005 デブ、ヒロインが出来る
「なんか、とんでもないところに来ちまったな……」
割り当てられた、テントの中。何が有るわけでもない空間。
この部屋は、リアリのものだ。追い詰められたような顔をした、彼。今は出払っているけれど。
『とぼけちゃってぇ、とんでもないのはご主人様だろっ? 異世界人なんか、超絶最高ウルトラレアだぜっ!』
「うるせえから黙ってろ」
ぎゃは、と。騒ぎ立てる右手をあしらって。
「これからどうすっかな……」
また、鉄平は呟く。
何でか、未だに現実味がない。漠然とした不安はあるけれど。
(元の世界、やっぱり帰れないんだよな)
あの後、コル爺さんに聞いても。少なくとも既知な方法は無いと言われたのに。そうか、としか思わなかった。
いや、今日は色々なことが有りすぎた。思考が追っついてないのだろう。
「寝るか」
『あら、リアリは待たなくても良いのお?』
「今日は疲れた。リアリも許してくれんだろ」
『薄情な男だねえ』
糞スライムと適当に会話して。床に寝そべる。布地越しに伝わる地面の感触は、思ったよりもダイレクト。でもまあ、寝入るのに、困る程でも無い。
(ああ、やっぱり、眠く――)
気付いたときには、鉄平は微睡みに包まれて。
夢を見た。
昔の思い出だ。
高校の時、初めて日本一になった時の記憶。
皆が、拍手で俺を称えて。
両親は、泣いたりなんかしていて。
だから俺は、色んなモノが報われた気がしてた。
だから俺は、其れからも頑張り続けた。
なのに、俺の右手にはもう、円盤は無くて。
ただ――疼くばかり。
「――――」
『――起きな、ご主人様。呼ばれてるぜ』
「……ああ、そんな素敵なゲロボイス、朝から聞きたくなかった……」
これも夢だと、誰か言ってくれ。
一発で眠気も吹っ飛んで、鉄平は起床した。
『いやあ、そんなに褒めるなって。其れよりもぉ、リアリくんが朝飯のときに用が有るんだって!』
「ああ、了解」
誰も褒めちゃいないが、そんなの構う奴じゃ無いのは、昨日でよくわかった。
リアリがやってくれたのだろう。上から掛けられていた毛布を、畳んで隅に置いて。どうやら、配給になってるらしい飯を取りに行く。
――外は未だ、早朝も良いところだった。
『ごめんね……このくらいの時間じゃないと、目立つからさ――』
――君も、僕も。リアリが、陰気臭く言う。
俺は目立つのもオーライカモンなのだが、リアリも嫌なら仕方ない。
ぶらぶら、朝の散歩がてら。配給テントへ向かう。
「そういやリアリ、朝飯のときの話しって?」
『ああ……テッペイに世話係を付けることになったから、紹介したかったんだ』
「世話係?」
『うん。世話係兼、観察役。僕はそんなに、一緒に居られないから』
あら、随分親切なこった。しかも、早い。こんな状況、執政もマトモに回っちゃいないだろうに、どうやったんだろうか。
「昨日の今日で、どっから見つけて来たのさ?」
『……向こうから、申し出が有った』
「は? おいスライム、お前翻訳間違えてんだろ」
『残念ながら、正しいぜえ』
――背中に、悪寒が走った。
朝飯のは、芋と野菜のスープだった。前はここに、パンがついたと言ったけれど。小麦も畑も無くなったらしくて。どうにか、キャンプで生やせるもので作ってるとか。
(まあ、食えるだけマシだ。いざとなれば、蓄えもある)
自分の腹を見ながら。
「結局、志願者って何さ……?」
『僕の、一応知り合い。キャンプを連れて歩いた時に、見てたらしい。其れで、アイツは何だとか、昨日の夜にそういう話になった』
「なるほど……」
リアリの、知り合いなら。まあ、そんなに悪いヤツじゃないだろうか。でも、不安が拭いきれない。たらりと、背中に汗が伝う。
身の丈190あるガチムチデブを見て、この人世話したいって思うやつがいるか? いや、いない。いても、マトモなはずが無い。
「で、どういう奴?」
『職業は、兵隊。元の部隊が壊滅したから、今は使い走りみたいになってしまった、ね……』
「お、おう」
はい、出ました軍役。鍛え抜かれた体を持て余した、戦士。其れがもう、俺を求めるとか、もうそういう事じゃん。
いやまだ、ただの親切な人の可能性が有る! きっとそうだ、そうに決まってる。
「ち、因みに理由の方は……」
『何か、一目惚れらしい』
「ド直球じゃねえか畜生!!」
前略、お母さん。貴方の息子は、見知らぬ土地で娘になるかもしれません。でも、心配しないでください。元気にやっていきます。世界も滅ぶそうですが。かしこ。
「ねえ、リアリさん。会わなくても良い……?」
『申し訳ないが、観察役でもあるから。これは決定だよ』
「そでございますか……」
『そろそろ、来るんじゃないかな……』
ああ、願うなら。一分先の未来が、永遠に来ないでくれ。
そんな望みが、叶うわけも無く。
『ああ、居た。アレだ』
リアリが指さした先。其処に居たのは、
「え」
確かに、腰に差したナイフ。ブレない歩み。様相とか、佇まいとか。戦士の其れで、ある気がするけど。でも、その姿は間違いなく――
「――女の子おおお!?」
『ああ、キコって言う』
なんてこった。とんだミスリードをしちまった――テッペイの頭は、そんなことを考えながら。
拳は、天を向いていた。