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短編集

俺を蹴っ飛ばして見捨てた幼馴染が勇者と結婚するらしいので、ドラゴンに乗って披露宴に参加してみる

作者:瀬戸メグル
『わたし、ぜったいカイと結婚するんだ。ぜったいぜったい』
『じゃあおれは、ぜったいクラシエと結婚する!』
『約束だよっ』
『ああ約束だーっ』

 ――十五年前、幼なじみと交わした約束を頭に思い浮かべながら、今日もカイは仕事である城壁の修復作業にせっせと勤しむ。
 初夏の強烈な日差しが、他の作業者達を容赦なく襲ってはダウンさせていくけれど、カイだけは気力が漲っている。ダウン気味の作業員が思わず声をかけるほどに。

「カイ、お前何歳だっけ」
「今年で二十歳だよ」
「若いから、そんな元気なのかね」
「年は関係ないさ。クラシエに婚約指輪を買うのに、こんなとこでへばってられるか」
「女か。お前、彼女と本当仲いいもんな」
「今年中には結婚するから、式に来てくれよ!」

 カイは働き続けた、誰よりも。夕暮れ時になると、全力ダッシュでトリントの都を駆け抜ける。

「カイーッ! カーーーイーーー!」
「おっと、いたいた」

 道具屋の前で、ライトブラウンの髪をした女性が大きく手を振る。艶のあるロングヘアーに卵形の輪郭、つぶらな瞳と可愛らしい小鼻、そしていつも上向いている口角。
 絶世の美人、と評す者はいなくとも十人中八、九人は可愛いと褒め称える容姿をしている。
 カイはいつも思う。美人は数日で見飽きる……という諺は嘘っぱちだなあと。家が隣同士で、物心ついた時から一緒だったのに日に日に綺麗になるとすら感じる。

「クラシエ、何分待った?」
「え~、私も今来たばかりだよ?」
「嘘だな。その割には呼吸が整い過ぎてる」
「バレたかっ。本当は一時間前から待ってたよ。仕事早く終わっちゃったんだもん」
「待たせてごめんな」
「じゃあねえ、お詫びのキス」

 しょうがねえなーと言いつつ、ノリノリでカイはクラシエに唇を重ねる。他人から見ればバカップルそのものだが、トリントの都ではよく見られる光景故に気にかける者はいない。
 二人で手を繋ぎ、同棲しているカイの自宅へ足を向ける。
 途中、親子連れを羨ましそうに眺めるクラシエに、カイは尋ねる。

「クラシエのお父さん亡くなって、もう一年か」
「うん。カイの両親もいないし、あの家も随分寂しくなっちゃったよね」
「子供の頃はもっと賑やかだったのに、な」
「でも大丈夫! 私とカイとで、賑やかにしていけばいいんだよ」
「それってつまり、子供を……」
「いっぱい欲しいね、可愛い子供」
「作りの練習、今晩いっぱいしよう」

 ふんすか、と鼻息を荒くするカイの頬をクラシエはぎゅぎゅっとつねる。

「もう、昔からエッチなんだから。でもそういうとこも好きだけどね」

 またイチャイチャし出す二人だったが、前方にいる人々が騒ぎ出したのでそちらに注目する。

「あれ、勇者様、か?」
「……うん、でもボロボロ」

 剣を杖代わりにして、今にも倒れそうな様子で辛うじて歩いている、という状態なのだ。
 勇者エルヴィン。まだ弱冠でありながら剣技の天才と謳われ、容貌も良いため、多くの支持を得ている彼が、あそこまでボロボロの姿なのをカイは初めて目にする。

「魔王に、やられたのかな」
「ドラゴン退治にいく、って聞いたよ」
「負けたんだろうか」

 負けた、というカイの言葉に、勇者エルヴィンの耳がピクリと動く。先ほどまでの負け犬もかくやの様子が一変、鬼の如き気迫でカイに迫る。

「オレが負けるわけないだろ! 白竜は確かに予想以上に強く、今回は倒し損ねた。だが、この剣で大きなダメージを与えてやった。次の討伐で、必ずや仕留めてみせる!」
「し、失礼しました」

 勇者を貶すつもりなど毛頭なかったカイは、素直に謝罪する。エルヴィンはしばらくは睨みつけていたが、すぐに隣のクラシエに興味が移ったようだった。

「……お前、名前は?」
「クラシエ、です」
「非常に可愛いな。オレと付き合わないか?」
「えっ!? いえ、私は、この人と付き合っているので……」
「じゃあ別れろ」

 この横暴さには、さすがのカイも黙っていない。そりゃ剣技は勇者に遠く及ばないだろうが、恋人を奪われそうになって黙っているわけにはいかない。

「いい加減にしてくださいよ。いくら勇者様だからって、人の恋人に変なこと言わないでください」
「……ちっ、まあいいや。オレも今日は疲れてるしまた今度な」

 去って行く勇者の背中をカイはしばらく睨みつけたが、クラシエが帰ろうと言うので再び帰路につく。

「びっくりしたよ~。勇者様が遊び人って話、本当だったのね」
「いきなり別れろとか、最悪だな」
「ね~、酷いよね」
「クラシエはその……」
「やめて~。そんなこと聞かなくてもわかるでしょ」

 だ、だよな! とカイは表情を明るくする。一人の男として比較した時、カイとエルヴィンではあまりにも格差がありすぎる。
 だから、ひょっとしたらクラシエも本音では彼の方がいいんじゃないかと不安になってしまったのだ。そしてそれを察したクラシエが、安心させようとカイの背中を優しく撫でる。

「ずっと一緒。そう約束したよね」
「ああ、幸せになろうな」

  ◇ ◆ ◇

 とはいえ、カイの不安が拭えない日々が続いた。
 どうやら勇者エルヴィンは本気でクラシエが気に入ったらしく、彼女の働くパン屋に毎日顔を出していると聞いたからだ。
 毎晩、クラシエが迷惑そうに話す度、カイの胸中でさざ波が起きる。

