006 デブ、勘違い
『キコだよ。よろしく』
「成田鉄平、鉄平って呼んで! よろしくっ!!」
テンション高めに、自己紹介をして。差し出して来た手を、優しく掴む。ああ、小さい、体温高い。
キコは、自分と同じくらいの歳だろう。体は小柄で、茶色の短髪がよく似合う。何より――可愛い。
(俺にも、春がやって来た……!)
苦節二十一年、ようやくだ。お袋に伝えれば、血の涙を流す勢いで喜ぶことだろう。こんな女の子が、俺に惚れたなんて――
『基本的に、テッペイはキコと一緒に暮らして貰う』
『今日からお願い。じゃあ、行きましょ』
「わお、積極的! 君となら何処へだって行くけれど、行き先くらい教えてくれるかな?」
『来れば理解るから』
「そうか、じゃあ行こうっ!!」
少し冷たい気もするけれど、そんなところも魅力的。
言われるままに、着いて行く。
『じゃあ、僕は失礼する』
空気を呼んだのか、リアリも此処までらしい。
ああ、此れから二人っきり、至福の時が訪れる。
スタスタ歩くキコの後ろ、狭めの歩幅で歩いていけば。
「――ん?」
何だろう、辺りの雰囲気が、変わる。居住区から、もう少しぴりっとした空間。外で、テントが並ぶばかり、人も未だいないのに。
何が違うのだろうかと、周り、よく見回して。
(そうか。地面が、傷んでる)
傷を付けて、放ったらかしてような。まあ、此処はグラウンドじゃない。其れでかまわないのだろうが。
でも、この傷の付き様は――
「なあ、キコ。此処って訓練場か何かか?」
『当たり。ソレで、此処が目的地』
「ここが――?」
てっきり、キコの部屋にでも連れてってくれると思っていたのに。
しかしまあ、わざわざ訓練場くんだりに連れてくるってことは……
『ねえ、テッペイは使える武器とかある?』
「いや、無いな。強いて言えば円盤だけど……」
『そう。円盤は無いから、適当に持ってくる』
そう言って、キコは近くのテントへ入った。少しばかり経って、戻ってきたキコの手には、一振りのロングソード。木製の、ようだけれど。
『鉄平は強くなれる。だから、頑張ろう』
「ちょっと待てっ!! 薄々感づいちゃ居たけれど、さも当然の如く俺が戦闘訓練することになってるの何で!?」
甘酸っぱい何かとは違うなあって思ってたけどっ。
『テッペイ、やらないの……?』
上目遣いの眼差しで問われる。くそっ。そんな目で見られたら――
「――やるに決まってるじゃねえかっ!」
『いや、それで良いのかご主人様……』
珍しく、スライムがマトモなことを言ってるけれど。
男にはやらないきゃいけないときがあるんだ。
――振りかぶる、木剣。鉄平は、型など知らぬ。知らぬから、キコの教えをよく聞いたし、生来の運動能力もある。寄生された右手も、握力の低下は無く。ならば、袈裟に斬り込むこの一閃は、決して軽いものでは無かった。
ただ今は、模擬の戦の時間である。一通り、鉄平は振り方を習い。ならそろそろと、勉強がてらで。
「オオオオオオオオオオオ――」
響く、咆哮。円盤を投げるときからの癖。
軸の右足で、思い切り地面を踏み切って。体が飛び出す。剣先が跳ね上がる。
「――!」
対するキコの反応は、迅速だった。半身に構え、鉄平に短剣の切っ先を向ける。
装飾も無い、意匠も無い。柄から刃を伸ばすだけの代物。けれど――
――ギイイィィィン!
接触、刃が鳴る。あり得ざる金属音。衝突と同時に、キコは回転し――
「がああっ――」
――衝突のエネルギーが、まるごと逸らされる。美しい軌跡のまま、流されて。
鉄平は呻いた。全体重を乗せた一撃が、アチラへ流されたのだ。腕も、胴も、予定の動きを果たせぬ。無理な体を取らされ、安定が崩れて。
「ふ――」
「――がはっ」
後頭に、柄の一撃。トドメ、鉄平が地面に崩れ落ちた。
(強い……敵わねえ……)
心中、音を上げる。
無理もない、元々予想はしていた。仮にも兵役、仮にも戦士。ガタイで負けても、技術で負けぬ。素人に過ぎない鉄平程度、相手にならぬのは道理であった。でも――
「何で、受け止められるんだ……」
――そう。体重差は、絶対差。膂力の違いは真っ直ぐだ。小兵が正面受け止めて、流せたりなんか出来やしない。それも、道理で在るはずで。
『うん。ズル――してるから』
キコの返答も、納得が行くと言えば、そういうものか。
「――魔道具?」
『そう。人間は、魔法は使えない。でも、魔力の乗った素材なら扱える。それで作ったのが魔道具』
これとかね――。キコが、ナイフを掲げる。
なるほど、訝しい金属音も、受けのカラクリも、そういうことか。
「へえ、そういうのがあるのか……」
『でも、誰もが何でも使えるとか、そういうわけじゃない。殆どの魔道具が、選ばれなければ只のガラクタ』
「じゃあ、俺が魔道具を貰っても、意味が無い可能性の方が高いのか……?」
『うん、多分』
そんなに、便利なもんでもないらしい。
『一応、魔道具がどういうものかを教えておきたかったから、実際に見てもらった。ごめんね』
「いや、全然構わないよ! 俺のことを思ってやってくれたんなら、オールオッケーさ!」
『ご主人様、気持ち悪るっ……』
おい、通訳中に自分の感想を挟むな糞スライム。
まあ、なんやかんや魔道具ってものも分かった。戦い方を教わるのだって、悪いものじゃない。これから、何に巻き込まれるのか分からないから。
真相が一個分かったので、ついでに他の真相も聞いとくか。
「それで、結局何でおれの世話係になりたいと思ったんだ?」
リアリから聞いた話の、まんまでは無さそうだし。
『幾つか有るよ。一つは、このまま放っといて、顔の知ってる人が死ぬのが嫌だったから』
戦争は、終わらないし。顔、覚えちゃったから――キコの言葉に、悲しみが宿る。
そういえば、前に居た部隊は壊滅したとか、リアリが言っていたな。
『二つ目は、スカウト。テッペイは多分、良い戦士になると思う。お腹のお肉が、ちょっと多いけれど』
むにゅ、腹を摘まれる。むう、腹は仕方ないだろう。
それを置いといても、まあこれだけのガタイだ。戦士としても恵まれてるのかもしれない。――ああそれか、一目惚れって。
『三つ目は……世界が滅ぶ直前だから、折角だし』
「折角……?」
『内緒』
あら、誤魔化された。けれど、なんとなくあらましは分かったし。
それじゃあ、改めて尋ねる。
「じゃあキコは、俺に何を望んでる?」
『――』
キコは一回、目を閉じて。
『強くなること。突然、魔人に襲われたって、一人で生き延びれるぐらいに』
そうか。やっぱり、優しい子だ。俺のこと思ってくれているのは確か。なら、俺も応えるしか無い。
「――分かったよ。強くなる。幸い、努力とかそういうのは好きだし、得意だ」
当面の指針は、決まった。