242.吟遊詩人の、申し出。
打ち合わせを終えた俺は、昨日の領城での襲撃現場である中庭を訪れた。
もうすっかり片付けられていて、昨日の襲撃の跡はほとんど残っていない。
リリイとチャッピーとソフィアちゃんとタリアちゃんが昨日の襲撃など嘘のように、いつも通り屈託のない笑顔で遊んでいる。
ソフィアちゃんとタリアちゃんは、レベルが上がって体に力が漲っているようにも見える。
リリイとチャッピーも、二人がレベルアップしたことを大喜びしていた。
二人とも『剣術』スキルを身に付けたからか、剣のキレがいいように見える。
今も四人で木剣を使って、チャンバラのようなことをしている。
一見まともな剣術の訓練には見えない。
自由に打ち合って凄く楽しそうなので、チャンバラ的な感じなのだが………
打ち込みのキレがあり過ぎて、実戦訓練のようにも見えるから不思議だ。
そんな俺たちのところに文官さんがきて、俺を訪ねて客が来ていると伝えてくれた。
昨日の件もあったので、城に通すのは慎重になっているようだ。
誰かと尋ねると、昨日城に来てもらったもう一人の吟遊詩人のアグネスさんとのことだ。
アグネスさんが構成員とも思えないし、このタイミングで堂々とくるとも思えない。
アンナ辺境伯も同様の考えのようだ。
ということなので、アグネスさんを中庭に通してもらうことにした。
もちろん警戒は怠らないが……。
ほどなくして、アグネスさんがやってきた。
前回の反省を踏まえ、アグネスさんには申し訳ないが『波動鑑定』をさせてもらう。
え………
レベル 32……。
一般人にはあり得ない高レベルじゃないか……
スキルは……
『演奏』『歌唱』『拡声』『舞踏』などのスキルは、職業柄いいとして……
『剣術』『護身柔術』も持っている……。
他にも『算術』『記憶術』『馬術』『操車術』などがある。
吟遊詩人って、みんなこんなにレベルが高いんだろうか……
旅をしながら活動する吟遊詩人なら危険に遭う確率も多いから、普通の人よりはレベルが高いのかもしれないが……。
「突然の面会を受けていただき、ありがとうございます」
アグネスさんは、そう言って頭を下げた。
「いいのです。いつでも連絡してくださいと言ったのは、私の方ですから」
俺はそう言って、中庭にあるガーデンチェアに腰かけるように促した。
「あら……あの子は…… ネコ耳の亜人ですね……」
アグネスさんが中庭で遊んでいたチャッピーを見て、少し驚いたように呟いた。
「ええ、あの子はチャッピーといって私の仲間なのです」
「お仲間なんですか……もしかして女神の使徒の中にいる小さな子供たちというのは、あの子たちですか?」
アグネスさんは、更に驚きの表情になった。
リリイとチャッピーは、結構有名なようだ。
そんなところに、二人がやってきた。
俺がチャッピーと言った声が聞こえたようだ。
「チャッピーのこと呼んだなの?」
「リリイは呼んでないのだ?」
二人はそう言いながら、俺に飛び込んできた。
「リリイ、チャッピー、こちらは吟遊詩人のアグネスさんだよ。ご挨拶して」
俺がそう言って、アグネスさんを紹介すると……
「リリイは、リリイなのだ。お姉ちゃんは、吟遊詩人さんでもいい人なのだ!」
「チャッピーなの〜。悪い吟遊詩人さんじゃないなの〜。お話ししてほしいなの〜」
二人は人懐こい笑顔で挨拶をした。
昨日の吟遊詩人の襲撃の件があったので、警戒するかと思ったが、二人にはいい人と感じられたようだ。
「リ、リリイ…………。 あの……チャッピーちゃんとリリイちゃんは、どちらの出身なのですか?」
突然、アグネスさんがそんなことを訊いてきた。
「チャッピーは、『アルテミナ公国』で住んでいた村が悪魔に襲われ、逃げていたところを奴隷商人に捕まって奴隷になっていたんです。その後、縁あって私が助けました。やむなく私の奴隷というかたちになってますが、どうにかして奴隷紋を消したいと思っています。リリイは、不可侵領域と言われる場所の小さな森にお婆さんと暮らしていたんですが、お婆さんが亡くなって一人でいたので引き取ったのです」
俺は簡単に説明した。
「リリイちゃん、お母さんの名前はわかる?」
あれ……アグネスさん、今度はリリイが気になったようだ……。
「お母さん……わからないのだ。お婆ちゃんはケリイなのだ」
リリイは首をかしげながら、少し不思議そうに答えた。
「そう……ケリイ……」
アグネスさんはそう呟きながら、少し考え込んでいるような表情をした。
「どうかしたんですか?」
俺がそう尋ねると、アグネスさんは我に帰ったような感じで頭を下げた。
