19××年 ○月◎日
19××年 ○月◎日
「19××年 某月某日。私は何をどう間違ったか戦場のど真ん中に立っています」
発砲音やら爆音やら悲鳴やら怒号やら懇願やら悲嘆やらの鼓膜が吹っ飛びそうなほどの轟音の嵐の中。
私は医療道具が一式入った箱を抱え、リポーター風味に言ってみた。
意味はない。
もちろん聞く人もいない。
てか、近くにい人はいない。人は在るけど死体ばかりだし。
生きてる人がいたら確実に死んでますから、はい。
戦場に出てきたばかりの今の私にわかることは3つ。
1つ。行くあてがない。
2つ。修道院に戻ることはできない。
3つ。命はない。
どうしようもなくなって、私は思い浮かんだ言葉を呟いてみた。
「吾輩は猫である。名前はまだない」
錯乱している。それもかなり重症。でもそう判断できるだけ自分はまだ正常。うん。
しかし、なんでまた「ない」繋がりでなんでこんな言葉が出てくるのやら…。
きっと一度も名前を名乗っていないせいね。ふふふ・・・。
名乗るつもりはないけど。無意味だし。誰も聞いてないし。
あるのは数メートル後方で燃え盛るジープのみ。
中には焼死体があるのだろうが、否ある。
なぜなら、先ほど――といってももう数時間前だけど――まで私と仲間が乗っていたのだから。
何故あんな悲惨なことになっているのかというと、見事にクリティカルに地雷を踏んで吹っ飛んだのだ。
扉側に座っていた私が生き延びれたのは奇跡かもしれない。
だからといって神様に感謝しようなんて気は一ミリグラムもないが。
寧ろ恨むぜ、神様。
だって、あの場で死んだほうが絶対に楽だったのだから。
「だああああーッ!どうにかしやがれこの腐れやろう!」
誰がこの腐れ野郎なのかはあえて伏せておく。
言ったらてんば…じゃない、お仕置きが……雷が……ッ。怖ッ!
なんにせよ、こんなところで何時間も突っ立っていて私は錯乱するくらいに疲れている。
「だいたい、修道院で馬車馬の如く働かせられて用なしになったら戦場へポイって、私は使い捨て乾電池か馬鹿野郎!」
口汚く罵ってみたが返事はもとより木霊すら返ってこない。
全部全部遠くのほうで聞こえる戦場に吸い込まれてしまう。
あぁ、お母様お父様お兄様、私はここまでのようです。
清廉潔白、清く正しい人生を送ってきたこの18年間はなんだったのでしょうか。
18年の結晶の言葉が上のような言葉だなんて信じたくありません。
あぁ、どうしてこんなことに……ッ!
「手を上げろ、シスター」
なんとなく悲劇のヒロインの気分に浸っていた私に、背後から鋭い声がかかった。
同時に、小さな硬い塊が背中に当たる感触。
恐る恐る振り向こうとすると途端に制止の声が飛んでくる。
「動くなッ!ゆっくり手を上げろ」
「いやいや、それ矛と盾ですよ?」
ついつい突っ込んでしまう。しかも遠回りに。
頭が大分錯乱しているらしい。
後ろの人物が微妙に動揺する。
「う、うるさい!とにかく前を向いたまま手を上げろ!」
撃たれてはたまらないので言われたとおりに手を上げる。
「よし……ん?その手に持ってるものはなんだ?」
「あー、これですか?医療道具ですよ。ただの」
「こっちに寄越せ」
「はいはい」
もう逆らう気力なんて0.00000(以下エンドレス)1も残ってなんかいない。
投げやりに頷いて、箱を素直に手渡す。
「って、おま!何でこっち向いてんだ!!」
驚いたように怒鳴ったのは、まだ年齢が2桁になったかなってないかの子供だった。
「いや、だって、手渡すためには、ねぇ?」
「く……ッ!もういい!これは貰うからなッ!」
銃口を私に突きつけたまま、箱だけ引ったくりゆっくりと後ずさる。
なんとなく幼いころに見つけた野良猫に似ていた。
思わず思い出して笑みを浮かべてしまう。
「な、なんだっ!」
丸腰の私に対して、必要以上におびえた少年の声。
忘れていたが此処は戦場なのだ。
出会う奴はみんな敵。
なんだか頭の99%の思考回路が停止していてまともに物を考えられない。
「君」
「な、なんだ!」
「ここら辺に住むとこあるの?」
「……………ある」
「案内してくれないかな?」
「なんで!」
「いやだって、行く当てないし……ね?人助けだと思って!大体その箱もって行っても私がいないと治療できないよ?」
後半は嘘。
別に特別な医療機器が入っているわけでもないし、
私が天才的な医療技術を持っているわけでもない。
だが、少年の顔色は傍目にもわかるほどにさっと青ざめた。
「そ、そんな……!だ、だって!なぁ、シスター!母ちゃん助けてよ…!腹に穴が開いて死にそうなんだ!頼むよ……ッ」
いきなり泣きつかれてしまった。
って、ちょ、え。待て待て待て。お腹に穴?被弾?いやいやいや、私には手術なんて高度なことは・・・!
ぎゅうっと少年が私のスカートの裾をつかんで引っ張る。
ちょ、わ、これってもしかしてもしかしなくても墓穴!?
「なぁ、シスター!御礼はするからさ!お願いだよ!!!」
「え、えーっと……そ、そうですねぇ……」
虚ろに目を泳がせ、あからさまに逃げ腰の私。
しかし少年はそんなことに気づいた様子もなく、スカートの裾を引っ張って必死に懇願してくる。
「頼むよシスター!」
こんないたいけな子供に泣き疲れると弱い。
私はぽんと子供の頭に手をのせ、シスターらしく微笑んで見せた。
大丈夫。たぶん頬は引きつっていない。たぶん・・・。うん・・・。
「わかりました。連れて行ってください」
「あ、ありがとうシスターッ!!こっちなんだ、早く!」
ぐいっと手を引っ張られ走らされる。
久々に走る上にこんな荒地なので、何度か足がもつれて転びそうになった。
少年の小さな背中を見ながら私は懇願する。
あぁ、どうか神のご加護がありますように……ッ!!
ひどく急ですがここより最終章です




