231.領都の、治安問題。
弓の試射を終えた俺たちは、再び会議室に戻ってきた。
今度はアンナ辺境伯から、ピグシード軍の再編についての話があった。
『マグネの街』と『ナンネの街』については、従来通り衛兵隊を置いて治安維持及び防衛をするとのことだ。
領都は従来通りなら、『軍本軍』と治安維持をする『衛兵隊』と領城を守る『近衛隊』という三つの組織を置くことになる。
この三つを今後は、『守備隊』という名称で一本化するそうだ。
ただ近衛兵だけは人員を固定した方が安全性が確保されるので、近衛中隊として城内の守備兵を固定するらしい。
軍のトップは将軍となるが、将軍は貴族が就任する決まりになっているらしく、貴族は俺しかいないので将軍への就任を依頼された。
市町の守護と将軍を兼務することは、他の領でもあることらしい。
俺は軍のトップなんて嫌だったのだが、今回も名前だけということでしょうがなく引き受けた。
俺の気持ちを察したユーフェミア公爵に、守護という既に軍事力を指揮する立場にいるから将軍を引き受けても、それほど変わらないと言われたことも大きい。
街の衛兵隊の指揮命令権はその街の守護にあるので、すでに軍事力のトップに立っているのと同じことだったらしい。
実務は、守備隊の隊長が全て行なってくれるようだ。
俺は、隊長さんと副隊長さんを紹介された。
顔合わせをするために、控えさせていたようだ。
「私は、この度守備隊隊長を拝命いたしましたシュービルと申します。この領を救っていただいた英雄シンオベロン閣下の下で働けることを光栄に思います。微力を尽くします」
「私は守備隊副隊長を拝命したマチルダと申します。近衛中隊を指揮し領城の警護を担当いたします。なんでもお申し付け下さい」
隊長さんは、色黒のがっちりとした黒髪の中年男性だ。
四十代だろう。元々領軍の中隊長だったようだ。
副隊長は三十代前半くらいの眼光鋭い女性だ。
明るい茶髪をポニーテールにしていて、背が高くスレンダーな印象をより際立たせている。
元々は『ホクネの街』の衛兵隊で副隊長をしていたようだ。
「グリムです。よろしくお願いします。それから私のことはグリムと呼んでください。閣下とか将軍とは、できれば呼ばないでください」
俺はそう挨拶したのだが……二人とも少し困った顔をしていた。
「普通はありえないことですが、本人の希望ですからグリム様とお呼びして構いません」
見かねたアンナ辺境伯がそう言うと、二人は静かに首肯した。
俺はせっかくの機会なので、少し気になっていることを尋ねた。
治安状況についてだ。
「少し治安が悪化している兆しがあります。どうも不満を煽っている者がいるようなのです。貴族の巻き添えで多くの人間が死んだと吹聴している者がいるようです。特定はできていないのですが……」
守備隊長からそんな報告が上がった。
嫌な感じだ……。
前にも話に出たことだが…… 不満の拡散は領運営を危うくする恐れがある……。
やり場のない人々の怒りに、火を付けようとしている輩がいるようだ。
もしかしたら……まだ『正義の爪痕』の構成員が潜伏してるのかもしれない。
例の認識阻害の薬を飲まれていたら探し出せないし……。
「これはまずいね……。そんな噂が広がったら暴動が起きる可能性だってある。『正義の爪痕』の構成員が残っている可能性もあるね。残ってないにしても、奴らが撒いた暴動のタネが芽吹く恐れがある。まったくとんでもないものを残していったものだ…… 」
ユーフェミア公爵がそう言いながら、苦虫を噛み潰したような顔になった。
「捕らえた者たちの尋問結果では、他に構成員はいないようですが……。もしかしたら、別部門が入っている可能性もあります。横の繋がりは敢えて作っていないようですから、捕らえた工作員たちには何も知らされていないでしょう。別系統の潜入工作員がいる可能性は否定できませんね」
スキルの力を使って尋問を担当した審問官で第一王女のクリスティアさんが、そう言いながら表情を曇らせた。
この『領都』は、元々五千人規模の都市だった。
悪魔の襲撃により大きく人口を減らしたが、他の市町からの移民で現在は四千人近くの規模になっている。
元々領軍は五百人規模だったが激減し、他の市町で生き残った衛兵たちを合わせても今は二百人程度しかいない。
ちなみに『ナンネの街』は、以前の『マグネの街』と同様五百人規模の街だった。
魔物の襲撃で大きく数を減らしたが、『トウネの街』と『チュウネの街』の移民を受け入れて四百人規模に回復している。
衛兵隊は元々五十人規模だったが、十人程度しか生き残れなかったようだ。
今は『トウネの街』と『チュウネの街』の生き残った衛兵を受け入れて、三十人規模になっているようだ。
両方とも今の人員規模では、全体には目が行き届かない。
俺は名前だけの将軍ではあるが、兵士の増員の提案をした。
『マグネの街』は人口が五百人規模だったところを、五十人規模の衛兵隊で守っていた。
今は千人規模になっているので、増員して百人規模の衛兵隊にしたのだ。
