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260.奴隷商人の、気概。

 翌朝サーヤの転移で領都に戻った俺は、朝一番で文官三人衆とともにもう一人の奴隷商人の商館を訪れた。


 領に協力しているということなので、悪徳商人ではないようではあるが、一応幼い子供がいないか確認したいのだ。

 もし子供がいるようなら昨日同様に、すぐにでも保護してあげたい。


 昨日訪ねた悪徳奴隷商人の商館とは違って、あまり大きな建物ではない。

 一応三階建てで、一階が事務所、二階が奴隷たちのスペース、三階が住居になっているようだ。

 文官三人衆のリーダーのマキバンさんが教えてくれた。

 何度か訪れたことがあるらしい。


 中に入ると……出てきたのは、なんと女性だった。

 五十代くらいのマダム風の女性だった。


「あんたは確か……マキバンさん、お役人さんがなんの御用ですか? また奴隷紋ですか?」


 マダムはそう声をかけながら、俺たちを応接室のソファーに促した。


「いえ、今日は子供の奴隷がいないか見にきたのです。最近、親をなくし親戚に引き取られた子供が売られることがあるようですから……」


 マキバンさんが少し緊張した口調で、説明してくれた。


「ふん、それで……子供がいたらどうするんだい? 咎められるのかい? 私に言わせりゃねえ、そんな酷い親戚の下で暮らすよりも、奴隷になった方がマシな人生もあるんだよ! いい旦那のところに引き取られれば、ちゃんと生きられる! その子のためになるってことがあるんだよ!」


 マダムが吐き捨てるように言った。

 なんとなく……顔から「綺麗事を言うんじゃねえよ!」というような圧を発している。

 目力が凄い……俺も完全に睨まれてる感じだ……。


「バーバラさん、別に咎めにきたわけじゃないんです。どうか冷静に。こちらのシンオベロン閣下が子供たちを救いたいと……」


 マキバンさんが、マダムの圧を抑えるように手を前に出し、慌てて説明した。

 大量の汗を流している……。

 その気持ち……よくわかる……このマダムかなりの迫力があるからね……俺でもビビるわ……。


「この領を救った英雄様は、奴隷に売られた子供を救ってくれるってわけですかい!? 買ってくれるのかい? 奴隷になった子供を全て買うおつもりですか? この国に一体どれだけ……奴隷に売られた子供がいると思ってるんだい!?」


 マダムは、そう言いながら俺を睨みつけた。


 そんなに敵意を向けられても……


「なんとなく、おっしゃりたいことはわかります。私だって全てを救えるなんて、自惚れてはいません。ただ少なくとも、目の前にいる……救える可能性のある子供を救いたい。それだけです。確かにあなたのおっしゃる通り、酷い親や親戚の下で虐げられて暮らすよりも、奴隷となった方がマシな人生があるかもしれません。でも……より酷い主人のところで、虐待される可能性もあるのではありませんか?」


 俺は、静かに睨み返した。


「ふん、舐めてもらっちゃ困るよ! 私はね、プライドを持って奴隷商人をやってるんだ! 奴隷を買い上げる相手も選ぶし、売る客も選ぶんだよ! 金になればいいって売り方はしないんだよ! 特に子供の場合はね!」


 マダムはそう言って、前のめりになった。

 さらに凄い圧だ。


 なるほど……この人なりに仕事にプライドを持っているということか……。

 杓子定規に、奴隷を販売しているから悪という偽善を振りかざす者は許さないということのようだ。


 確かにこのマダムの言うように相手を選べば、虐待されていた子供たちにとっては少しマシな人生になるのかもしれない。


 この人からはなんとなく……虐待に対する憤りというか……社会全体に対する憤りのようなものを感じる。

 もしかしたら……そういう環境の中にいる子供たちをこの人なりに助けているのかもしれない……。

 ……なぜか……ふとそう思ってしまった……。


「あなたは、この仕事を通じて子供たちや過酷な状況の人を助けているのではありませんか?」


 思わずそんな言葉を発してしまった。


「ふん、そんな大層なもんじゃないよ! できることをやってるだけさ。人を救う力なんて持ってない! それができる貴族どもは、無関心で救いやしない!」


 マダムはそう言って、俺をじっと見た。


 なにか試されているような気もするが……。


「先程も言いましたが、全てを救えるとは思っていません。ただ、できることをやりたいのは、あなたと同じです。それだけです。バーバラさん、私に協力してもらえませんか? あなたの目の前に現れた虐げられた子供たちや過酷な状況の大人たち、奴隷にならざるを得ないような人たちを集めてくれませんか。その人たちは、私が買います! 奴隷紋無しで! つまり奴隷にしない状態で、私が買いあげます。私の専属の奴隷商人になりませんか?」


