18.突然の、襲撃者、美少女のターン
ベリー狩りなんてワクワクする。
俺たちは『アラクネ』のケニーの先導の下、のんびり森の道を歩いている。
しばらく歩き、木々の間を抜けるとそこには……
一面の赤、ベリーの絨毯が広がっていた。
ほふく性の品種らしく地面を埋め尽くしている。
この場所はラズベリーがほとんどのようだ。
少し先に行くと、イエローラズベリーや、ブラックベリーの自生地もあるらしい。
少し歩いたせいか、問題なく食べられる腹具合になってきた。
俺たちはワイワイ言いながらベリーを口に放り込みつつ、ケニーが作ってくれた葉っぱのカゴに摘んでいった。
ケニーと話をして分かったことだが、ケニーは手先が器用で色々な物を作るのが好きなようだ。
葉っぱのカゴも、大きな葉っぱを器用に畳んだり、切れ目を入れたりして瞬く間に作ってしまった。
ちなみに、種族固有スキルで『糸織錬金』というのを持っており、自分の指やお尻から出す糸をうまく組み合わせて、錬金術的な早業で色々な物が作れるそうだ。
人間部分である上半身で着ているドレスのようなものも、自分で作ったらしい。
『糸織錬金』で簡単に作れるそうだが、『裁縫』スキルも持っているので、普通に服を作ることもできるそうだ。
特殊効果も織り込めるらしいので、今度、詳しく訊いてみたい……
いや……何か作ってもらいたいな。
その後、近くにあったイエローラズベリーやブラックベリーの自生地にも足を運び、収穫と試食を楽しんだ。
いずれのベリーも、元いた世界のものと同じ見た目だったが、大分味が濃厚だった。
野性味がありつつ濃厚で、それでいて爽やかさもある素晴らしい味だ。
ちなみに俺のお気に入りはブラックベリー。
元の世界のブラックベリーもそうだが、ブラックベリーは酸味が強く生で食べるとかなり酸っぱい。
だからほとんどの人はジャムにすることが多く、あまり生食はしないのだ。
だが俺は、このなんともいえない酸っぱさがたまらなく好きだ。
特に体力仕事で疲れたときのおやつには最高だった。
もちろんジャムにしてもおいしい。今回摘んだものでもジャムを作ってみたいものだ。
◇
ベリー狩りを終えて、近くの原っぱで休憩していると、ケニーが突然顔を上げて目をつむった……
何かを感じているようだ……
「あるじ殿、どうやら大森林の南東のはずれより魔物が侵入したようです。かなりの数がいる模様です。近くの者たちが迎撃しているようですが、私もこれより迎撃に参加して参ります。失礼します」
そう言うと一瞬で飛ぶように行ってしまった。
ケニーは指先とお尻から出す糸を木々の枝に飛ばし、アメコミヒーローの蜘蛛人間のように木々の間を凄い速さで抜けていった。
大森林の南東のはずれと言っていたが、この森の広さから考えると、かなりの距離があるはずだ。
だが、あの速さならそんなに時間がかからずにつけるのかもしれない……。
さて俺たちはどうするか……
そう考えつつ仲間たちを見ると……
「もちろん、私たちも行くわよね?」
ニアはやる気満々のようだ。
「行く、がんばる」
「オイラだってやってやるぜ!」
リンは力強く二回バウンドし、シチミは蓋を二回開閉させた。
肯定のときや決意のときは二回なわけね……。
みんなやる気だし、行きますか!
「じゃぁ走って追いかけよう!」
俺が声をかけるとみんな一斉に走りだした。
もちろんニアは飛んでるけど。
「レベルアップ後の腕試しよ! ハイピクシーになった美少女魔法戦士の活躍のターンがやっと来たわ!」
そう叫びながらニアが俺たちを先行する。
こんなときも残念感出してるけど……まぁスルーしてあげよう。——やさしさスルー発動
しばらく走っても、まだまだ目的地に着く気配がない。
やはりこの大森林は広すぎる。
十八歳に若返ったからだろうか、あまり疲れずに走り続けていられる。
ちょっと不思議だ。
この感じなら、マラソンでオリンピックに出られるんじゃないだろうか……
俺は走りながら、『自問自答』スキルの『ナビゲーター』コマンドのナビーに問いかける。
(ナビー、この方向で合ってるかな?)
