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序章

3年前に書いたモノです。

 序章   何度目かの昨日


 九月十七日、本格的な冬の到来まであとわずかという秋の終わり頃、少し肌寒い部屋の中で黒野静次くろのせいじは目覚めた。

 ベッドの上で肩からずり落ちそうになる毛布を手で止めながら壁に掛けているアナログ時計を見る。

 時計は『午前五時五十分』を指し、二度寝はできない時間だということを教えてくれる。

 「あぁ……朝か」

 落胆と納得を含んだ苦言を発し、目を覚ますように自己暗示をかける。

 彼はゆっくりとベッドから降りて床に落ちている本とゲームソフトの山から上着を取り羽織った。それから部屋を出ようと扉の前まで歩いて行く。

 わずかに冷えた体が、朝食を求めるように部屋の外へ急かすのだが足は扉の前で止まってしまった。

 「あぁ」

 扉に画鋲で止めているカレンダーを見ながら先ほどより沈んだ声を発した。

 そして彼は、今日の日付である九月十七日の部分をゆっくりと指でなぞり、部屋を後にした。

  

 リビングの扉を開けると、眠気に再び誘うようなストーブの暖かさが体にあたった。

 「姉さん・・・おはよ。」

 あくび混じりの声で静次は言った。

 「あ、静ちゃんおはよー!」

 丁度、味噌汁をテーブルに運んでいた静次の姉が元気よくそう言った。

 「朝から姉さんは元気だな……」

 清次は面倒くさそうにそういった。

 「あれ、なんか嫌なことでもあったの?いつもの静ちゃんなら私に抱きついておはようの挨拶してくれるのに……」

 「そんなことはしない」

 清次は遠くを見つめながら否定する。

 「ノリも悪いしどうしちゃったの……」

 本気で悲しそうな顔をする姉の視線を無視し、炊飯器の前まで歩いて行き、自分と姉の分のご飯を装いテーブルに置く。

 「静ちゃん私の分までありがと!」

 「ついでだよ……」

 姉の感謝に静次は淡白にかえす。

 「んもぉ!元気出してよ静ちゃん」

 「はいはい、わかったよ姉さん」

 再び淡白に返し、イスに座る。

 「静ちゃん……私のこと嫌いに」

 「なってないよ。……ごめんまだちょっと眠いんだ、姉さんの作ったご飯食べれば目がさめるよ」

 静次の姉はその言葉で少し納得をしたようだった。

 「そっか、じゃあ冷めないうちにご飯食べよっか。……ちなみに今のは、目が『さめる』のと、ご飯が『冷める』のをかけているんだよ」

 「いただきます」

 「もぉ!」

 

 こんな会話が続いた後、姉は若干の心配を清次にかけながら大学へと向かった。

 一人のリビングで清次は姉と自分の分の皿を洗いながら、 

 「姉さんごめん、今はそんな気分じゃないんだ」

 そう呟いた。そして、

 「でも、ありがとう」

  と付け加えるように言った。












 一   見解

 

 インターホンの音が聞こえた。俺は、部屋のストーブを切り少し大きめのリュックを背負いリビングを後にし、玄関へと向かった。

 「ふうぁあ」

 深いあくびをこぼしながら玄関の扉を開けると空波そらなみも眠そうな顔をして立ったいた。

 「おはぁよう、せいじ」

 あくび混じりに彼女は答えた。

 彼女の名前は国本空波くにもとそらなみ、セミロングの毛先がイレギュラーに跳ねており、前髪からのぞかせる少しつり上がった目は野生動物のような威圧感がある。しかし背は低いし当の本人は臆病な性格であり、猫や犬が苦手だ。

 彼女とは小学校からの付き合いで『友達』である。

 「おはよう。今日はちょっと早いんだな」

 彼女は毎朝七時過ぎごろに俺を迎えに来てくれる。これは小学生の時のある出来事から彼女の習慣となっている。

 別に迎えにこなくても大丈夫だと言ってもなぜか聞く耳を持たない。 

 「うん、ちょっと用事思い出しちゃって早く来たんだ」

 苦い笑いして答える空波を見ながら申し訳なくなった。

 「用事があるなら俺を放っておいて、学校に行ってもよかったのに」

 「ううん違うの。せいじに用事があるの」

 俺?……思い当たりがない。

 ふと空波に目を移すと、カバンからゲームソフトを取り出していた。

 「これ、ずっと借りてたからさそろそろ返さなきゃって思って。」

 彼女が差し出したのはゲームソフトだった。

 タイトルは『Night Of Generalナイトオブジェネラル

 先月発売され、かなりヒットしたアクションゲームである。ヨーロッパ某所で起きた戦争を舞台に戦火に見舞われた国の大統領である主人公が生き残りをかけて亡命するという話だ。