「また来たのよ~。今日もすごい花束持って。帰ってもらったけど、本当困っちゃった」
「いい加減に、して欲しいな……」
「カイ? 心配しないで? 私なら、花束なんかで心奪われないから」
「あ、ああ」

 しかしエルヴィンが毎日持ってくる花束は非常に貴重なもので、一輪でカイの全財産を上回るほど。
 一度、本気で勇者に話をつけねばと考えてはいたが、不幸にも城壁工事の方が忙しく、なかなか時間を取れない。
 そうこうしている内に、一ヶ月が経過した。
 最近、勇者の話をしなくなったな……? とカイは不思議に思う。また、夜に頻繁に出かけることが多くなった。

「なあクラシエ、最近勇者様は、どうなんだ?」
「……え? えっと、別に、特になにもないよ……」

 目は真っ直ぐに向けられていたが、左手の小指をクネクネと動かしたのをカイは見逃さなかった。同時に、深い絶望にも襲われる。幼い頃からずっと一緒だと、見まいとせずとも相手の癖を見抜いてしまう。
 クラシエは嘘をつくとき、左手の小指を動かすことがあった。

「ごめんねカイ、今日は友達の誕生日なの。行ってくるね」
「……ああ」

 彼女が出て行った室内はやけに静寂に包まれていて、カイは浮かび上がってくる心の声に強制的に向き合わなければならなかった。
 それでも、俺はクラシエを信じる―――

 カイは、締め付けられるような胸を右手で強く握った。

  ◇ ◆ ◇

「ごめんなさい。別れてほしいの」

 それは、休日の昼間にやってきた。
 カイが誘った買い物の最中、街中を通る小川の上にかかる橋の上でのことだった。ここ最近の暗澹たる心持ちを吹き飛ばそうとカイは精一杯明るくしたのだが、朝からクラシエの表情は浮かないまま。
 きっと、朝にはこの言葉を伝えようと決心していたのだろう、とカイは斟酌する。

「……勇者様、なのか」
「私なんかより、カイには絶対いい人が見つかるんじゃないかって、ずっと悩んでたの……」

 嘘だ、と喉まで出かかった言葉をカイは堪え、もう一度尋ねる。

「あんなに、俺のことを愛しているって言ってくれたじゃないか。金や権力には靡かないっても。それなのに、やっぱり勇者様を……選ぶのか」
「選ぶとか、そういうことじゃなくて――」
「――そういうことだって」

 ふいに二人の会話に入ってきたのは、不敵な笑みを携えた勇者エルヴィンだった。

「エルヴィン!? どうしてここに?」
「やあクラシエ、ちゃんと別れは告げたかい?」

 勇者を呼び捨てにできるのは、懇意にしている者だけだ。それだけでも二人が繋がっていたのは明白だが、エルヴィンが慣れた手つきでクラシエの肩を抱き寄せ、それはより明るみに晒された。

「すまんな。鈍い君でもわかるだろ。オレたちはもう、将来を誓い合ってるんだ」
「クラシエ……嘘だと言ってくれよ……」
「ごめん、なさい」

 高笑いする勇者の耳障りな声を無視し、カイはクラシエの手を掴もうとする。しかし勇者エルヴィンの俊敏な動きで阻まれ、みぞおちに強烈な前蹴りまでもらって込み上がる胃酸にえづく。

「気安くクラシエに触るな。彼女はもう、オレの女なんだ」
「がっ……はっ。何が、何が良いんだ。やっぱり、金と、地位と、権力か。それとも、顔か」

 カイの質問に、クラシエは焦ったように首を横に振る。

「そうじゃないの。そういうのじゃないのよ。彼は毎日毎日、訪ねてきて……話してみたら、すごく誠実な人だって、わかったの。それでいつの間にか、惹かれてしまって」
「そんなの、信じられるか。俺を裏切って、裏で会ってたんだろ。それにそいつが遊び人なのは、知ってるはずだ」
「だからそれはっ」
「もういいよクラシエ。あとはオレがやる」

 勇者エルヴィンは、腰に佩いていた剣を抜くと、カイの前に放り投げる。

「それでかかってこい。オレはこれで相手をしてやる」

 自分は刃渡り三十センチほどの短剣を抜き、堂に入った構え。自分に勝てたらクラシエを返してやる、と勇者エルヴィンは言い放つ。

「あああぁああぁああああああ――!!!」

 本能が闘え、と告げたのか気がつくとカイは勇者エルヴィンに斬りかかっていた。亡くなった父が剣士だったこともあり、幼い頃より剣を持つ機会には恵まれた。
 ただの城壁職人とは思えないほど、振りは鋭く、型も定まっている。

「ほう、予想以上に動くな」
「ォオオオオオオ――ゲホッ」
「だが、歴戦の死闘をくぐってきたオレには通じんよ」

 短剣の柄頭が、的確にカイの鳩尾を的確に捉えた。斬られたわけでもないのにその一撃は重く、膝が笑ってカイは腰を伸ばすことすらできない。
 多少剣が扱えるとはいえ、所詮は城壁職人。
 本業で魔物や魔族や魔王と殺し合いをしている勇者に勝てる見込みなど、塵芥ほども存在していなかったのだ。
 橋の上での剣戟に、野次馬が次々と集まってきて、いつの間にか人だかりとなっていた。

「さあて、これでめでたくクラシエはオレがもらっていくわけだが……なぜそんな顔をするクラシエ?」

 いくら別れた彼氏とはいえ、幼い頃より付き添ってきた相手の苦悶の様子に、クラシエは沈痛な面持ちを浮かべていた。

「もうやめてよエルヴィン」
「まだ、吹っ切れてないようだな。そういう中途半端な、どっちつかずの態度は最悪だぞ。……よし、選べ。オレかその男か。そいつを選ぶなら介抱してやれ。オレを選ぶなら」