(基本的には合っています。『波動』スキルの『波動検知』コマンドを使ってはどうでしょう。魔物の気配に意識を集中すれば場所が分かると思いますが)
なるほどね。
やっぱ、全然スキル使いこなせてないね……俺は……。
走りながらだと集中しにくいので、一旦みんなに止まるように指示する。
ニアが怪訝な顔をしていたが、説明してちょっと待ってもらった。
——波動検知……
……魔物の気配に意識を集中して……
………集中………
………………………
……ああ……何か感じる……
……これが魔物の気配………まだ……だいぶあるな……
でも方向はやはり合ってるようだ。
先を急ぐか……
波動検知を切ろうとしたその時……
全く別の方向に魔物の気配をとらえた。
五体……いや十体……
……北……いや正確には……北東か……すごく近い……
……これは……上空……空からだ……しかも早い……
「みんな、魔物が空から来る! 警戒して!」
そう言って空を見上げると、もう白い大きな塊が見えていた。
……しかし、あれは魔物ではない。
魔物はもう少し後だ……
みるみる近づいてきた白い大きな塊は……
巨大なフクロウだ。
ここに降りてくる……
三メートルくらいの大きさのモフモフの塊だ。
よく見ると怪我してるようだ。
「この子は魔物じゃない、後から来る魔物に追われているようだ」
俺がそう叫ぶと三人とも、着地したフクロウを庇うように警戒してくれる。
空を見ると魔物の影が見えてきた。
……ギリギリ目視できるので、俺は『波動鑑定』をしてみる。
——確かに魔物だ!
レベル35前後の『コカトリス』という鶏を大きくしたような魔物が五体、少し遅れて、レベル25前後の『イビルバタフライ』という蝶の魔物が五体近づいてくる。
レベル的には、ニアとリンなら大丈夫そうだ。
「ニアとリンで攻撃、俺とシチミはフクロウを守りつつ援護だ」
「オッケー」
「はい」
「まかせとけ」
ニア、リン、シチミが返事をしながら動き出す。
「あれは……コカトリス? このコカトリス飛べるの? みんな、コカトリスは突かれたら石化してしまうから絶対に近づいたらダメよ。私に任せて!」
ニアは特徴を知ってるらしく、的確な指示を出してくれた。
一人前に出て、ニアは両手を天にかざした。
「雷撃」
ニアが新しく取得した雷魔法の一撃は——
——命中しなかった……
まだ距離があるし、使いなれていないのだろう……
ニアはくじけずに二発、三発と雷撃を繰り出す。
間隔をあけない連続攻撃で、一瞬動きが止まった一体に見事命中した。
その一体は、雷撃に体を貫かれ動かなくなった。
そのまま頭から落下し、ゴキッという鈍い音を立てる。
首の骨を折ったようだ。
『雷撃』は、当たりさえすれば、威力はかなりあるようだ。
残りの『コカトリス』との距離が近くなったところで、ニアは、人差し指と親指を立てて、指鉄砲のポーズをしている……
何を遊んでるのかと思ったが……そうではないらしい。
「ピクシーショット!」
ニアがそう叫ぶと同時に、人差し指の先から半透明の弾丸が発射される。
これはニアの『種族固有スキル』だろう。
やはり風属性なのだろうか……
普通のピストルの弾丸のような速さがあるから、よほど素早い魔物でないとかわせないのではないだろうか。
ニアは、狙った一体に対して、一発、二発と外したが三発目が頭を砕き貫いた!
どうも……一発、二発は牽制で三発目で仕留める狙いだったようだ……それともただの偶然か……
とにかく、また一体倒した。
即死だろう、力なく落ちていく。
さらに残りの『コカトリス』が近づいてくるが、今度も別の技を出すつもりのようだ。
一通り試すつもりなのか……
意外と余裕があるというか……腹が座っているというか……
ニアは両手を胸の前に持ってきている……
……そして……ピッチャーのように大きく両手を振りかぶった……
「ピクシーストライク」
呟くように言いながら投球動作に入る。
ニアの右手には、雷光をスパークさせている球のようなものが握られている。
これ完全に投げるやつだな……
そして、投球動作が進む……ってなんで下手投げ? ……てかソフトボール? ……てか最後の右足の伸ばした感じボーリング? ……どっち? どっち、どっち?
……意味不明……気にしたら負けだな……無視!
投げ出された球は、剛速球となって『コカトリス』の頭を吹き飛ばした!