 ……だったはずだ。

 というのは、そもそも俺はこのゲームを彼女に貸した覚えがない。さらにそのゲーム自体も買っていないはずだ。

 俺の頭の中の疑問に横槍を入れるように彼女の声が聞こえた。

 「おーい、せいじぃ。起きてる?」

 若干背伸びをしながら俺の顔の前で手を振っている姿が見えた。少しかわいいのはさておいて、思ったことを正直に口に出す。

 「なあ……これって、俺のじゃないぞ」


 数秒間、頭にはてなマークの出た彼女を見て、それはこっちがしたい顔だと思った。

 二人は自分たちの疑問を落ち着かせるために数秒固まっていたが、先に彼女が口を開いた。

 「えっ、そんなことないでしょ。先月の半ばに、クリアしたから貸してあげるって言って貸してくれたんだよ?」

 そう不安交じりの顔で答えると片手で口を覆い動揺を見せた。

 

 確かに、俺はそれなりにゲームソフトを持っているので空波によく貸すが、記憶のどこを探してもやはり貸した記憶も買った覚えがなかった。

 「げ、ゲーマーならみんな持ってる話題作じゃないの?」

 彼女は少し冗談交じりにありもしないことを言った。

 そういえばこいつは変な冗談をたまに言って、俺を混乱させることがある。

 ただそういうときは後腐れのないジョークを吹っかけるので俺も笑えるのだが、今回の場合は半笑いにしかならなかった。

 それに俺はそれほどゲーマーじゃねえ。それにこのゲームは……。

 「あのな、俺は少し人よりゲームが好きな人間であるけれどもな、外国産で英語表記のゲームはさすがに手はつけないぞ」

 付け加えるなら

 「俺の英語のテスト点数知ってるだろ?」

 

 インターネットの情報だが、この『ナイトオブジェネラル』は北米限定で売り出された物が、海外ファンの中で人気になり海を越えて日本でも話題になったらしい。それが先月のはじめだった。

 ただ、入手ルートは限られており未だに日本版は発売されていない。

 残る入手方法は北米版をネットショッピングで買うということだが、先ほど述べた通り俺は英語がそれほど得意ではない。

 興味のあるゲームでもムービーなどの字幕が英語表記だと自分がこのゲームで一体何の目的を目指し、プレイしいるのかがわからなくなるため手は出さない。というか出せない。

 だが買うの予定がなかったはずのソフトがなぜそこにあるのか、全くの謎だった。

 

 少し考えてみたが、やはり彼女と俺のやり取りの中に貸し借りの記憶は存在しないという結論に達した。

 では、そのソフトをどうしようか。 

「とりあえず、俺は身に覚えがないけど………預かろうか?」

 いくら悩んでも今のところは解決しないのでとりあえずそう口に出した。

 正直言って、問題がないのに答えを解きなさいと言われているよな不気味さはあったが、それは彼女も同じだと思った。

 「本当に知らないの……?」

 彼女は、申し訳なさそうにしていた。

 あたりまえだ、俺から見れば疑問を押し付けるような行為を彼女はした。そのことが、彼女自身からして正しいことを行っているように見えても、結果がそれを否定しているのだから、引け目を感じてしまうのも無理はない。

 「ああ、俺は知らない。だけど空波が怖いって思うなら俺が預かっとくよ」

 申し訳なさそうな顔がすこし明るくなった。

 ゲームソフト一つで責任の押し付け合いしていても下らないと思った。そのゲームの出処がどこであれ、俺や空波の記憶になんらかの齟齬が発生していたとしても、ゲームソフトを持っていて、一方的に自分を疑わないといけなくなった彼女に対しての被害は俺のそれを越していたと思うからだ。