 勇者エルヴィンはカイに肩を貸し立たせると、端の隅まで移動させる。

「こいつを橋から蹴り落とせ」
「そんなの、酷いじゃない!」
「安心しろ。こっから落ちようと死ぬどころか大した怪我すらしねえよ。川は浅いから溺れることもない。さぁ、早く選べ」
「クラ……シエ……」

 今にも気を失いそうなカイだったが、精一杯声を振り絞り、クラシエの名を呼ぶ。

「また、また……一緒にくらそう……。全部、許すから、あの家で、もう一度。……一緒に過ごした約二十年の時は、特別なものだって……クラシエだって、そう思うだろう?」

 一度は裏切られたとはいえ、カイの彼女に対する愛情はどうしても消えることがない。何度も同じ時を、場所を、会話を、経験を、共有してきた。使い終わった袋のように、そう簡単に捨てられるわけがないのだ。彼女の中に、残滓でもいいから存在しているのなら、目を覚ましてくれると信じた。信頼した。

「勇者であるオレと一緒になろうクラシエ。二人だけの豪邸を立て、召使いを雇って、毎日最高級の食事をとって、綺麗なドレスを着させよう。子供ができたって、未来に怯えることはない。何たって勇者の子供だ。誰からも愛される。さあクラシエ、勇者の妻としての人生を歩もう」

 衆人環視の中、クラシエは糸が切れた人形のようにしばらく指一本動かさなかった。目まぐるしく動く思考と欲望に、肉体の動作が追いつかなかったのだ。

「頼むクラシエ……」
「さあこいクラシエ!」
「ごめんなさい」

 どんっ、と胸骨に伝わる重みと痛み――カイはそれを感じながら橋の上から落ちていく。反射的に、一縷望みをかけて、右手を必死に伸ばしたけれど、彼女の手はカイではなく勇者エルヴィンと繋がっていて、それが心に全幅の闇を落とした。
 背景の蒼天すら自分をあざ笑っているようにすら思えた瞬間、カイはザポンという音を立てて冷たい川の中に全身を沈めた。

  ◇ ◆ ◇

 大抵、噂話というのは狭い世間で広がるものだが、その中心にいるのが国民的英雄であれば話は別だ。勇者エルヴィンが暴力男に支配されていた可哀想な美人を正義の剣で助け出した、という噂が翌日にはトリントの都中に広まっていた。
 無論、勇者エルヴィンが己の名声をより高めるために事実をねじ曲げて伝えたのである。
 さらに有名な絵かきにカイの似顔絵を何枚も描かせ、それを至る所に貼り付けたものだからさあ大変な事態となる。

「お前そんなやつだったのか! 親父さんが泣いてるぞ」
「出てけ、この暴力野郎!」

 噂を真に受けた血の気の多い男、そしてクラシエと顔見知りの男たちがカイの自宅に乗り込んできては怒鳴り散らす。いくら誤解だと伝えても弁明など受けいれない。
 三日も経つと、カイは精神的に参り出す。そうでなくてもクラシエに見捨てられ、傷心中だったのだ。あまりにも現実が辛い。トドメを刺したのは、王の訪問だった。

「その方がカイか。勇者エルヴィンより事情は全て聞いたぞ。本来なら打ち首にしても足らぬ悪行であるが、勇者と婚約者クラシエの温情により都からの追放に留めよう」
「……婚約者、ですか」
「来月、二人の挙式が行われる。貴様には関係のないことだがな」

 随分と早い結婚にカイはショックを受けつつ、都を出て行く準備を始めた。

「こいつだけ、か……」

 最近はめっきり埃を被っていた一本の剣をカイは胸に抱く。カイが十四歳の時、亡き父が贈ってくれたものだ。
 剣士である父だが、生前は一度として剣士になることを強要しなかった。
『自分の人生だ、好きに生きろ。だが、強くなれ』
 尊敬する父に憧れていたカイは幼い頃から剣士を目指していたが、十六歳で別の道を歩む。
 剣士となり死と隣り合わせになるよりも、クラシエと共に安全な道を生きようと決意したからだ。
 二十年過ごした家をカイはぼんやりと眺め、己の人生を振り返る。その人生には、いつもそばにクラシエがいた。
 この家では他愛もない、けれど楽しい会話が毎日流れ、心温まる笑顔が幾千と生まれた。けれどいまや、父も母も、そしてクラシエの影さえもここには残っていない。

「何一つ……無くなっちまったなぁ……」

 形見の剣だけを携えカイは街の出口へ移動する。その最中、心ない人から罵倒されることもあったがその全てを目を合わせないことでやり過ごす。
 しかし最後の一人だけは、そういうわけにもいかない。
 入り口の門に背中をあずけ、キザな格好を保っていた男には胸中をかき乱される。

「エルヴィン……わざわざ俺をあざ笑いにきたのか」
「そう怖い顔をするな。怒る気持ちはわかるが、オレだって立場ってもんがある。ただ人の彼女を奪ったなんて噂が流れると体裁が悪いもんでな」

 身勝手さに憤りを覚えつつも、カイは自分がエルヴィンの近くにクラシエの姿を探していることに気づく。

「クラシエか? ならいないぜ。オレだけだ」
「別に、もう俺とはなんの関係もない……」
「強がるな。式はちょうど一ヶ月後だ。お前さえ良ければ式に参加してもいいぜ。もっとも負け犬呼ばわりされるかも、しれないが」
「お前、やっぱり馬鹿にしにきたのか!」