「いえ……すみません。知人の面影を少し感じてしまって……血縁者かもしれないと思ったのですが…… 勘違いだったようです。あと一緒に旅をしている友人が、チャッピーちゃんと同じ猫の亜人なのです。彼女の出身も『アルテミア公国』なんです。ただあの国は亜人が結構いますから、特に関係はないと思いますが……」
「そうだったんですか。チャッピーも同族の方と会えたら喜ぶと思います」
「チャッピー会いたいなの!」
「リリイも会いたいのだ! お友達になりたいのだ!」
俺が答えると二人も追従した。
「はい。彼女もきっと喜ぶと思います」
アグネスさんは嬉しそうに微笑みながら、二人の頭を撫でていた。
「今までもいろいろな国を旅されたのですか?」
「そうですね。それほど多くはありませんが、旅は常にしています」
俺の質問にそう答えてくれたアグネスさんは、リリイとチャッピーがすっかり気に入ったようで二人の頭をいまだに撫でている。
この危険な世界で、旅を続けるためには強くなければいけないから、戦闘用のスキルも身に付けているということなのだろうか……
悪い人には見えないから大丈夫だと思うが…… 。
「ところで本日おいでいただいたのは……」
俺がそう尋ねると……
「すみません! 本題を忘れてはいけませんね。実は昨日いただいたお話ですが、じっくり考えさせていただきました。それから私の方でも独自に調査を致しました。そして昨日の事件の際の奇跡も、この目で確認しました。あれほどのアンデッドの襲撃を、一人の死者も出さずに切り抜けられたのは、まさに奇跡です。私でよろしければ、協力させてください」
アグネスさんがそう言って頭を下げた。
予想外の展開だ……
協力してくれる気になったようだ……。
「本当ですか! ありがとうございます!」
「実は……もう一つお願いがあるのですが……。私と友人を『フェアリー商会』で雇用していただけないでしょうか? もちろん吟遊詩人としての活動はしっかり行います。よろしければ……この子たちの家庭教師をやらせていただけませんか? 文字の読み書き、算術、歴史、歌、楽器の演奏、剣術、護身術も指導できます。友人は、猫亜人特有の拳法の教えられます」
アグネスさんは、真剣な表情で深く頭を下げた。
なんとなく……必死な感じだ……でもどうして……。
「嬉しい申し出ですが……どうして急に……」
「実は……私なりにいろいろ調べさせていただきました。ニア様、グリム様が噂通りの人物で、信頼できると確信したからです。昨日の申し出を一旦断ったのも、実は試させていただいたのです。貴族の力を利用して強制したり、意にそぐわない回答をしたときにどう対応するのか確認させていただきました。本当に申し訳ございません。今では、浅はかなことをしたと恥じております。『フェアリー商会』に入りたいと思ったのは、心からお役に立ちたいと思ったからです。人々の助けになることができると思ったからです。吟遊詩人としての活動をしながら、できる仕事をしたいと思っています。子供たちへの教育は、吟遊詩人の活動の合間にできることなので、僭越ながら提案させていただきました。必ずお役に立ちます。ある程度の戦闘もできます。是非、お仲間にお加えください」
そう言ってアグネスさんは、再度深く頭を下げた。
「お姉ちゃんは、きっといい人なのだ!」
「チャッピーもそう思うなの! 優しい人なの〜」
二人がそう言って、俺に懇願するような眼差しを向けた。
俺は一緒に話を聞いていたニアに視線を送る……
「いいんじゃない。リリイとチャッピーに先生をつけたいって言ってたじゃない。今は近衛隊長のゴルディオンさんやエマさんが剣術を教えてくれてるけど、ずっとできるわけじゃないし。アグネスさんなら幅広く教えてくれるから、個人指導の教師としては最適じゃない。もしかしたら将来的に『フェアリー商会』の教育部門の責任者になってくれるかもしれないし…… 」
ニアもいつもの安請け合いを助長する感じで、賛成を表明した。
特に問題は感じてないようだ。
「分りました。じゃぁお願いします」
俺はそう返事をして、手を差し伸べた。
「ありがとうございます」
アグネスさんは、満面の笑みで俺の手を握り返した。
「じゃあ早速、今後の打ち合わせをしましょう」
俺はそう言って、会議室に案内した。
アンナ辺境伯や執政官のユリアさんに改めて報告し、弾き語りしてもらう内容の打ち合わせをするためだ。
打ち合わせは昼まで続き、アグネスさんも一緒に昼食をとることになった。
少しだけ旅の話をしてくれたが、このピグシード辺境伯領のほとんどの市町は訪れたことがあるようだった。
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