 ならば俺がこいつの不安をすこしでも軽くしてやらなければと思った。それにこいつに、不安そうな顔をして欲しくない。

 「わかった、今のところはせいじに預けとくよ」

 こいつの緊張がほぐれたようだ。空波はすこし気の毒そうな苦笑いをしそう言った。

 しかしまたすぐに、こいつの顔が申し訳なさそうな顔に……というか何かを頼みたいという顔になる。

 まだ不安なことがあるのか?と疑問に思った瞬間同時に彼女が口を開いた。

「それでさ、このソフトをせいじの家で預かってもらえるかな」

 その瞬間彼女が、今日早くに俺の家へ来た理由がわかった気がした。俺の家に一度このソフトを置いてきて欲しいらしい。

 納得しかけたが、もう一つの疑問が出てきた。

 それなら、別に登校している時に俺に渡せば、カバンの中に入れるだけで済んでしまうはなしではないか?

 その旨を伝えると、 

 「それはね、ほら最近学校で抜き打ちの持ち物検査があったりするでしょ?」

 と言われすぐにその疑問を解決することができた。

 

 私立戸路川高校とじがわ、俺と、空波が通っている高校だ。偏差値は中の中プラスあたり。進学と就職の比率が五分五分というような高校である。しかし運動部が地元では強いと評判で野球選手やサッカー選手、陸上選手から水泳選手まで様々な人材を全国へと輩出している。ただし各分野、片手の指で数えられるほどだが。

 しかしその俺たちが通う高校で先週事件が起こった。

 それは校内では「切れるナイフ事件」と呼ばれている事件だ。

 細部は不明だが、ある生徒が校内でナイフを手に暴れまわったそうだ。授業中突然立ち上がり、ポケットにしまいこんでいたナイフを振り回し、けが人を出した。その後その生徒は、丁度その授業を担当していた教師に取り押さえられる。しかしけが人を出してしまったとして……まあ出さなくてもだがその学生は警察へと連れて行かれた。

 大雑把な内容ではあるがこの傷害事件で学校は、持ち物検査を行うことにしたというわけだ。学校に不要なものを持ってきてはいけないというそれだが、それを行ったことで先日はマンガやゲームなどを押収された生徒が出てきた。

 高校生ともなれば、話題のものを共有したくなるはずだ。だが結果的にその傷害事件のあとに始まった持ち物検査で不要なものとして学校側に認定されてしまった。

 まあ当たり前のことだが。

 

 「じゃあ、俺の部屋に置きに行くから待ってて。すぐ戻るから」

 そう言って、彼女を残し素早く玄関を開けた。

再び家に入った俺は、ゲームを置きに自分の部屋へと向かう。

 にしても、切れるナイフ事件にしてもこのゲームソフトにしてもおかしなことって身近に起こるものなんだなと思った。だが今回のソフトの件でホッとしたことがある。

 それは切れるナイフ事件は下手したら人が死んでいてしまっていたということだ。それに比べれば、今手に持っているこれに関しては、ホラー的な怖さはあるが人の命は直接関わるものではなかったということで安心することができる。

 もしもだがこのゲームソフトにそのナイフのような脅威があったとして、もし空波が傷つくようなことがあれば俺は辛い。

 できれば、どちらかの思い過ごしであって欲しいと思いながら、俺は部屋の扉を開けた。綺麗に棚に収納された本とゲームの部屋の、一番奥である窓側へと歩いて行く。

 そしてそこにある机に俺は『ナイトオブジェネラル』を置いた。

 

 玄関を出てから、空波に謝られた。

 そもそも、私がこんなソフト持ってきたからせいじにも変な気遣わせちゃったね。ということらしい。

 「おいおい、待ってくれ。別に悪気があって、俺にこれを持ってきたわけじゃないだろ。もしかしたら、俺はこのソフトを実は買っていて空波に預けたあと頭を打って記憶を失ってしまった。という可能性もあるかもしれないだろ。」

 そう俺は言う。

 「そんなぶっ飛んだ設定あるわけないよ」

 空波が笑い混じりでいうと

 「でもそれだったら、私もこれを購入していてその後頭をどこかに打ち付けてしまった可能性もあるんじゃ……」

 と顎に手をあて真面目に考察するような素振りを見せた。

 まあ冗談でやってる部分もあるんだろうが、冗談を見せてくれるようになればもう安心だ。

 俺は笑みを見せ、

 「このゲームソフトの件は今の所どうにもならないけど、もし何かわかったら教えてくれ」

 と短くまとめた。

 