 激情に駆られたカイが剣を抜くと、勇者エルヴィンは慌てて両手を伸ばす。

「懲りなさすぎだろ。んな面倒くせえことやるか。ほら、これ渡しにきたんだよ」

 物がつまり丸みを帯びた麻袋をエルヴィンはカイの眼前に放り投げた。中で硬貨が擦れる音がしたので、施しのつもりだとすぐにカイは悟った。

「こんなもの、俺が受け取ると思ったか」
「勘違いすんな。オレじゃない、クラシエに頼まれたんだ」
「クラシエ、に……」
「いらないなら捨てておけ。じゃあな」

 立ち去ろうとする勇者エルヴィンの背中にカイは顔を向け、数秒葛藤をする。だがプライドを押し殺して、一声発する。

「クラシエを、絶対に泣かせるなよ。……幸せにしてやれよ」
「ン」

 理解したのか、面倒くさいという合図なのか、短く返事をしただけで勇者エルヴィンは去って行った。
 カイは灰色がかった曇天を仰ぎ、しばらくその場に立ち尽くす。やがて雨が降り出したが、それでも長い間そこに留まっていた。

  ◇ ◆ ◇

 トリントの都を発ってから三日。カイは都からそう離れていない山の中を彷徨っていた。
 三ヶ月前、白竜が棲みついたとされるところで一般人は決して近寄らないが、己の命に価値がないと感じていたカイには関係のないこと。
 死に場所を探すつもりだった。全てを失った喪失感を回復できず、希望など湧かない。ならば無理に生きる必要はないと考えたのだ。

「オオオオォーーッ!」
「ガアウウ!」

 それなのに――それなのにカイは父親の形見である剣を振り回し、狼の魔物と死闘を繰り広げる。三日間酷使した肉体は満身創痍であり、食事もロクにとっていないことからいつ倒れても不思議ではない。
 それでも並々ならない気迫を迸らせ、カイは魔物の首元に剣を押し込んだ。噴き出す返り血を顔に塗りながら、魔物が息絶えるまで刹那の油断すら許さない。

「ハァハァ、何で、何でなんだ」

 人生の光明を失って死ににきたはずなのに、抗い続ける自分にカイは頭が痛くなる。生への本能なのか、それとも剣士の血が騒ぐのか。
 精一杯生きた果てに死がある――そんな父の教訓が胸に生きているせいかもしれない。

「なら、ドラゴンだ」

 山の頂上付近に棲むと言われるドラゴンに挑戦して華々しく散ろう。あの勇者ですら勝てなかった相手。しかし勝ち目がないことなど、今は問題ではなかった。
 山の中にも容赦なく降り注ぐ雨のおかげで衣類は濡れ、重みを増していく。歩くだけで体力が消費されていくが、構わずカイは登り続けた。
 千をも超える木々を後ろに置き、水場までやってきたところで、ようやくそれと巡り会う。
 そのドラゴンは――水浴びの最中だった。
 竜種は十メートルを超えるものもザラというが、その白竜はせいぜい三、四メートルほどと小型だ。しかし白銀に煌めく全身はその存在感を異様なほど世界に示し、ただ巨大なだけの竜とは人に与える衝撃が異なる。
 繊細なようでしかし確かな力強さも秘めたシルエット、そして凜々しさの極致である顔つきまで備える。
 額から生えた褪紅色の二本角は仄かに光り放ち、神秘的ですらあった。

「き、綺麗だ……」

 己の生命線とも言える剣をいとも簡単に地面に落としてしまうカイ。先ほどまで、ドラゴンに挑むことだけが頭を締めていたというのに、今は刃を向ける意識すら消失している。

『はぁー。また人間。性懲りもなく来るの、やめてくれない?』
「ひ、人の言葉を話せるのかっ!?」

 驚愕するカイとは対照的に、白竜は冷めた表情を崩さぬまま、どこか柔らかみのある声質で話を続ける。

『あたしが何年生きてると思ってるのよ。あんたたちでも生まれて数年で言語覚えるんでしょ。何であたしが喋れないと思った?』
「い、言われてみればぁ」
『で、あたしと戦いたいのね? ここに棲みついて三ヶ月、あんたたちには何の迷惑もかけてないのに勝手に騒いで討伐だ、ドラゴンの鱗や肉が欲しいだ……本当嫌になるわね』
「……雌なのか?」
『アン? だったら何よ? 雌は斬れないとでも? いいから、そうやって油断させて斬りかかるつもりなんでしょ。本当つまんないんですけど』

 白竜は神々しい両翼を開くと、ふわりと宙に浮かび、そのまま飛行してカイの目の前に着地した。それに反応してカイが落ちていた剣を拾うと、白竜はやっぱりねと目を眇めてから両手を開いていつでも斬りかかってこいとアピールする。

「……何のつもり」

 ところが、カイのとった行動は白竜の予想を大きく裏切るものだった。剣を地面に突き刺すと、その前に片膝をついて、まさかの求愛の言葉を並べたのだ。

「白竜よ――俺と結婚してくれませんか!」
『何ですってぇ?』

 恐怖でおかしくなった様子ではない。からかっているようでもない。かと言って命乞いをするでもない姿に白竜は首を傾げる。

『何のつもりなの? 何なの結婚って』
「結婚っていうのは男女が生涯を誓い合って……」
『そんなの知ってるわよ! じゃなくて竜と人間が結婚って何の冗談なのかしらって話でしょ』
「仕方ないだろ。美しいと思ってしまったんだ。本当は戦いにきたのに、気に入られたいと思ってしまった」
『いやだからってあんた……人は人と結婚しなさいよ』
「人はもう嫌だ。裏切られたばかりだし、俺はもう人間の女を愛すことはできない」
『ドラゴンなら愛せるわけ!? あんた頭おかしいわよー!』

 何を言われてもカイは動じず、静かに立ち上がると両手を広げて自分の覚悟が本物だと伝える。

「嫌なら殺してくれ。どうせ生きていたって意味がない。最強の竜に殺されたなら本望だ」

 白竜は竜種ではあるがその優れた洞察力によって、ともすると人より人の本質を見抜く。カイの覚悟が本物だと知って困り果てた。
 人間など好きではないけれど、どうにも倒すのも億劫でならない。
 見たことがないタイプで正直少し面白いし、何よりプロポーズの言葉を真摯に伝えられたことが初めてで嬉しい気持ちもあった。