距離が近くなった分、一発で命中できたみたいだ。
『コカトリス』は何が起きたかもわからないうちに即死だろう。
なんか……いろいろ突っ込みどころ満載だけど……これも『種族固有スキル』で切り札的なやつだろう。
かなり強力だ。
しかし、残り二体はもう間近だ。
距離がない……
だが、これもニアには計算済のようだ。
「雷盾!」
ニアが叫び声とともに伸ばした手の先に、スパークを伴った紫色の壁が出現する。
正面から襲ってきた一体がこれにぶつかり、感電したようだ。
ゆらゆら落下していく。
残りの一体がニアに襲いかかる。
くちばし攻撃だ。
ニアの脇腹をかすめる……
……いや、ギリギリでかわせたようだ。
『コカトリス』もフクロウ同様三メートルぐらいあるので、ニアは、的として小さく、狙いづらいみたいだ。
そういう意味では、俺たちの中ではスキル的にもサイズ的にもニアが一番相性がいいかもしれない。
ここはニアを信じてこのまま任せよう。
ニアはひやっとしていたが、すぐに体勢を立て直す。
しかし、至近距離まで近づくと体格の差が圧倒的だ。
ニアは飛び回ってくちばしを避けながら、次の攻撃の動作に入るが、『コカトリス』の強烈な羽ばたきで吹き飛ばされてしまった。
だがこれは、『コカトリス』にとって悪手だったようだ。
ニアに、適度な距離が確保できたのだ。
そしてニアは、更に猛追してくる『コカトリス』を、待ち構える態勢で次の技を出す……
突然、ウィンク&投げキッスをするニア…… なぜに?
……なぜにこの局面でそれ?
だがなんと——
『コカトリス』はおとなしくなり、空中で静止してニアをうっとり見つめている。
なるほど、これは『種族固有スキル』の『ハニートラップ』に違いない。
完全に魅了されている。
ニアは、一瞬悪そうな顔をした後に、容赦なく次の攻撃を仕掛けた。
まな板の上の鯉状態の『コカトリス』に仕掛けたのは必殺技のようだ。
「ウィンドミラージュ!」
叫んだ瞬間、突風が巻き起こる——
『コカトリス』は突風の風圧に耐えているが、視界がかなり奪われているようだ。
そんな中、ニアが激しく動き—— 二体、四体に分身したように見える!
分身なのか……残像なのか……それとも質量持った残像なのか……
そして次々に風弾が発射される——
魅了されて天国気分だった『コカトリス』は、夢心地のまま地獄に落ちた。
体を穴だらけにされて……
なるほど、一部ツッコミどころはあるが、恐ろしいコンボ攻撃だ……まさに天国から地獄!
ニアは先ほど感電して落下した地上の『コカトリス』に追撃をかける。
ニアを援護しようと近づいたリンを手で制した。
全部自分でやる気らしい。
麻痺を残しながらも立ち上がる『コカトリス』……目には憎悪が満ちている。
ニアに襲いかかるが、麻痺が残る体ではスピードが出ない。
ニアは何度か交わしながら適度な距離をとる。
そして今度は、『コカトリス』の目の前に人差し指を突き出した——
そして……ぐるぐる回しだした。
あちゃー……この人遊び出しちゃったよ……トンボじゃないんだから……
余裕こきすぎ……油断大敵って言葉もあるんだから……注意を呼びかけようとしたところ……
なんと!
憎悪に満ちていた『コカトリス』の目がトロンとしてきた……
そして……眠ってしまった……なぜに? ……Why?
どうやら『種族固有スキル』の『スリープトラップ』らしい。
……もう、ツッコミませんよ……
……気にしたら負けだ……無視してやる!
でも一言だけ!
強力なのか、残念なのか、どっちやねん!
眠らせてどうするのかと思っていると、ニアはポケットから秘密兵器を取り出した……
そういうことか……
最後はそれで行くわけね……
「伸びろ」と言うニアの呟きと同時に、手中の棒が槍のように大きくなる。
両端が金に装飾されたピンク棒……そう『如意輪棒』の出番だ。
ただ、出したはいいが、どう使えばいいかわからないらしい……
やばい……せっかく最後の締めなのに……残念っぽい感じになってきた……
剣を使うことを夢見ていたから、棒なんて使い方がわからないのだろう……長いしね……。
……やばい……だんだん……やけくそ気味の表情になってきた……
あー……これ完全にやけくそになったわ、この人……
『如意輪棒』をコツコツと地面に打ち付けて何かを確かめると……
『如意輪棒』の片方の端を両手で持ち、縦に持って構えだした……
しかも……どんどん上に長く伸びている……
……こ、このフォームは、バ、バ、バッティング?
ニアはジャンプしてコカトリスの頭の位置に来ると、空中で止まった。
そして迷うことなく、構えた『如意輪棒』を『コカトリス』の頭に向けて、思い切り振り切った——
まさに、バッティングだ!
ニア自身よりも大きい的を外すわけはなく……
——バフォンッ
という残響とともに、『コカトリス』の頭が潰れながらちぎれ飛ぶ!
——瞬く間に空に見事なアーチを描いた!
もう……なんも言えねぇ……何も突っ込まない……
『如意輪棒』の威力なんだろうけど……
なんか色々とめちゃくちゃだ……いっそ全部めちゃくちゃだ……
ただ、『コカトリス』全てを倒したことに敬意を表して、やけくそ攻撃に名前を付けてあげよう、『ピクシーホームラン』と…………。