 「せいじも何かわかったら教えてね」

 「わかった」

 という会話の後、思い出したように現在の時刻をみた空波によって、少し急がなければ学校に遅刻してしまうことに気づいた。

 ものの数分間での出来事のように感じたが、両者考え込む時間が多かったらしく、かなりの時間が経っていたらしい。

 俺たちは、ゲームソフトのことを頭の隅で考えながらも、とりあえず急げということで、小走りで学校への道を進んだ。

 肌寒いのは変わらなかったが、先ほど考えを巡らしたおかげか、体は少し暖かくなっていた。それに加え、小走りで進むものだから学校に着く頃には体の体温は暑いくらい火照っていた。

 「じゃあまたな」

 「うん」

 空波と短い会話を交わし俺たちは別々の教室へと向かった。

 

 まあ気になることは山積みだが、授業中にでも考えるか……ということで一旦、頭の隅に保存し俺の学校での一日が始まった。
























 二   侵食

 

 「っていう話なんだけどお前はどう思う?」

 教室で昼ごはんを食べながら朝あった出来事を机の向かい側にいる、メガネをかけた男子に問いかける。 

「お前、頭おかしいじゃないのか」

 一蹴された。

 こいつはたまにムカつくことを平気で言う俺の同級生、里見敬一さとみけいいち

 一言でこいつの性格を言うなら理論派のアホメガネ。この世の全てをゲームと解釈し、「人生はゲームで成り立っている」と言っているようなちょっとやばいやつだ。毎度のことだが、こいつはテストがあるたびに、念密な計画を立て、ヤマを張り最小の努力でいい成績をとろうとする。しかし、毎度長い時間をヤマ当てに費やすため、結果は散々な場合が多い。

 何か失敗すると「攻略不足だった」がお決まりのパターンだ。

 「お前は、俺がバカだって言いたいのか?」

 少し三白眼気味になりながらむすっとした表情で不満を言う。

 「うん。お前がバカなだけで、ソラナミさんは悪くない。」

 コンビニで買ったであろうパンをほう張りながら里見が言う。

 「じゃあ、なんで空波は『ナイトオブジェネラル』を持っていたんだよ?」

 俺は、少し悪態をつくような言い方で、里見の方を見る。

 すると、こいつは右手を顔にあてクックックと笑い出した。

 俺が汚いものを見るような目で見ていると、こいつは口を開いた。

 「セイジ、お前にこれから俺の推理を披露してやろう」

 「推理?なにかわかったのか」

 こいつの上から目線な口調はさておき、それは普通に気になった。

 肝心の推理力がこいつにあるのか不安だったが、今はどんな答えでも頭の中の霧をなくしスッキリさせたかった。朝の出来事から、ずっと授業中考え込んでいたが明白な答えは出てこず、疑問が頭の中を占領していたからだ。

 だから今はささいなものでもいいから、里見に朝あったことを話し、考えを言ってもらいたかった。

 

 「攻略は完了した」

 里見は静かにそう言うと顔に当てていた右手を下ろした。

 「はいはい……じゃあその推理とやらを聞かせてくれよ」

 里見のにやりとした目を見る。

 「フフッ……よかろう」

 俺は固唾を飲んだ。

 「まず、お前は勘違いをしている」

 「勘違い?」

 俺の認識に間違いがあったのだろうか。というか何を勘違いしていたのか……。

 里見は俺にドヤ顔を見せつなが続ける。

 「なあセイジ、日本に住みながら『ナイトオブジェネラル』を手に入れるには、どんな方法があるんだったけか?」

 こいつは答えを知っており、あえて俺に質問をしているのがわかった。なんとももどかしいことか。

 「なあって、そんなの一つしかないだろ。ネットショップで取り寄せなければ日本では手に入らないだろ」

 それしかないはずだ。

 「いいや、『ナイトオブジェネラル』はネットを介さずとも手に入る」

 こいつは即座にそう言った。

 「……どういうことだ?」

 考えをを否定されたような感覚に陥り、一瞬頭が空っぽになった。

 俺の、多分間抜けな表情を見ながら里見はつづけた。

 「ちょっと考えればすぐわかることさ、特にお前以上にゲームに詳しいオレにとってはな」

 そうだ、こいつは俺に比べると遥かにゲーム好きである。俺はゲーマーではないがこいつは本物のゲーマーと言ってもいいだろう。現実のテストなどではすこぶる空回りのこいつだがテレビやネットゲームとなると、如何ない才能を発揮する。