「白竜、俺は本気なんだ。第二の人生をやり直したいんだ」
『……ブラン。あたしの名前よ』

 白竜ブランは照れたように角を触りながら、自分の名を教えた。
 人間に名を伝えるのはブランにとって初めての経験だった。

  ◇ ◆ ◇

 人間の女に振られてやけくそになっているのだろう。であれば、しばらくすれば飽きて人間の街に帰るはずだ――そう考えたブランは、カイをそばに置くことを許可する。しかしことカイに置いては予想が外れて段々と困り始めた。
 なぜなら、飽きるどころか余計に興味を強めだしているように思えるからだ。

「なあブラン、その角ってやっぱり俺が触っちゃダメかな」
『別に、ダメってことはないわよ。何なの、触りたいの?』
「ありがと!」
『やっ、ちょっと』

 軽い身のこなしでカイはブランの背中に乗ると、首を蔦うように登ってブランの角を優しく撫でる。

『う……』
「ごっ、ごめん、痛かったか?」
『いや痛いどころか、何でそんなに上手いのよ……』
「気持ちを込めたのが良かったのかもしれないな。もっと、やってみるよ」
『だめだって、ば』
「……ガゥゥゥ」

 突然混じってきた魔物の唸り声にカイとブランはぎょっと顔を向ける。当然ながら山には人間と竜以外にも多くの生物が生息している。
 今回、カイたちの戯れを邪魔したのは赤と黒の縞模様が特徴的な虎の魔物だ。それも一体だけではなく、四体の群れで移動している。

『あ~うざったいわ。また来たのね、ドラゴンキラー』
「ドラゴンキラー?」
『竜の肉を好むのよ。大抵返り討ちにあうけどたまに老竜や手負いの竜を群れで倒すから』
「虎なのに、群れるんだな」
『雑魚は群れなきゃ何もできないのよ。どいてなさい、ちゃちゃっと……ねえ、何のつもり?』

 カイがブランを護るかのようにドラゴンキラーたちの前に立ち、剣を正眼に構える。

「万が一結婚できたとして、俺は旦那になるわけだろ。護られるだけの旦那なんてかっこ悪いじゃないか。いや、というよりも、良いところを見せたいってのが本音かもしれない」

 馬鹿正直に内心吐露するカイに対し、ブランは半分呆れて半分感心した。圧倒的戦闘力を誇る竜に任せておけば安全で楽なのに、自分を認めさせて欲しいという欲だけで死の可能性もある戦闘を繰り広げようとするのだから。

『ねえ、あんたって馬鹿って言われない?』
「会う人ほぼ全てに、ちょっとおかしいって言われたな」
『やっぱり』
「でもそんなの、あんたにプロポーズした時点でわかってただろ。……こいつらは俺がやる、殺られたらそこまでの男ってことで放っておいてくれよぉおおおおおおお!」

 会話から雄叫びに繋げ、カイはドラゴンキラーに猪突猛進する。元城壁職人とは想像主つかない疾風迅雷の攻めによりまずは一体目の顔を切り裂き、相手の数減らしに成功する。
 左右から挟むように飛びかかってきた二体に対しては、カイは瞬時にしゃがむことで相手の相打ちを誘う。正面から衝突して痛みにもがく二体を尻目に、四体目に斬りかかった。相手を潰したものの、敵もまた時にドラゴンすら狩る魔物。
 強烈な反撃でカイは左腕を負傷した。

「まだだ、こんなので倒れてたまるかっ」

 もがいている二体の一体に跳躍攻撃をかますと、馬乗りになって脳天から顎下へ剣を突き刺す。

「ガゥウウアア!」
「あっ、やべ……」

 最後の一体が攻めてくるのだが肉を貫通した剣が中々抜けない。右手しか使えないのも影響した。
 牙をむき出しに噛みがかってきたキラーにカイは死を意識するが、それも刹那のことだ。
すぐに白い霧状の何かに自分は呑み込まれてしまったから。ブランによるブレス、だということは理解する。
 なぜ俺に? やっぱり疎ましいと感じてたのか? そんな悲しみがカイの胸中を占めたけれど、身体のどこにも痛みはない――どころか活力漲るではないか。

「ガッ!?」

 さらに付け加えると、不思議すぎる現象が視界に映っていた。カイの上腕に噛みついたキラーの牙が、いとも簡単に砕けてしまったのだ。
 まるで大理石でも噛んだかのように。

「ど、どういうこと? よくわからんけどトドメ!」

 痛手を負っていたキラーに対して袈裟斬りを行って、カイは二度目の驚愕を目にする。
 自分にしては剣速があまりにも速すぎたからだ。さらに剣の重みすらあまり感じないので、自身の筋力がアップしたのだとさすがに悟る。

「さっきのブレス、俺を強くするとか?」
『何のことかしらね』
「左手の傷も、どんどん治ってく。こんなの俺の力じゃない」
『さあ、あんたが何かに覚醒したんじゃないの。あたしは知らないわよ』
「助けてくれたってことは、少しは認めてくれたってことかな。俺、もっと一緒にいられるように頑張るよ!」
『そんなことより、さっきの続きやってみて』

 ブランが頭を低くしたのでカイは大喜びで角を撫で撫でする。愛情たっぷりでありながら、時折撫で方の強弱やスピードをコントロールして彼女の反応を窺う。どうやると悦ぶのかを見極めるためだ。

『はぅぁー、あんた愛撫の天才かもしんない。気持ちよくて眠っちゃいそう』
「寝てくれていいよ」

 カイが告げるとブランはおもむろに瞼を下ろして、次第に静かに鼻息を立てた。
 寝ている時すら下手したら人間より品があることにカイは感動しつつ愛撫を続けた。
 深い眠りについたことを確認すると、起きたときのことを考えて食事を探しにいく。
 兎を仕留めようとしていたら猪が横から襲ってきたので反対に仕留め、寝床まで運ぶ。猪の血抜きなどを行いながらブランが起きるのを待ち続けた。五、六時間ほど経ってようやく目を開けたので猪を差し出した。

