1009.林に潜む、子供たち。
柿の木が生えている林に入ろうとしたところで、多くの人の気配があることに気がついた。
ただ……敵意は感じない。
……この感じ……?
「グリムさん、どうかしましたか?」
突然動きを止めた俺に、メーダマンさんが問い掛けてきた。
「ええ、林の中から多くの人の気配がするのです」
「え、林からですか? この林になぜ……? ここに隠れているということは……盗賊か何かですか?」
「いえ、敵意のようなものは感じないです」
「多分……子供ね。子供たちが大勢隠れている感じだわ」
ニアが空中で止まって、腕組みをした。
「私が見てくるから、ちょっと待ってて」
ニアはそう言うと、飛んでいってしまった。
少しして、ニアが帰って来た。
「やっぱり子供たちね。子供たちが大勢隠れてる。怯えている感じね」
「子供たちと話せそう?」
「うーん……ちょっと話しかけてみる」
ニアは、また飛んでいった。
「隠れてる子供たち! 怖くないわよ、出てきて! お話ししましょう!」
ニアが声を張り上げて呼びかけている。
俺は林の中に入っていないが、『聴力強化』スキルを使って聞き取った。
やはり普通には出てきてくれないようだ。
「リリイ、チャッピー、一緒に林に入ろう」
「オッケーなのだ」
「行くなの〜」
俺は隠れている子供たちが警戒しないように、リリイとチャッピーを連れてニアに合流することにした。
同じ子供であるリリイとチャッピーの姿を見た方が、安心すると思ったのだ。
「みんな出て来てなのだ! 怖くないのだ!」
「美味しい食べ物もあるなの〜」
リリイとチャッピーも呼びかけてくれた。
すると草むらから、リリイ達と同じ歳くらいの男の子と女の子がふらふらっと出てきた。
「食べ物……」
「……くれるの?」
二人ともやせ細っている。
そして汚れている。
声にも力が無い。
「ダメだ! 騙されるな! 拐われちゃうぞ! 俺が相手してるうちに逃げるんだ!」
突然、ガリガリの十二、三歳くらいの男の子が、棒を持って飛び出してきた。
先に出てきた二人の子供たちは、男の子に言われるままに草むらの中に走っていった。
「他のみんなも早く逃げるんだ! 小さい子もちゃんと連れて行くんだぞ! できるだけ遠くに逃げろ!」
再度男の子が叫ぶと、草むらに隠れていた子供たちが一斉に走り出した。
さて、どうするか……。
俺が走り回って、無理矢理捕まえることはできるが……。
「大丈夫だよ! 何もしないから逃げないで! 話をしたいだけなんだ! それにほんとに食べ物を持ってるから、お腹がすいているなら、遠慮しないで食べて欲しいんだ!」
俺は大きな声で叫んだ。
「そんな甘い言葉で捕まえて、売り飛ばすつもりなんだろう!? その手には乗らないぞ! みんな早く逃げろ!」
この少年はリーダーなのだろう……子供たちを守ろうとしているようだ。
その思いが強いからか……俺の話は全く響いていない。
そして大人を信じられない事情があるようだ。
人拐いだと思っているみたいだし……。
待てよ……そういえば、中区で拘束した盗賊団は、みなしごをさらって奴隷商人に売り飛ばしていた。
あいつらから逃げているみなしご達なのかもしれない。
「人拐いなんかじゃないよ。信じてほしい。ただ君たちを助けたいんだ!」
「信じられるもんか! なぜみなしごの俺たちを助ける必要があるんだ! 拐われたって誰も気に留めてないじゃないか! どうせ魂胆があるに決まってる!」
リーダーらしき少年は、激昂している。
困ったなぁ……。
しょうがない……
「リリイ、チャッピー、逃げている子供たちを追いかけて、この梨を渡してきてくれるかい?」
俺は、先ほど購入した和梨を魔法カバン経由で『波動収納』から取り出した。
「オッケーなのだ!」
「任せてなの…」
二人はそう言うと、自分たちの魔法カバンに和梨を移し、走り出した。
二人の身体能力なら、逃げている子供たちにすぐに追いつくし、無理矢理連れてくるのではなく梨をあげて回るだけだから、多少は警戒心を解いてくるのではないだろうか。
おそらく三十人ぐらいいるが、リリイとチャッピーならすぐだろう。
「おいふざけるな! 仲間に指一本でも触れたら許さないぞ!」
少年がすごい剣幕で、俺に棒で殴りかかってきた。