 ある世界的に有名なインターネットFPSゲームで常にキルランキング上位入りしている日本人がいる。名前を『K1』といいそのゲーム界隈で名前を出せば崇める声ばかり聞こえてくる超有名人である。

 そしてそれが今、目の前にいる里見敬一のことである。

 過信しているつもりはないが、こいつのゲームたぐいの話はすでにスペシャリストの範疇なので確実な結論を期待していいだろう。

 俺は、早く答えが聞きたくてこいつを急かした。

 「もしかして、他の入手ルートがあるのか?」

 「ああ、もちろんさ」

 自信たっぷりの顔と声のトーンを聞いて俺は生暖かい表情になったが話を進めてもらう。

 「で、それは一体なんなんだよ?」

 はやく聞かせろ。

 

 そんな表情を読み取ったのか、里見もわかったわかった、というような顔でようやく答えの核心を話し始めた。

 「例えばセイジが言ったように『ナイトオブジェネラル』を買うためにネットショップを利用し購入したプレイヤーがいたとする」

 「ああ」

 「別にここまでは間違っていない。問題はここからだ」

 ここまでは間違っていないとして、他にどんな入手ルートがあるんだ……と思ったが、以外にも里見の次の言葉でようやく謎が解けることになる。

 「もし、そのプレイヤーがそのゲームを飽きるほどやったとしたらその後どうすると思う」

 絡まった糸が解けるように頭の霧が晴れてゆく感覚がした。

 そうか……考えてみれば、それしかない。俺は、『ナイトオブジェネラル』を一から手に入れる方法ばかりを考えていたから、それを手に入れた後のことを頭から除外していたことに気づいた。

 

 「つまり、中古か」

 里見は、先に答えを言われたことを気にしない様子で俺の答えに同調するようニヤリと笑った。

 「そうだ、『ナイトオブジェネラル』は日本に居ながら、そしてネットを介さずともゲーム販売店で入手は可能なんだ」

 俺は素直に感心した。たった数分俺の話を聞いただけで、俺の思いもよらなかったゲームソフトの入手ルートを探り当てるとは……。

 里見はこちらを見つめながら、そしてここからが本番だと言いたげな表情でこちらを見ている。

 分かってる。その次が聞きたいんだ。

 俺の勘違いが、『ナイトオブジェネラル』の入手ルートの見落としだったとしても、今朝まで空波が所持していたそれを中古品だと断定するには至らない。

 すると里見は、空波の持っていた『ナイトオブジェネラル』がいかにも中古品だとでも言うように話を進めている

 更にこの話を始める前、里見は「ソラナミさんは悪くない」と言っていた。とすると、誰かが俺と空波の間に介入しこのような事件を起こしたのではないかと考えられる。

 里見が口を開いた。

 「さて、なぜセイジの買う予定もなかった『ナイトオブジェネラル』がソラナミさんのもとにあり、それをお前が貸していた物だと勘違いしていたのか」

 俺は黙って真相を待つ。その瞬間だった。

 ドスッ

 まるで、ナイフが刺さったかのような音が里見の背中から聞こえてきた。

 歪んだ顔をした里見の後ろ側には、よく知るクラスメイトが立っていた。

 

 まるで、一瞬にして夢から覚めてしまったような感覚だった、俺は寝言のようにつぶやいた。

 「達元……?」

 そう呼ばれた、女子は背中までかかるほどの髪を手でとかしながら、光の差す余地もないような黒い目をこちらに向け、狂ったように笑い始めた。

 「あはははははははははははははあっはははははははあっはははっははははあああああはははああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああァアァアアァァアァアァ!」

 彼女の笑い声がただの叫び声に変わる瞬間、教室はパニックと化した。

 大勢の悲鳴、俺と里見の席から離れる者、隣の教室に逃げる者、教師を呼びに行く者、近くにあった掃除用のホウキを構え牽制しようとする者。その全てが俺の目の前にいる、達元奏たつもとかなでに恐怖していた。