「飯用意しといたよ」
『別にあたし、肉食じゃないんだけどね』
「そうなのー!? じゃ何食べるんだ!?」
『木の実とか果物とか。割と小食なのよ。でも用意してくれたら肉も食べる……って、あんたは人の話最後まで聞きなさいなーっ』

 木の実を取りに即座に全力疾走していった男に対する、ドラゴン悲痛の咆哮だった。

  ◇ ◆ ◇

 カイとブランの奇妙な生活も一ヶ月が過ぎる。
 カイの方は相変わらず人とは異なる魅力のあるブランにゾッコンなのだが、注目すべきは彼女の方に大きな変化が生じていたこと。
 適当なところで追い返せばいいだろうと考えていたというのに、いつの間にかカイにメロメロになってしまっていたのだ。
 理由は主に三つあった。
 一つ――

『んぅぅ、そこ。何でピンポイントであたしの気持ちよいところがわかるのよぉ』
「今日はスペシャルA、高速マッサージで擦るからね」
『アアッ』

 一つ、カイがあまりにも角のマッサージが上手すぎたこと。出会った日からなぜか卓越した技術はあったが、それに磨きがかかって手がつけられない状態に進化している。
 そして、二つ目――それは今までブランが経験したことのない甘い言葉を連発してくること。

「今日も美しさと力強さがあるなブランは。白銀の皮膚が輝いている。声とか話し方も可愛いし、日に日に好きになっていくよ俺」
『も、わかったってば。それ、昨日も聞いたわよぉ』
「何回だって言う。俺は自分の気持ちを言葉にすることにしたんだ。前の失恋で学んだよ。婚約者とか彼氏とかそういう立場に甘えているから、他の男に心を持っていかれたんだ」

 初めこそクラシエを恨みもしたカイだったが、冷静になって振り返ると自分にも落ち度があったと発見したのだ。料理を作ってもらっても無反応になっていたり、好きという気持ちを伝える頻度が極端に落ちたり、仕事に忙しいとクラシエを放置したりもした。
 勇者が職場に来ている時だって、もっと早くに動けば未然に防げたかもしれない。
 だから、カイはその時の反省をブランに対して活かそうとしている。
 そして三つ目――

『あんたってさ、聖人ってやつよね。めちゃ一生懸命だし』

 カイの誠実な人柄にブランは完全にあてられていた。何でも真摯にこなす姿は、人からは遠い種である竜の心さえ捕らえたのだ。

『ハァ、しても、いいかなー』
「何をしたいって?」
『いやだからさぁ……』
「悪いんだけど、今日だけは俺何もできないかも。これから都に行こうと思って。前話した、俺を振った彼女が今日結婚するんだ」
『何それ、行かないでよ』
「いやでもさ、何だかんだであいつも吹っ切れてないかも。だから俺はブランと幸せだって告げにいく」

 どこまで聖人なのとブランは頭をあげて、もう角を触らせないようにする。機嫌悪く吐き出した息には、嫉妬という感情が込められていた。

『馬鹿じゃないの、自分振った女祝いにいくとか』
「今なら心から祝えるよ。だって振られたからこそ、人の絆の弱さを知った。そしてブランに出会えたから」
『……もぅ。それで、相手はどんな奴なの? あんたより魅力的な男とか想像できないんだけど』
「ブランも会ってるんじゃないか。白竜と相打ちだったみたいなこと言ってたし。エルヴィンって言うんだけど」
『……嘘でしょ、あんな雑魚の極みにあんたの彼女は靡いたわけ? 救えないわぁ』

 雑魚の極みとまで言い放たれ、カイは首を捻る。エルヴィンの話しぶりだと、多少なりダメージは与えたはず。
 ところがそれは大嘘だとブランは説明する。

『あいつ最初は威勢良くかかってきたんだけど尻尾で叩いたら岩にぶつかって動けなくなったのよ。そしたら急に泣き出して命乞いしてさ』
「で、でも剣技すごいんだぞ」
『そりゃ人間レベルでしょ。本人も一撃で心折れたわ。小どころか大まで漏らして、ダサイ男よ』
「きったねえぇ……」
『でしょー。汚いから川で服洗って、ペコペコしながら帰ってったけど? あんなの、マジで何がいいわけ?』
「あれでも、権力も名声もお金もあるんだよ……」
『そんなのにつられるとか人間の女は馬鹿の極みね』
「まあまあ、そのへんで。とりあえず行ってくるよ」

 都に向かおうとするカイだったが、体にしゅるしゅるとブランの尻尾が巻き付いて身動き取れなくなる。
 次の瞬間には軽々と体を持ち上げられ、ブランの背中に乗せられた。

『あたしも行くわ』
「でもブランが来たら大騒ぎっていうか」
『いいのよ、行くったら行くの!』

 口には出さなかったけれど、ブランは相手の出方次第では結婚式をはちゃめちゃにしてやろうと密かに目論んでいた。
 全ては嫉妬によるものである。

  ◇ ◆ ◇

 勇者が平民の娘との結婚を発表したことに世間は一時大騒ぎしたが、逆に王女を選ばず、有名でもない女性を選んだことがその人気をさらに押し上げることとなった。
 よって本日の結婚式、トリントの都では誰もが未来を担う若き二人を祝福していた。
 興奮で始まったパレードは盛況のままに終わり、やがて王宮に招かれての披露宴に移っていた。
 かなりの広間であるが、王族や貴族をはじめ勇者と関わりのある人々で埋まり手狭にすら感じるほどだった。
 豪勢な料理と無慮百の笑顔が咲き誇る中、しかし式の中心人物であるクラシエの表情は暗澹としていた。目敏く気づいた隣席の勇者エルヴィンが小声で話しかける。