 俺は思わずそんな提案をしてしまった。

 自分でもなぜそんな提案をしてしまったのか……少し不思議だが……言葉が出てしまったのだ。


「え、あんた……なにを……。……………ハハハ……ハハハハハハ……こりゃたまげた! なんたるお人好し! ……度を超してるよ! 事実上、私に奴隷商人をやめろというのかい?」


「そうです。あなたのしていることは、普通の奴隷商人とは違う! もちろん奴隷商人を名乗るのは構わない。でも私の専属として、売りに出される子供を保護してほしいのです」


「…………ハハ……ハハハハハハハハハ……。これは笑うしかないね! こんな若造に……」


「バーバラさん、騎士爵様に向かってその口の利き方は……」


 マキバンさんは、マダムが俺を「あんた」呼ばわりしているときからピクピクしていたが、さすがに我慢できなくなったようだ。


「いいんです。若造であることには変わりませんから。私の青臭い考えを実現するには、あなたのような人が必要です。助けてもらえませんか?」


 なぜか俺はそう言ってしまった……。

 印象としては最悪に近い感じの人なのだが……なぜかそういう言葉が口を出てしまったのだ。


「ふふ、面白い。どこまでできるか見てやろうじゃないか! 若造貴族様に協力しようじゃないか! アンタの専属になってやるよ! そのかわり私が連れてくる者たちは、最後まで面倒みてもらうからね!」


 マダムはそう言うと、俺に手を差し出した。

 これって……握手ってことだよね……。


 俺も手を差し出し、硬く握手を交わした。

 かなり強く握られた気がしたが……気のせいだろうか……。


「もちろん、保護してきてくれた人たちには責任を持ちます。それからもう一つ、お願いがあるのです。他の奴隷商人やネットワークの中で、特別なスキルを持っている人を優先して探して保護するか、買い付けてきてほしいのです。犯罪組織が、そういう人たちを探しているようなのです」


「そんな噂は、確かに聞いたことがあるね。基本奴隷商人はクズ野郎ばかりだが、少しはまともな考えができる奴も知り合いにはいる。こう見えても人脈は豊富さ。調べてやるよ!」


 さっきまでの挑戦的な感じとは違って、なにか男前な感じで引き受けてくれた。


「ありがとうございます。最後にもう一つ、悪魔に襲われた混乱のときに、犯罪組織に拐われた領民がいます。男は奴隷として売られた可能性が高いようなのです。その情報もあたってもらえませんか?」


「わかったよ。だがそうなると……だいぶ手広く昔なじみに連絡を取らなきゃいけないねぇ。私のとこには今二人しかいないからねえ……。今ここには、主人を失って相続人に売却された奴隷が三人いる。そいつらを仕込むとするか……」


 マダムは顎に手を当てながらそう言った。

 どうやら販売用の奴隷を、使用人として仕込むようだ。


「では、その人たちの売却代金は私が払います。それから当面の活動資金を先払いで払います」


「売却代金は要らないよ。私が使うんだ。貰う筋合いはない。そのかわり活動資金は、前払いで貰っておくよ」


「わかりました。ではお願いします」


 俺はそう言って、百万ゴル入った金貨袋を渡した。


「こんなにいらないよ、半分もあれば十分さ」


 マダムにそう言って突き返されたのだが、奴隷を買い付ける資金に当ててほしいと言って再度渡した。

 無理矢理押し付けたような感じになってしまったが……最終的には受け取ってくれたのでいいだろう。

 そして今後、奴隷を保護するために大量に買いつける資金が必要なときには、先払いで払うので連絡してくれるように伝えた。


 こうしてマダムこと、バーバラさんとの商談が成立し、情報収集などに協力してもらえることになった。


 もしかしたら、この奴隷商人のルートから『正義の爪痕』の構成員やアジトに辿り着ける可能性もある。

 最初からそこまで考えていたわけではないのだが……これはいい作戦かもしれない。


 そしてバーバラさんといろいろ話をしていくと、最初の印象と違って、口が悪いだけの気のいいおばちゃんのような気がしてきた……。

 口は悪いが、一本筋の通った面倒見のいい人なのかもしれない……。


 どうも領都でも相当に顔が広く、下町などの裏の顔役的な力も持っているようだ。

 本人が言っていたが、チンピラ程度じゃぁバーバラさんの顔を見ただけで、目を背けて大人しくなるようだ。


 確かにめっちゃ迫力あったし、体から発している圧が凄かったからね。


 奴隷商人の情報網だけでなく、この領都の情報網としても頼もしい感じだ。




読んでいただき、誠にありがとうございます。

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誤字報告していただいた方、ありがとうございました。助かりました。


次話の投稿は、7日の予定です。


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