……。
『大精霊の神殿』の『仮殿』でもいいが、あの神殿自体なるべく秘密にしといた方がいいんだよね……。
決め手に欠けるなぁ……
(マスター、新しく居住施設を作るという手もあります。大森林の『マナ・ホワイト・アント』たちに頼めば、すぐに地下施設を作ることができます)
悩む俺に、ナビーが新たな提案をしてくれた。
そうだなぁ……一時的になるか長期的になるか分からないし……一番問題がなさそうな場所に新たに作るか……。
一番問題なさそうな場所で、俺の目が届く場所といえば……
やっぱり『不可侵領域』かなぁ……。
ピグシード辺境伯領の『マグネの街』と、『アルテミナ公国』を結ぶ街道に近い場所に地下施設を作るか……。
悪魔の襲撃事件の黒幕だった白衣の男が潜んでいる迷宮遺跡も比較的近い場所にあるが、今のところ新たに仕掛けてくる気配もないし、大丈夫だろう。
大森林にも近いし、スライムたちも巡回しているしね。
俺は、ピグシード辺境伯領の『マグネの街』と『アルテミナ公国』を結ぶ街道のちょうど中間くらいの場所の、街道の西側の地下に居住空間を作ることにした。
早速、大森林の守護統括の『アラクネロード』のケニーに念話をして、手配を頼んだ。
ケニーは、すぐに全員が集まれる広いスペースを作り、その後に個別に家のような空間を整備すると言ってくれた。
とりあえず最初は、みんなで雑魚寝でもいいだろう。
『マナ・ホワイト・アント』たちの実力からすれば、数日のうちには個別の居住スペースを含めた快適な空間を作り上げてくれるはずだ。
もちろん俺や『アメージングシルキー』のサーヤや『ワンダートレント』のレントンも手伝うつもりでいる。
一旦はそこで暮らしてもらおう。
本の虫で物知りなニアに念話で訊いたが、吸血鬼から普通の人間に戻る方法の記述は、見たことがないようだ。
『種族名』も完全に吸血鬼になっていたから、もう元の人間には戻れないのだろうか……。
できれば元の人間に戻してあげたいが……
いずれにしろ、すぐには無理だと思うので、それまではできるだけ快適に過ごしてもらえるような空間を作ってあげようと思う。
後は食事だが……
少し落ち着いた構成員たちに尋ねてみると……
『暗示』状態のときの行動も、うっすらと覚えているようだ。
吸血鬼といえども、食事は普通の人間と同じように取るそうだ。
ただ血を吸いたい衝動があり、三日に一度は吸血しないと禁断症状が出て、攻撃的なまずい状態になるようだ。
ニアに再度念話で、吸血鬼の吸血について知っていることがないか尋ねたところ、なにかの本に書いてあったらしいが、吸血鬼は人族や亜人の血を好むらしいという情報を教えてくれた。
妖精族の血は、あまり吸血鬼の体質に合わないらしく、妖精族を襲うことはほとんどないようだ。
他の動物の血を吸うこともできるらしいが、まずいらしく、体に合ってかつ美味しい人族や亜人の血を好むということのようだ。
普通の食料はいいとして、今後この血をどうするかは考えなければならない。
動物の血で我慢してくれるのが一番いいのだが……
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