「どうしたクラシエ、暗いぞ。誰よりも綺麗なドレスを着て、一流のシェフが作った料理がある。何が不満なんだ?」
「……ええ、素晴らしい式ね。誰もが経験できることじゃない」
「だろう? これから薔薇色の世界が君を待っている。心がウキウキするだろ、最高の未来を思い浮かべてみるんだ」

 喧噪の中、クラシエは一度瞑目して自分の心に耳を傾けた。勇者の妻、使い切れないお金、舌が歓喜する料理、誰もが羨む豪邸。
 その全てが入るというのに、なぜ自分の気分は塞いだままなのだろう。
 自分が幼い頃から望み続けた幸福、それを思い浮かべると答えは明白となった。
 足りていない――欠けている。
 自分が長く描いていた夢は穏やかで明るい家庭を築くこと。その隣には才気煥発エルヴィンではなく、質実なカイが立っているのだと今更思い出したのだ。

「皆さん聞いてください」

 着飾った新婦の一声ともなれば、賑やかだった場も静かになる。誰もが耳を傾ける中、クラシエは婚約破棄の言葉を世界に広げた。

「私は、やっぱり勇者エルヴィンと結婚はできません。今更言えたことではありませんが……一時の気の迷いでした」
「ふっ、ふざけんなよクラシエッ、今更それはないだろっ」

 勇者エルヴィンの怒声には背筋も凍りつくが、クラシエは殺されても仕方がないという覚悟でもって話す。

「正直なところ、私は欲望に目が眩みました。非凡な人生に憧れてエルヴィンに心が傾いたんです。でも私が心底好きな人は、一緒に育ってきたカイなんで――」
「――大変ですーっ!?」

 肝心のセリフの最中で入り口が開き、兵が倒れ込みながら入ってきた。その様子からただ事ではないと誰もが察して王が立ち上がった。

「どうした、何があった?」
「ま、ま、魔物が乗り込んで」
「やれやれ、オレの晴れ舞台にとんだ馬鹿な魔物もいたもんだ。……クラシエ、そこで見ていろ。あんな弱男に心が傾いたのなら、またオレに戻してやる。オレの勇姿にもう一度心震わせてやるぜ」

 剣を抜きながら颯爽と歩き出す勇者エルヴィンに周囲から喝采の声があがった。
 さあこい、阿呆な魔物よと叫んだタイミングで、それはドア上の壁を派手にぶっ壊して登場した。

『まったく何で人間ってこんな阿呆なの? あたしは静かにしてるって言ってるのに攻撃してきてさぁ。そして何一つ効いてないのが悲しいと思わない、カイ』
「そりゃ仕方ないってブラン。兵からしたら竜や魔物を王宮に入れるわけにはいかないし」

 勇ましく、それでいながら美すら纏う白竜、そしてそれに悠然とまたがる一人の青年に場の誰もが息を呑んだ。
 事情を理解できず後ずさる者達の中でも、特に戦慄していたのは勇者エルヴィンである。

「……………………………………う……そ……」

 先ほどのまでの迸る気合いは遠い彼方へ消え去り、今は棒立ちするので精一杯だ。

『あらいたわ。やっぱりこの男じゃない。久しぶりね』
「どど、どう、して、ここに」

 歯をガチガチ鳴らすエルヴィンを目にしたブランは、悪戯心に火がついてニヤッと笑う。

『どうしてー? そりゃあんたの謝り方が不服だったからかしら』
「ばば、場所、変えてもらえませんか。そこでお話を」
『え~、あたしに指図するの? この部屋壊しちゃおうかしら。チャンスはあと三秒ね』
「すみませんでした、どうか許してください!」

 逆立ちしてもブランには叶わないことを知るエルヴィンからすれば、頭を床につけて謝ることは最善の行動だった。
 ただ周囲は失望するし、王だって叫喚する。

「何をしている、互角に戦ったという白竜ではないのか!?」
「むむ、無理なんすよ! 人間が、こんな竜に勝てるわけがない!」
「何と、いう、情けない……」

 世間に築かれたイメージとはかけ離れた行動の勇者に、ある者は落胆、ある者は激昂する。そして混沌とした披露宴の中に、さらなる混乱が巻き込む。

「王様、王様ーーッ! 今度は魔王軍が、魔王が攻めてきました!」

 兵士の一声に王が頭を抱える。

「何がどうなってる……」
「それが、いきなり魔王がはっ!?」

 背後から兵士を切りつけたのは青褐色の皮膚をした男だ。人間に似てはいるが額から一本角を伸ばし、目の虹彩は紅に怪しく輝いている。

「やっと会えたな勇者よ、覚悟はいいか」
「ま、魔王が、どうして……」
「どうして? 俺は長い間、宿敵である貴様を一番苦しめる方法を探していた。そして、花嫁をもらい浮かれてる貴様や民を殺すのが一番だと考えたのだ、底なしの馬鹿め!」

 魔王の卑劣な計略を明かされ、エルヴィンは怒髪天をつく。

「黙れクソ魔王! この剣の錆にしてくれる」

 白竜には歯が立たずとも魔王ならまだ勝機がある――そう判断したエルヴィンは渾身の振り下ろしで勝負を決めにいく。
 ところが無造作に振り上げた魔王の剣によって、いとも簡単に手から剣が弾かれ天井に突き刺さる。

「まずは挨拶代わりの一発だ」
「うがあああ……」

 魔王の前蹴りによってエルヴィンの肋骨が粉砕され、体は壁まで吹き飛ばされる。ぐったりと気絶してしまう彼を一旦無視して、魔王は新婦におもむろに近づいていく。
 その前に立ちはだかったのは片手に剣を握るカイだ。

