137.女公爵、推参。
トルコーネさんの宿で少し早い昼食を摂り終わり、みんなでゆっくりお茶を楽しんでいると、代官さんがやってきた。
昨日のうちに衛兵長から連絡が行っていたようだ。
用件は、守護の屋敷の別館の迎賓館にシャリア嬢をご案内したいというものだった。
食事と宿泊ができるように用意させているそうだ。
「ダメなのだ。シャリアお姉ちゃんはもう仲良しなのだ。サーヤの家で一緒に寝るのだ! 」
「チャッピーもそうしたいなの! お姉ちゃんと一緒にいたいなの! 」
リリイとチャッピーは、すっかりシャリアさんに懐いたようだ。
「二人とも無理を言ってはいけませんよ。また会えますから」
サーヤがそう言って、二人の頭を撫でながら諭してくれる。
二人はちょっと不服そうだったが、聞き分けてくれたようだ。
こういうことも、本当は俺が言わなきゃいけないんだろうけど……
サーヤがいてくれて本当によかった……。
ただ、代官さんのところに新たに早馬で知らせが来たようで、一旦俺達にも迎賓館に来て欲しいとの事だった。
やることがいっぱいあるのだが……無下に断るわけにもいかないので同行することにした。
シャリアさんの乗って来た飛竜は、このままトルコーネさんの厩舎で預かってもらうことになった。
少し覗いてみると、何故か『ギガボール』のだん吉と仲良さそうに見つめ合っていた。
全く違う種族なのに、コミュニケーションが取れるのだろうか……。
「すごい! 『ギガボール』だ! 珍しい! ロネちゃんが面倒見てるの? 」
シャリアさんが、目をキラキラさせている。
どうやら『ギガボール』が気に入ったようだ。
「はい、友達になったんです」
ロネちゃんが嬉しそうに答える。
「そう、大事にしてあげなさい」
「はい」
シャリアさんは、だん吉にベタベタ触りまくっている。
相当気に入ったらしい。
◇
俺達は守護の館に隣接する別館の迎賓館に案内されていた。
レントン達を助け出し、傭兵達と守護を捕縛した時以来だが……
あの時に雇われていた執事やメイドは、そのままこの屋敷の維持管理をしているようだ。
ハイド男爵の悪事には、加担していないと認められたらしい。
俺達の対応をしてくれている。
シャリアさんは、執事さんに夕食の希望を尋ねられていた。
この屋敷には現在専属の調理人がおらず、希望に合わせて調理人を手配するらしいのだ。
シャリアさんは、なんと……トルコーネさん一家を料理人として指名してしまった。
トルコーネさんびっくりするだろうなぁ……
俺は、固まって汗だけを流すトルコーネさんを思い出し、吹き出してしまった。
みんなに見られたが適当に誤魔化した。
しばらくすると……トルコーネさん一家がやってきた。
シャリアさんは、ネコルさんの料理がよほど気に入ったのだろう。
サーヤ、ミルキー達も夕食の手伝いをするようだ。
どうも堅苦しいディナーではなく、家庭料理的な食事になりそうでよかった。
マナーとかわからないしね。
子供達もわからないだろうし。
シャリアさんは、もしかしたら俺達が気楽に食事出来るように気を遣って、こういう展開にしてくれたのかもしれないね。
◇
夕方近くになって、さらに驚きの展開があった。
セイバーン公爵軍の一団が、早馬を飛ばしてこの街までやってきたのだ。
昨日シャリアさんが話していた一団だと思うのだが……
なんと、その中にセイバーン女公爵その人がいたのだ!
颯爽と軍馬を駆ってこの屋敷まで来たのだ。
街中大騒ぎだったようだ。
「お母様、大分早かったですわね」
シャリアさんが、全く普通のことのように挨拶している。
この人……来ること知ってたんだね。
言ってくれればいいのに……。
「あなたがニア様ですね。此度の件、心より感謝いたします。セイバーン公爵領領主、ユーフェミア=セイバーンです」
女公爵がニアに貴族の礼で挨拶をする。
「ニアよ。よろしくね」
ニアさん……この人……全く緊張とかしないかな……
人族の大貴族だからって、妖精族のニアには全く関係ないみたいだ。
「君がグリム君か、思ってたより若いな」
今度は俺の方に顔を向けた。鋭い眼光だ。
「はじめまして。私はテイマーで商人をしておりますグリムと申します」
貴族の礼は良くわからないが、膝をついて頭を下げた。
「まぁ、そんなに緊張しなくていいよ。貴族の礼儀作法など知らないのだろう。気にしないから、普通にしな」
おお、女公爵さんもシャリアさん同様、結構気さくな人のようだ。
少し安心した。
全く礼儀作法知らないからね。
兵士達は、迎賓館の中には入らず館の庭で休憩をしているようだ。
三十人ほどの中隊のようだ。
この人数だと……ネコルさん達が用意してる料理じゃ足りないよね……。
だが、兵士達は執事さんが段取りをしてくれて、庭でバーベキューをするようだ。
肉は、シャリアさんから指示があったようで、多めに用意してあるようだ。
セイバーン女公爵は、凛とした美しい人だ。
綺麗な金髪を短くボブカットのようにしている。
