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19××年 ○月◇日

19××年。○月◇日。


死を神に感謝する私はなんと罰当たりなのでしょうか。

そして、なんと素直なのでしょう――


男という男すべてが戦場に刈りだされた閑散とした町に私と少年がたどり着いたとき、すでに少年の母親は神の御許へと召されていた。

人目も憚らず号泣する少年の後ろで所在なげに私は立っている。

かなり居心地が悪い。

見知らぬ人であれ、初対面が死体というのはちょっとご遠慮願いたい。

まぁ、自分の手術で死なれるよりはましなのだがやはりこれはなんというか…うーん…。

と悩みつつも、私は神様に感謝せずにはおれなかった。

彼女の死を。

最悪最低のシスターだと自分でも思うが、もし彼女がかろうじで生きていたらどうしろというのだろうか。

本当に手術なんかをやらされていたかもしれない。

人殺しの烙印を押されるのはごめんだ。

良心が咎めないわけじゃない。自己嫌悪しないわけでもない。心が痛まないわけでもない。

それでも神様に感謝せずにはいられない自分がいるのも本当。

あぁ、なんて素直なんでしょうわたくしは!

なんて、言ってみたり。

結構虚しかった。かなり滑稽だった。

馬鹿馬鹿しくなって、なんとなくボロボロになった尼服を見下ろす。

ところどころが焦げ、泥がこびりつき、破れ、すでにただの黒い服と化していた。

まぁ、それでも隠すという意味での服としては何とか機能してくれているので文句は言わない。

あの少年に服を貸してもらうように頼むことも考えたが、さすがに今のタイミングではちょっと……。

まぁ、そんなわけで私はこのあばら家といっても差し支えのないような家の一角に佇んでいるのだ。

少年は一向に泣き止む気配を見せない。

嗚咽に震える背中が声をかけられることを拒み、泣き声が私のなけなしの良心を責め立てる。

あの少年は私になにを期待しているのだろうか。

生き返らせてくれるとでも思っているのだろうか。

「いやいや、まさかそこまで常識飛んでないって…」

自分の考えに小声で突っ込みを入れてみたり。

あぅ、なんかものすごく自分が馬鹿みたい。

いや、実際馬鹿なんだけど。自分がこんな状況に陥ってることを考えると。うん。

…………。

果てしなく居心地が悪い。

とうとう耐え切れなくなった私は、できるだけ物音を立てずにすり足で部屋を出た。

ほぅっと大きく息を吐き一息。

どんよりと死の気配が濃密な少年の家は、私がいた教会よりも空気が濁っていた。

1人の死と何百人の死。

死が濃密であるべきは後者のはずなのに、少年の母の死のほうが私には耐えられないほどの濃密な死を内包していた。

それはきっと――

「シスター」

「のおぅわっ!?は、はい、なんでしょう?」

「あのさ……、葬式ってどうすればいいんだ?」

「は?……あ、あぁ、葬式、お葬式ですか」

そういえば戦争が始まってからというもの、葬儀なんてことは一度もしてないなと今更ながらに思う。

人が死すれば、遺ったものたちが弔ってやるのは当然であるはずなのに。

あまりにも死が溢れていて、当たり前になっていたので思い至りもしなかった。

自分たちはただゴミを捨てるように、機械的に死体を埋めることしかしていない。

故に、私はお葬式の手順をすっかり忘れて…、え、ちょ、マジですか。これはシスターとして何気にやばいんじゃ!?

え、あれー、どうしてでしょう。何が起こったのでしょう、私の脳ミソに。

とりあえず思い出せ私の脳ミソ。

憐れな少年に懇願されて「できませんでした。てへっ☆」じゃあ、笑えない。てか、撃たれる。この少年に確実に撃たれるっ。

ってことは、私の命は葬式を遂行できるか否か!?嫌だ…。そんなの哀しすぎる……っ!

テンパッた私の頭がぐるぐると途方もなくくだらない思考の渦に埋もれていく。

頭を抱えうわーっと錯乱しだした私に、少年が驚いたように尼服の裾を引っ張った。

「お、おい、シスター?病気なのか?」

「びょ、病気のほうがまだマシかも……って、じゃなくて。えーっと、葬式でしたねお葬式。ハイ。えーっとですね、まずは聖水と塩で身を清めて、こう踊……」

どこかの民族に伝わっていそうな踊りを披露しかけた私は、はたと我に返り今の自分の姿を見下ろししばし呆然と固まった。

あれ、これって悪魔祓いですよね? 死者の弔いじゃないですよね?

「………………」

少年と妙な位置に手を上げて固まっている私との間に流れる時間が止まる。

ヒョウと妙に冷たい風が私と彼の間を通り抜けた。

そこかしこの開け放たれた雨戸がバタバタと音と立てる。

ちょっとしたゴーストタウンに迷い込んだ気分だ。

ちゃんと死体もあるし。てか、人が1人もいないのは何故!?

なんかもう思考が飛び石になってるけれどそれは私が錯乱しているから!

うん、よし、オーケィ。錯乱していると自覚している私はまだ正気。よし。大丈夫だ。

「うん、私は正常」

「はぁ?」

「あ、いや、えっと、なんでもないなんでもない!うん、えーっと、葬送について、ね。葬送……」

……………とりあえず埋めちまえばこっちのもんだな。うん。

最終的には埋めるもんだし。後は聖歌とか適当に歌ってれば、よし、これでいこう。

所詮、この少年に正式な弔いの儀がわかるわけでもないんだし。大体根本的に役者不足なんだって。

うん、仕方ない仕方ない。そういうことにしておこう。

「少年、とりあえ、じゃない。お母さんを埋葬してあげようか」

にーっこりとシスタースマイル。

不安と期待とを9:1くらいの割合で織り交ぜた目で私を見ていた少年は、こくんと頷いた。

ほっと一息吐き、少年の後に続いて私も家屋に入る。

その途中で、私はそっと十字をきった。

神様、どうか少年のお母様の魂をちゃんと御許に召してやってください。





化けて出られるのはごめんですからっ!!


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