俺は左手で棒を受け止め、右手で梨を彼に差し出した。
「離せ! ふざけるな! 食べ物で釣ろうたって、そうはいかないぞ!」
「君たちを拐うつもりだったら、力ずくで拐うよ。……小さな子もいるんだろう? みんなお腹が空いてるんじゃないのかい? ただ助けたいだけだよ」
少年は、俺の言葉に一瞬躊躇したようだったが、棒を離してバックステップで距離をとった。
警戒心を解いてもらうのは……なかなかに難しい。
よほど辛い思いをしたのだろう。
うーん……ここはやはりシンプルに、胃袋をつかむ作戦をするしかないみたいだ。
「そうだ、今日はここで野宿するかなぁ」
俺は、わざとらしく大きな声で言った。
「いいですね、グリムさん。私も付き合いますよ。夕食の準備をしますか?」
メーダマンさんが、俺の話に乗ってくれた。
俺の意図を察して、大きな声で返事をしてくれた。
「そうですね。焼き場を作りますから、焼肉にしましょう」
俺は、バーベキューの準備を始めた。
「ふざけるな! お前何のつもりだ!?」
少年の神経を逆なでしてしまったようで、また激昂してしまった。
「ここが気に入ったから、晩ご飯をここで食べようと思ってね。肉がいっぱいあるから、一緒に食べないかい?」
「ふざけんな!」
「肉がいっぱいあるから、食べ切れないんだよ。食べるのを手伝ってくれると助かるんだけどね。ほら!」
——ドスンッ
俺は魔法カバン経由で『波動収納』から、朝の襲撃事件の時に仕留めたイノシシ魔物一体を取り出した。
リーダー少年は、腰を抜かしたように尻餅をついて驚いていた。
口をポカンと開けている。
言葉が出ないようだ。
「わかっただろ? 見ての通り、俺たちだけじゃ食べ切れないから、食べたくなったらいつでも言って」
俺の言葉にリーダー少年は我に返って、何やらぶつぶつ言いながら下を向いた。
そんなところに、リリイとチャッピーが任務を終えて戻って来た。
「みんなに渡してきたのだ」
「食べる見本も見せたなの〜」
そして何人かの子供たちが、遠巻きにリリイとチャッピーについて来たようで、こっちの様子を窺っている。
「二人ともありがとう。今日はここで野宿をしようと思うんだ。今から肉串を焼くから、子供たちに配ってほしい」
「それはいいのだ!」
「早く食べさせてあげたいなの〜」
「それはいいアイデアね! 空から全体の様子を見てたけど、子供たちは梨をもらったその場で結構食べてるわよ。今のところ、この林を出た子はいないわ。相当お腹空いてるみたい」
「そうか……本当は消化の良い食べ物のほうがいいんだけどね……」
「まぁいいんじゃない。お肉を焼く匂いが一番よ」
同意してくれたニアに首肯して、俺は手際よく肉を焼き出した。
「ちょっと君、我慢しないで梨を食べなさい。そこに置いてある梨、食べていいんだから。警戒するのはわかるし、君がみんなを守ろうとしてるのは立派だよ。でも意固地にならないで。私たちを信じて。リリイとチャッピーの走る速さを見て分かってると思うけど、本気で捕まえようと思ったらすぐに全員捕まえられるよ」
ニアが警戒しながら俺たちの様子を窺っているリーダー少年に、諭すように話しかけている。
「なんでみなしごの俺たちに優しくするんだ……?」
「決まってるでしょ、子供だからよ! 子供を守るのが大人の役目よ。それに、お腹を空かせている子供に食べさせたいと思うのは当然のことよ」
「……今までそんな大人……いなかった……」
「多分……君たちは悪い大人に拐われそうになって、ここに逃げて来たんでしょう? その悪い奴らは、さっきやっつけて来ちゃったから、もう大丈夫よ。それに私と知り合いになったからには、誰だろうと君たちに指一本触れさせないわ! 守ってあげるから、安心しなさい」
ニアは、リーダー少年の顔の前で止まって、親指を突き出した。
心なしかリーダー少年は……目に涙を浮かべているように見えるが……
「そんなこと言ってくれる大人は……今までいなかった……。……ダメだ……騙されちゃダメだ! みんなを守らなきゃ! ……そ、そんなちっちゃな体で、どうやって守るって言うんだ!?」
うーん……開きかけた心が……また閉じた感じだ。
そう簡単にはいかないか……。
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