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動けるデブの異世界生活  作者: 大和ミズン
1章 I Don't Want To Change The World
7/50

007 デブ、知らぬところで

 キャンプの夜は、既に更けた。

 初めて入る女子の部屋、鉄平は眠れぬ夜を過ごす事になるけれど。

 他にも一つ、暗闇で思考するもの。

 ――鉄平にスライムと呼ばれた、黒いモノ。


 (さて、此れからどうするか……)


 これまで、本能のままに生きることしか、知らなかった。

 そんな存在が、人に触れて、知能を持って。其処で人との共生を望む、そんな事はない。


 (世界の滅び、か。正直、予想外だったな……)


 あの山で、獣を食らって生きるだけの日々。そんなこと、知る機会もなかった。


 (だが、ただ手を(こまね)いて、見てるだけなんて許せねえ)


 生きる。それが、本能。知能を得ても、それだけは変わらぬ。

 そのためには、出来る全ての手を打たなければならない。


 (鉄平。コイツがヒントだ。生きたまま、他の世界からやって来た人間。詰まりは、逆方向も可能かもしれねえってことだ)


 この世界から、他の世界へ。どういう方法かなんて、思いつきやしないが。


 (ちっ、頭さえ乗っ取れりゃあ、もっと直接動けたのによお)


 心中、悪態を付く。

 こんな頭のハッピーな、脳筋馬鹿野郎と仲良し小好しするなんて、反吐が出る。


 (だが、まあ。乗っ取る算段も、思い浮かびはしたしな)


 あとはどうにか、そう仕向けられりゃあ完璧だ。

 にちゃあ。鉄平の右手が、口しかない顔で、笑みを浮かべて。


 (それと。ひとつ確かめることがあるな――)


 ――スライムは、鉄平の隣で眠る女に、意識を巡らせた。




 夜が明ける。光を減らしたという太陽も、未だ清々しい朝を届けてくれる。

 目に隈取作った鉄平も、同じ布団で目覚めたキコと言葉を交わす。


 「おはよう」


 「――――」


 キコに返されるけれど。スライムの翻訳がない。だがまあ、今のは朝の挨拶だろう。頭の隅に入れておく。


 「……」


 じっと、キコが此方を見てくる。

 恥ずかしくて、顔を逸らす。マズイ、間が持たん。というか、もう限界だ。

 一晩同じ毛布で寝るとか、それだけでももう堪らなかったのに。キコが寝返りとか、うつ度に。もう、否応なしに、肌が触れて、匂いがして――


 「おい、起きろ糞スライム」


 だから、スライムを起こすことにした。

 ばんっ、と。地面に右手を叩きつけて。

 まあ、自分もじんわり痛いけれど。これくらいはさしたことでは無い。


 『あら、お早う。朝から激しいですわぁ、ご主人様』


 「起きたか、仕事しろ」


 いちいちコイツに突っ込んでたら身が持たん。適当に流すに限る。

 なんとなく、悶々とした気持ちが晴れてきたので。毛布から出て、キコに聞く。


 「其れでキコ、今日の予定は?」


 『ご飯食べて、訓練して。ご飯食べて、ぶらぶらして、訓練』


 「ああ、了解……」


 どっかしらとの話も無いってことは、俺は基本放置なんだろうな。まあ、キコと一緒なら楽しいし。当面は強くなることが目標だ。何も問題は無い。


 「あ、そうだ。キコ、やりたいことが有るんだけど」


 『ん、何?』


 「ええと……」


 俺は、必要なものの説明をして――




 『――変わった訓練……』


 「まあっ、俺も、丸太でやるのはっ、初めてだけどねっ!」


 昼間。訓練場。剣の振り方は、午前中ということにして。

 やりたいことってのは、トレーニングだ。2メートルと幾つか、60キロぐらいの丸太に溝切って。鷲掴んだそれを、左右に振りながらのスクワット。上体、下半身。浅部、深部。多くの筋肉に高負荷を、対称的に掛けられて。その上、同時に扱う神経系の訓練にもなる。