「魔王、そのへんで引いてくれ」
「どけ。死にたいか」
「なら闘うしかないか」
「カイ! ダメよ逃げて」

 クラシエが切実に訴えるがカイは首を回して微笑をわずかに見せるだけだった。

「愚かな、死ね――」

 魔王が一歩踏み出すのと、胸に強烈な一文字斬りを受けるのはほぼ同時だった。

「――――ハ……?」
「悪いな。念のためにって、ブランが俺にブレスをかけてくれたんだ。白竜の加護があると思ってくれていい」

 カイの説明を最後まで聞いたか聞かずか、魔王は仰向けに倒れて絶命した。思考が現実に追いついている者はほぼおらず、室内は静まりかえったままである。
 先んじて沈黙を破ったのはクラシエの愛の言葉だった。

「あぁぁ、カイ……カイごめんね。私、間違ってたの。私やっぱりカイじゃないとダメみたい! 助けにきてくれてありがとう!」
「ん? 助けにきた?」
「え? 違うの?」
「あぁ、うん……俺は二人を祝福しにきたんだよ。俺は今、幸せだから気にせず過ごしてくれって」
「幸せって……。都合良いかもしれないけど、私、またカイと一緒に暮らしたいと思って」
「ごめん、それはできない。だって俺はもうブランのことが好きなんだ。あの白竜のことな」

 カイが何を言っているのか、誰一人として理解できない。シビレを切らしたブランが、クラシエに強い口調で告げる。

『っていうかあんたさ、都合良すぎじゃない? 男を見る目のない自分を恨むことね。もうカイはあたしと結婚するのよ』
「今、俺と結婚するって言った!?」

 ブランがはっきりと意思表示したのは初めてのことだったため、カイは跳び上がって歓喜する。その様子を間近で見たクラシエは、事実なのだと知って腰が抜ける。

「よ、よくわからないが、よくぞ魔王を倒してくれた。礼を言わせてもらう」

 ニコニコとカイに近づこうとする王に対しても、ブランは良い感情を抱いていない。

『あんたも調子良すぎなんだけど。カイを追い出したっていうじゃない』

 痛いところを疲れた王は黙り込む。

『お詫びとしてカイを次期王様にしなさいな』
「何だその要求は!?」
『いいの~? 魔王は死んだけど魔王軍はまだ暴れ回ってるんでしょ。滅びるんじゃないこの都。守ってあげないわよ』
「うぬぬ……」
『それ以前に、あたしの気分次第で都なんて簡単に終わるのに』

 これが決定的だった。前向きに検討する、という一言を王から引き出したブランは満足気な様子でカイに告げる。

『そうね、魔王軍を倒したら、結婚ってのをしてあげてもいいわよ』
「嬉しいよブラン、でも今は魔王軍に集中しよう!」
『何よ……結婚より魔王軍なの……』

 結局、拗ねたブランはあんまり闘わなかったが、加護を受けているカイが獅子奮迅の活躍で魔王軍を全滅させた。

  ◇ ◆ ◇

 前向きに検討された事案は、三ヶ月後に見事に通った。
 王が冠をカイに譲ったのだ。あの魔王軍の事件もあり、今や真の勇者として不動の立場を築いたカイであるから、王になることに反対する国民などいない。
 戴冠式を無事終えた後、玉座に座したカイはそわそわした様子で近くにいるブランに訊いた。

「俺が王って、やっぱ向いてないと思うよな」
『そんなことないわ。あたしを王妃からランクダウンさせないで』
「そ、それもそうだな。頑張るよ」
『でもカイ、あんた本当にいいの。これで満足なの』
「満足だよ。っていうか俺はブランと結婚することしか考えてなかったのにおまけまで付いてきた」
『でも子孫を残すのが人の役割とも言うわ。あたしじゃ、難しいでしょ』
「そうかな? 俺はいけると思うけど」
『馬鹿でしょっ。どういう感覚よーっ』

 愛さえあれば何でもできるというカイのぶっ飛んだ思考に、ブランはとうとう不退転の決意をする。

『わかったわ、三年……いえ一年我慢して。その間に何とかするから』
「……? よくわからないけど、何年でも我慢するよ」

 ブランの意図を全然理解していなかったカイだったが、この日から丁度一年後、ようやく彼女の頑張りを知ることとなる。

  ◇ ◆ ◇

「は、誰?」

 とある夜、突然寝室に入ってきた女性にカイは警戒心を高める。その妖艶なまでの美しさは、今まで見てきた美人が比較対象にならないほどだ。

『誰って、失礼ね』
「その声はブラン!? 何でそんな姿してるんだよっ」
『いやだから、あたしたちの子孫残すために血の滲む努力して人化の術を完成させたんじゃないの』
「何か努力してるのってそれだったのか!?」
『理解してなかったのかよーっ!』

 人間の美的感覚やセクシーさを死ぬほど研究しまくったブランは、さすがに落胆ざるを得ない。しかしカイに真顔でこう言われると、どうしても全てを水に流してしまう。

「あのな、人間バージョンも綺麗だけど、俺はありのままのブランも好きなんだよ」
『……ダメねこれ、嬉しいのか残念なのかわからないわ、もはや』

 とはいえ、ブランの努力は報われないわけではなかった。
 やがてカイとブランの間には、竜と人間の血を引く子供たちが多く生まれたのだから。
 カイが王座に座る間、国の危機は何度も訪れたが、その度にブランと協力して乗り切った。
 他国の侵略などを跳ね返していた副産物として、結果的に領土を広げていき、やがて最強の王国と謳われるまでに国は成長した。
 カイもブランもその子供たちも、国民から支持され、愛され続けた。

 なお元勇者エルヴィンは失踪して行方不明。クラシエは、生涯独身を貫いた。

  ◇ ◆ ◇

「パパ、なにかおもしろい言葉おしえてー?」

 とある昼下がり、勉強熱心な九男に尋ねられたカイは、特に長考することもなく答えた。

「災い転じて福となす、かな。悪いことが起きても、諦めちゃいけないよ。人生、何があるかわからない。俺が母さんと出会ったようにね」

 いまいち呑み込めてない息子を優しく抱っこして、ブランと他の子供たちが待つ部屋へカイは今日も歩いていく――

 おわり


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