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ふわふわな夜   作者: R-アール-
1/1

~WHISPER TO~

プロローグ) 【~いつの日か あなたのいない時間をこえて~】


 もし、僕に時間を操れたら・・・


 僕は、あなたの時間を止めて、自分の時間を人より早く進める

 そして、次にあなたの前に姿を現した時、ただ驚くだけのあなたにこう言うんだ “やっと、追いついたよ”って

その時、あなたはどんなことを思うのかな? きっと、うれしく思ってくれるよね

僕は、いつも側にいるよ そして、いつも見守っている

 だって、あなたのことが大好きだから  

少しの間、僕が成長する間、会えなくなるけどいいよね

 大丈夫、寂しくないよ あなたは眠っているだけでいいんだから

次に目を開けた時には、僕はちゃんと側にいるんだから

だから安心してよね、お母さん・・・



1)【1:53  Fri/1996.4.21】


ラジオから、何年か前にヒットして、しかしこれからというところで消えてしまった黒人バンドのバラードが流れてきた。 

 しっとりとした女性ボーカルの声が、部屋により一層の静寂を与えた。

 琴乃ことのは、冷たい机の上に頬をつける。そっと目を閉じ、おぼろげに覚えていたその歌のサビを小さく口ずさんだ。


 #・ ・ ・ he has deprived me of love. so I would fly at his approach. I will be oblige to you, when I have gone ・ ・ ・#


 ────すべてが終わる時に、誰かに"ありがとう"なんて言えるはずがないのに・・・

 でも、もしそんな人に出逢えたなら、その時は死んでも良いと想えるだろうか

 そんな has deprived me of love・・・(私の心を奪う)ような人に出逢えたら・・・


 琴乃はふと目の前にある時計の針に目をやった。

 NTTでは午前2時の時報が今まさに行われようとしている時だろう。 すべては今、始まりそして、終わる。いつもだったら、単純にそう感じていただろう。しかし、今日の琴乃は少し違っていた。


 ────この不可解な想いはたぶん終わりがないに違いない。

 どうしてそう感じるのかは分からないけど、でも、それでいいんだと思う。それが自然であり、それが今と、そして過去なのだから、未来は違って。

 そう、未来は全く別物なのだ。なぜって・・・なぜならそれは、人間は結果でしか自然を、人間を感じられないのだから。


 琴乃はいつも通り日記帳を開き、いつものペンを手に取った。細身で手にしっくりし、シンプルなデザインと、不思議な光沢と微妙な藍色が品を感じさせる。

 そのペンとはすでに5年の付き合いである。少々、持ち物にこだわらない性格、と言ったら聞こえは良いが、ただあまり物を大切にしない琴乃にとって、これはとても記録的なことであった。

 ただ、このペンはあまり気に入っているわけではない。しかし、不思議なことに、どうしてかそういう物に限ってずっと居座るのである。

 日記帳もまた、琴乃とは長い付き合いであった。こちらの方は3年目である。

 ペラペラと2、3ページをめくると、琴乃は昨日の後に今日の日付と現在の時間を書き込んだ。そして、真っ白な左手の動きを止めたのである。

 ペンはいつの間にかその左手に溶け込んでいるように収まって、主であるその指の命令をきちっと守っていた。

 そして、こちらも同じように真っ白な右手は、ひときわ厚くなっている日記の表紙に指をかけるとゆっくり閉じた。

 これが、一冊の日記帳を3年、使うことができた理由である。その日記帳は、今までのすべてのページにきちっと、その日開いた日付とその時の時間を書き付けてあるだけのものだった。

 琴乃にとっては、この日記帳は今と過去を最も明確に隔てることの出来る、そして最も明確に感じることの出来る"時間"そのものであった。

 

 ────はぁ、寝よ。


 琴乃は、そうしてベットへ向かった。

 8畳のフローリング部屋は、その広さを感じさせない程、所狭しとオブジェが置かれていた。ただオブジェとは本人が思っているだけの、そのジャンルに値するかどうかやこの空間レイアウトの芸術性も含め、なかなか他人に理解してもらえなかった。


"今夜は変な感じ・・・落ち着かないなぁ"


 その疑問の答えに気づいたのは琴乃が羽毛布団に潜った時だった。

 机から一番離れた隅に追いやられた木製ベットと気味の悪いほど軽い羽毛布団を琴乃は気に入っていた。

 先ほどから、悩みに悩んだこの疑問の答えがはっきりしたのである。それは、あまりにも近くにありすぎて、逆に気づき難いという、まさに自然の法則にのっとった現象であった。