 「剣振るだけじゃ、負荷小さいしっ、物足らなかったからな!」


 喋りながらするのも、意図的だ。高負荷、高回数のトレーニング。呼吸と発声の意識は、安定した成果に繋がる。

 二十二、二十三、キコは数え役。手持ち無沙汰では有るけれど、退屈そうでは無さそうだ。


 『二十八、二十九、――三十』


 「は、しゃあっ! 次ドラゴンフラッグッ!!」


 休みはしない、サーキットトレーニングだから。丸太の上、仰向けに寝そべって。

 頭の後ろで丸太を抱えて、体を持ち上げる。


 「バランスわりぃ! コイツは体幹にも効くな!」


 『いち、にぃ……』


 鉄平は、楽しげだった。いや、楽しいのだ。

 見知らぬ世界、不安はつきまとうもの。だからこそ、自分のルーティーンをこなすことで、自分を落ち着けていた。

 そうやって、二時間ほど。たっぷりトレーニングをやりきって、鉄平はへたり込む。


 「ああ……疲れた……もう、動けん」


 『お疲れ。何でそんなに動いてるのに、太ってるの?』


 「皮下脂肪が乗ってるだけだ……! でも、まあ、こういうのは毎日はやらないし……。持久トレーニングはしてないから、基本的な消費量はそうでも無いんだよ……」


 『ふうん。じゃあ、これ』


 それで、キコに革袋を渡される。中身は水だった。

 そいつを一息に飲み干して、鉄平は寝そべった。


 「ごめん。昨日寝れなかったから眠い。ちょっとだけ休みます……」


 そうやって、すぐに微睡(まどろ)みに落ちる。

 まだ三日目だけれど。鉄平は安心しきっていた。周りの人間も優しいし、何とかやっていける気がしていた。

 眠りに落ちた鉄平を、見つめるキコだって。ほら、何とも無害な顔をして――




 『――で、キコちゃん。アンタは何が目的なんだい?』


 なのに、このスライムは何を言うのか。

 右の手のひら蠢かせて。気色悪い声を出して。


 「何のこと?」


 返すキコは、顔を変えずに。

 いつも通りの無表情。


 『いやあ、とぼけなくて良いよぉ。あんた、ウチのご主人様のこと、誘惑してんだろぉ? 何も知らないおぼこ(・・・)みたいな顔してさあ。とんだ女狐だねえ』


 「……」


 キコが、押し黙る。

 図星、突かれたように。


 『いやあ、それにしても上手いねえ。あからさまに誘惑されちゃあ乗ってこないだろうけれど。気がない振りして無防備なところ見せつければ、ご主人様みたいのはすぐにその気になっちゃうもの』


 「――ちっ、煩い」


 キコの口調が、変わる。

 いや、口調じゃないか。言葉が、声が、強いものになる。


 「別に、騙してるワケじゃない」


 『へえぇ、じゃ何さ?』


 「味方。味方が欲しい。それだけ」


 『味方ぁ?』


 スライムが、無い首を捻る。

 どうにも、此処は人間側のテント。何処に敵が居るっていうんだろうか。


 「キャンプが三つの理由、解らないの。全部、大本の国が違う。世界の危機でも、団結出来なかった。――このキャンプの中も」


 『ああ、なるほどねえ……』


 考えれば、当然のこと。

 元いた都市も、町も、村も、全部滅びて。こんなキャンプで、さあ生活しろ。それじゃあ、鬱憤でたっぷりに決まってる。


 『しかもこんな状態なのに、明らかに待遇に差が有るからなあ……』


 リアリのテントも、キコのテントも、一人で使っていた。でも、一般人は其処に十何人だ。

 其れに、多少の調度品に毛布もあった。それらは、優先的に回されたものだろう。


 『ん? ってことは、お前ただの一兵卒じゃないのか。幾ら兵士で女だからって、そうそう高待遇にはならないものな』


 「そう。使い走りは間違い無いけど。やるのは、使者とか、ゴミ掃除(・・・・)とか、そういうの」


 『うわっ、ゴミ掃除って……救われないくらいに真っ黒じゃん。それにまあ――いつかキコちゃんも、切られるな』


 「だから――味方がいる」


 『自分の言うことなら、何でも聞く。命だって喜んで捨てる。キコちゃんの言う味方ってそういうことでしょ? そりゃ味方じゃなくて傀儡か何かでしょうよ』


 「別に何でも良い」


 『あら、開き直っちゃう。まあねえ、俺としちゃあ邪魔する気は無いから良いんだけどぉ――』


 ご主人様も、まんざらでも無いだろうし。

 こっちも、俺自身が消えなければ問題ない。けれど――




 『――あの、陰気臭えリアリって奴。アレだけは敵に回さないでくれ。アイツは、やばい』


 「分かってる」


 鉄平だけが知らない、共通認識。

 リアリは、イケメンとか、凄腕の剣士とか。そういうレベルの器じゃない。


 「リアリは、それこそ傀儡。上に言われるがままに、剣を執って、殺す。もう、そこに自分の意思は無い。でも――」


 つまりは、容易に敵に成りうる。キコが嫌気をさした、上の奴らの意思そのモノだから。なのに、敵にしてはならない。

 リアリという存在は、無視してはいけない。


 「――リアリを敵にしたら、死ぬ。絶対」




 リアリ。輝く剣に選ばれたもの。孤高にして誰より強いもの。


 ――救えなかったもの。諦めたもの。

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