普通では考えられない兵士の割合だろうが、魔物の襲撃などが想定されるこの世界ではある程度の兵士を確保しないと、なにかあったときに守ることができないからね。
アンナ辺境伯もユーフェミア公爵も既に考えていたようで、実は募集の準備が進んでいるとのことだ。
『領都』においては二百人増員し四百名体制、『ナンネの街』は二十人増員して五十名体制にする予定のようだ。
ちなみにこれに伴って、アンナ辺境伯から『マグネ一式標準装備』を追加で二百五十セット発注を受けた。
二億五千万ゴルの売り上げが立った。
俺は、名前だけとはいえ将軍という立場になる。
その俺が営む商会から武具を導入することは、利益相反というか……問題にならないのだろうか……。
そんなことを訊いてみたのだが……
貴族が事業を営むことはよくあることで、それが優れた物なら自分が担当している部門や市町に導入することも問題はないようだ。
書類がしっかりしていればいいらしい。
特に相場より高値で売りつけている場合などは問題になるが、相場よりも安く値段が設定されているのでその意味でも問題はないそうだ。
俺が元いた世界では、いくら取引が適正でも癒着状態みたいなものだから認められないだろう。
だが、こちらの世界ではあまり関係ないようだ。
後で逮捕されるなんて嫌だから、一応確認を取ったが大丈夫なようだ。
治安の問題に関しては、速やかに増員の募集をかけるが、とりあえずは今の人数で巡回を強化するしかないということになった。
俺としても、できる対策を取りたいところだが……
『領都』周辺の巡回を担当しているスライムたちの一部は、『領都』内に入れて巡回させている。
だが、規模的には全く足りていない。
『領都』の外の警備も重要なので、これ以上『領都』内には回せない。
荘園の警備もあるし、外からの魔物の侵入などを警戒しないといけないからね。
スライムたちに増殖分裂してもらって、数を一気に増やす方法はあるのだが……。
どこまでやるかという程度問題はあるんだよね。
完璧を目指すと、スライムだらけの街になっちゃうし……
それもなにか違う気がするんだよね……。
ただそうは言っても、『マグネの街』と比べても比率的に大分少ないので、ある程度のスライムの増員は考えようと思う。
そうだ! 困った時のナビー頼み!
俺は『自問自答』スキルの『ナビゲーター』コマンドのナビーに相談してみた。
(やはり一番よいのはスライムたちを分裂させて、数を増やし巡回させることです。ただマスターが懸念されている通り、完璧を目指すとスライムだらけの街になり、異常な感じになる危険があります。そこで、戦力としては期待できなくても情報網として機能すればいいのであれば、この『領都』に元々いる生物をテイムすればよいと考えます。『マグネの街』と違って、野生の鳥や野良猫や野良犬などが相当数います。これらの動物をテイムしてはどうでしょう?)
なるほど……確かに野良犬や野良猫なら街に溶け込んでいるから、情報網としてぴったりだ。
そして野生の鳥たちなら、自由に移動できるし……。
いいかもしれない。
戦闘力は期待できないだろうけど、なにかあったら俺に連絡をくれたり、巡回しているスライムたちを呼んでくれれば対処できる。
それに戦闘力は期待できないと言っても、俺の『絆』リストに入った時点で『共有スキル』がセットされるから、スキルで強化され一般兵士よりは強いかもしれない。
これはかなりいい案だが……一体ずつテイムするのは、かなり大変な気がするな……。
(それについては、マスターが必ずしもテイムする必要はないと思います。例えば野生の鳥は『スピリット・オウル』のフウに任せて、『共有スキル』の『テイム』で仲間にすることが可能です。野良犬や野良猫は『スピリット・ブラック・タイガー』のトーラに担当させればよいでしょう。ついでに野生の鳥たちのリーダーをフウにして、野良犬や野良猫のリーダーをトーラにして組織化してはどうでしょう?)
おお、なるほど……さすがナビー!
フウが率いる『野鳥軍団』トーラが率いる『野良軍団』……うん! 面白いかもしれない!
さすがナビー!
俺はいつものように、イメージの中でナビーを抱きしめた。
(何度も言いますが、それはセクハラです! しかも、そう言われるのがわかっていながら、わざとやっていますよね! もう完全なパワハラです!)
あらら……ナビーさんがお冠だ……。
でも……少し照れてる感じがして可愛いかも……。
(照れてません!)
……やば! ……ごめんなさい。反省します。
ということで、早速ナビーの名案を実行することにした。
善は急げと言うからね。
俺は念話で、フウとトーラに指示を出した。
二人とも喜んですぐに取り掛かると言ってくれた。
俺は、できれば嫌がる者は無理矢理テイムしないようにと指示した。
二人は霊獣なので、テイムする前の対象に対しても、ある程度コミニケーションが取れるようだからね。
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