 そう、それはふと気づくと流れているラジオ番組、 

   "A Pirate Edition Of The F.M Program ☆ WHISPER TO …" 

での詩が、どこか琴乃の心に引っかかっていたからであった。


 ────すっきりして良かった。で、引っかかってたフレーズって何だったっけ?えーと確か、お母さんがどうとか・・・まぁ、いいか。



2)【2:30  Fri/1996.4.21】


「もしもし、駿郎か。私だ。明日会えないか?夕飯でも食おう。」

 「そちらから電話してくるなんてめずらしい。どうしたんですか、突然。まして、一緒に夕飯でもなんてあなたらしくない。そんな父親のようなことを。」

 「いや何・・・ちょっとお前に会ってもらいたい人がいるんだ。」

 「会ってもらいたい人?僕に?誰ですか。」

「うん、その時に紹介する。とりあえず、夕方6時に迎えをやるから。家にいろ。」

 「そうですよ。それでないとあなたらしくない。いつも僕の意見なんてどうでもよくて、そちらの都合で決めてしまう。そうでないとね。分かりました。6時にお待ちしています。それじゃ。」

 駿郎は、受話器を持ったまま考え込んでいた。

 【あれは、明らかにいつもの父ではない。いつものような人を人とは思わない態度で、自分に絶対的な自信を持ち、すべてを思い通りに動かせると思っているあの人では・・・何があったんだろう。僕に紹介したい人なんて初めてだ】

 駿郎は、受話器を持ったまま硬直している事に気づき、父のことでこ

んなに悩んでいる自分に嘲笑した。 

 【どうでも良いことなのに、あの人の事なんて。そう、僕には関係ないことだ。あの人が僕を関係ないモノとして処理するように・・・。】

  

“・・・あなたは誰のために生きているの?・・・あなたは誰を見守っているの?・・・あなたは誰が必要なのですか?”

 

 ふと、ついさっきまで聞いていたラジオのフレーズを思い出した。

 【なぜかこの言葉が頭から離れない】

 俊郎はもう一度、今度は声にして呟いた。


  “・・・あなたは誰のために生きているの?・・・あなたは誰を見守っているの?・・・あなたは誰が必要なのですか?” 

 

 【"A Pirate Edition Of The F.M Program ☆ WHISPER TO …"だったっけ。“あなたは・・・?”か。僕には誰もいないな・・・。】


 大学生の部屋とは思えない豪華な2LDKマンションの一室に、駿郎は一人暮らしをしていた。

 その内装はというと一口で"機械"としか表現しようがないほど機械だらけだった。大小さまざまな鉄の固まりが、自分の役割を果たすべくその部屋に平然と置かれていた。その不思議な空間の真ん中で、なぜかシンプルなフォトスタンドだけがひときわ目を引いた。そして、その写真には・・・。

 パチッ

 駿郎は赤く光るひときわ大きなボタンを押すと、その機械の群が一斉にその命の炎を消した。

 シューン・・・

 この静かに響く電源の切れる音が駿郎はとても気に入っていた、というより自分と機械達との関係が気に入っていたのである。

 どこか機械達が再び電源を入れられることを待ち望んでいるかようで、そして、それを駿郎しか叶えてやれないという事実が、駿郎にはこの世における存在理由を与えてくれるように思えたのである。

 駿郎にとって、何事にも代え難い幸福、誰からも与えられなかった自分の居場所を機械達は与えてくれたのだ。


 "誰かにとって自分が必要だと思われる幸福"


 時計の針が、18時を指した時、すでに駿郎は大きめのリュックとコートを手に掛け、外に出るとドアを閉めていた。オートロックの冷たい音が背後で響く。 

 【僕に会わせたい人・・・どうせ再婚とかだろう。勝手にやってくれればいいんだけど】

 駿郎は一度、溜息をつくとゆっくりと廊下を歩き出した。   


 一流ホテルの高級レストランに入っていくと、すぐに豪華な個室に案内された。

 そこには、すでに父がテーブルについていた。その隣には案の定、きれいな女性が座っていた。見た目の年齢は駿郎と変わらないようだった。

 彼女はこちらに気づいてすっと立ち上がると笑顔を見せた。

 「はじめまして」

 父は、座ったままワインを一口飲んで言った。

 「遅かったな。未来の花嫁を待たせるやつがいるか」

 「えっ」

 僕の困惑顔を見て、父はにやけ顔を見せた。

 どうやらむかつく程、上機嫌らしかった。

 「宜しくお願いします。木下ちなみです」

 彼女は否定せず、かわいらしい笑顔のままだった。

 僕は立ち尽くしたまま、はじめて父の無茶に乗ってみるかと思い始めていた。

 

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