 俺は、普通の物より二倍ほど大きさのナイフを持った彼女見たまま固まってしまった。

 切れるナイフ事件のことが頭によぎったがそれは一瞬だった。

 彼女から逃げなくては。自分の中の生命本能が叫んだ。

 が、目の前に倒れている里見を見るとを放っては置けなかった。

 彼は机から崩れ落ち床にうつ伏せ倒れており、言葉を発することはできず今にも途切れてしまいそうな息しかできていないのがわかった。

 周りには血の海ができ始め生死に関わる重傷を負っていることがわかった。

「こっちみてよ」

 グサッ……

 俺の胸にナイフが突き刺さった。

 達元は相変わらず、真っ暗な瞳を向けながらこちらを向いて笑っていた。

 意識はあったが、体に力が入らない状態のまま、その数秒後に彼女がナイフを引き抜いた。   

 その瞬間いままで経験したことのないような痛みが走り、俺は意識を失った。













三   逆流

 

 十月二十日、本格的な冬の到来まであとわずかという頃、肌寒い部屋の中で俺は目覚めた。

 ベッドの上で肩からずり落ちそうになる毛布を手で止めながら壁に掛けているアナログ時計を見る。

 時計は『午前五時五十分』を指し、二度寝はできない時間だということを教えてくれる。

 「あぁ……朝か」

 落胆と納得を含んだ苦言を発し、目を覚ますように自己暗示をかけた。

 俺はゆっくりとベッドから降りて床に落ちている上着を羽織り、それから部屋を出ようと扉の前まで歩いて行く。

 冷えた体が、朝食を求めるように部屋の外へ急かした。

 

 そして、俺はカレンダーが画鋲で止められている扉を開け部屋を後にした。

 

朝食を済ませ幼馴染の国本空波と一緒に学校へ向う途中、彼女が俺の顔色の悪さを心配してきた。

 「せいじ大丈夫?顔真っ青だよ……もしかして熱なんじゃ」

 「熱はない……」

 即座に否定したが、顔色に出てしまうほどだとは思っても見なかった。

 「じゃあどうして夕方クインステッドのシャプーくんみたいな顔なのさ」

 「懐かしすぎる……」

 俺は、小学生の頃にやっていた幼児向け教育番組に出てくる青い顔をしたキャラクターに例えられたことで、それほど自分が酷い顔などだと自覚した。

 

 俺の顔が真っ青だったのは今朝見た夢が原因だった。

 ひどい夢だった。

 クラスメイトの、達元奏がいきなり、俺の友人である里見敬一を大きなナイフで刺したのだ。

 パニックになる教室、広がる血。何が起こったのかわからず立ち尽くす俺に間髪入れずに達元奏がナイフを突き刺し俺の命をうばった。

そんな最悪な夢だ。さらに最悪なのは、夢だったのにに今でも鮮明に思い出せるほどリアルだったということだ。

 「ははは……散々だったね」

 夢の内容を空波に話すと、乾いた笑いをした。

 「ああ散々だった……」

 と覇気のこもっていないおうむ返しを俺はする。

 すると彼女は本気で心配したのか泣きじゃくる子供をあやすように、元気の出ない俺の背中をポンポンと二回叩く。

 いきなりこんなことをするなんて珍しい……そして恥ずかしい。

 「……な、慰めてるのはわかるけどちょっと恥ずかしいっす空波さん」

 「ま、まあ?大切な友人が悩んでるときに慰められない友達は友達失格っすよ、せいじさん」

 呼応して彼女も恥ずかしそうに答えた。それから、数秒その言葉を噛みしめるように黙った後、彼女が言った。

 「でも無理はだめだよ」

 優しく、そして大切なものを失いたくないかのように呟いた。

 

 高校の正門をくぐる頃には俺は元気を取り戻していた。

 空波に優しく背中を叩かれたことからか俺の気分は朝より調子がよかった。

 

 「じゃあまたね」

 下駄箱の前で彼女は言った。

 「ああ、なあ空波」

 「ん?」

 俺は彼女に慰めてもらったことについての感謝を言った。

 「ありがとな」

 すると

 「いつまでも女々しいぞー、少年」

 と返された。あたりまえだ、男が女の子に悩み事を聞いてもらうというのは今考えてみたら気恥ずかしいものがある。

 俺が、恥ずかしさで次の言葉に迷っていると

 「ふふっ、元気がでてよかった」

 と空波が笑顔で言った。

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