碧い瞳には意思の強さを宿している。
おそらく四十代だと思うが……まさに美魔女だ。
アンナ=ピグシード夫人も、子供がいるとは思えない程綺麗な人だったが、女公爵もシャリアさんの母親とは思えない。
二人で並んでいると姉妹のようだ。
「なんだい! このシチューは……柔らかいねぇ……美味い! 」
女公爵が、ネコルさんの『牛のとろとろシチュー』を口に運び、頬を緩めた。
「そうでしょうお母様、このソーセージも食べてみて、驚くわよ」
シャリアさんが自分の事のように喜んで、今度はサーヤのソーセージを薦めている。
「うん! これはすごいねー、これもあんたが作ったのかい? 」
女公爵が目を見開いて、ネコルさんに尋ねる。
「い、いえ、そのソーセージはサーヤさんが作ったものです」
ネコルさんが緊張しながら、恐る恐る返答する。
「サーヤさんが……妖精族の秘技でも使ってるのかい? 」
今度はサーヤをニヤリと見やる。
「いえ、そんな秘技はありませんよ。私の秘密のレシピですよ」
サーヤが悪戯に微笑みながら返答する。
サーヤもニアと同じように、あまり緊張していないようだ。
やはり妖精族にとっては、人間の身分とか関係ないんだよね。きっと……。
「ほう、それは凄い。いくらでもお金を払いたくなるレシピだね」
「公爵様なら、無料でお教えしますよ」
「ハハハハハ、それはありがたいねぇ。でも冗談だよ。食べたい時はちゃんと食べに来るから」
「ねぇお母様、このオムレツがすごいのよ。グリムさんが考えた料理ですってよ」
シャリアさんが、にやけ顔をしながら俺に視線を向ける。
「なに……、あんた料理までするのかい。ほんと何者なんだい? 」
女公爵が呆れたような視線を俺に向け、悪い笑顔を作る。
「すみません。シャリアさんにも同じことを聞かれたのですが、あくまでテイマーで商人です……」
俺は作り笑顔全開で答える。
「まったく……私も舐められたもんだ……。まぁそういうことにしといてやるよ……」
そう言って女公爵は、また意味ありげに笑った。
まさか俺の本当のステータスがばれているのか……
いやそんなはずはないと思うけど……
もしくは長年培った“人を見る目”的なやつなのだろうか……
まぁ惚けるしかないね……。
「おおおおおーーー、なんだいこれは! 甘い! 」
女公爵が、卵焼きを口に運ぶと、突然大きな声を出した。
あれ……
「甘いのは、お気に召しませんでしたか……」
俺は恐る恐る尋ねた。
「いや違うよ、こんな美味しいオムレツを食べたことがないんだ。これは……あんた、私の専属料理人にならないかい?」
女公爵が身を乗り出して真顔で俺に迫ってくる……ちょっと怖いんですけど……。
「ちょっと! そんなの無理に決まってるでしょ! 」
ニアが猛烈に抗議してくれている。
「はいはい、ニア様、冗談ですよ。妖精女神様の大事な従者を取り上げたりしませんよ」
女公爵が、笑いながらニアに釈明している。
どうやら初めから冗談だったようだ。
ふう、よかった。
「従者じゃないわ。友達よ、友達! 」
「そうでしたか。友達なのですね……わかりました。失礼いたしました」
おお、すごい!
ニアは、最上級貴族である女公爵よりも全然強いようだ。
この人ほんとに、怖いもの知らずだよね……。
これ人族なら絶対逮捕されると思うんですけど……。
この国では、本当に妖精族は特別なようだ。
この世界全てでそうなのだろうか……。
そんなこんなで、俺達は不思議な夕食の時間を過ごした。
緊張していたのは、トルコーネさんとネコルさんと俺くらいで、残りの子達はそのうち慣れて、普通に話すようになっていた。
特にリリイとチャッピーは、あまりよくわかってない分普通に接していた。
女公爵に懐いて、最終的には二人で膝の上に乗っていた。
「公爵様は、シャリアお姉ちゃんのお母さんなのだ? 」
「母様なの? 」
「そうよ」
「なんて呼べばいいのだ? お姉ちゃんのお母さんで良いのだ? 」
「シャリアお姉ちゃん母様でいいなの?」
「そうねぇ、二人は特別に……ユーフェミアおばちゃんて呼んでいいわ」
「わかったなのだ。ユーフェミアおばちゃんと呼ぶのだ」
「チャッピーも呼ぶなの。ユーフェミアおばちゃんなの。大好きなの〜」
二人は、なんとなく母親に対するような感情を抱いているのかもしれないね。
いつも凛とした感じの女公爵も、二人の前では顔が緩むようだ。
食事会も終わり、俺達はサーヤの家に戻ろうと思ったのだが……
なぜか慰留されてしまい、子供達も残りたいということで、なし崩し的に泊まることになってしまった。
ちなみにトルコーネさん一家も、翌日の朝食を依頼され同様に泊まることになってしまった。
完全に俺が巻き込んでしまった形となり、密かに申し訳ない気持ちでいっぱいだ…… 。
そしてトルコーネさんは、夕食の間中も固まって汗をダラダラ流していた……ごめんなさい……。
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