004 デブ、予想外
「ああーーっ、骨が折れた……」
『すまないね、テッペーくん』
なんとかかんとか、自分の現状を伝え終わって、一息つく。うんこスライムの通訳越しに、コル爺さんに謝られながら。
俺の右手の正体については、向こうもすぐに思い当たった様で。だからこそ、俺がマトモじゃねえと思われた。そりゃあ、脳に寄生して操るスライム。頭を侵されて居ないほうが珍しい。
『うん。君が他の世界から来たっていうのは理解る。そういうのは今までも、稀にはあったからね』
其れで、今はその話。俺が他の世界から来たって話。
意外にも、向こうの反応は穏やかで。なるほど、無い話じゃあ、無いのか。
「じゃあ、他にも居るのか。俺みたいな異世界人」
『いや、居ない。もしかしたら居るのかも知れないけれど……居ないだろね。モノとか瓦礫は偶に来るけれど、人なんて殆ど来ない。其れに、生きた人が来るのは、初めて見る』
「生きた、人……」
詰まりは、他の来訪者は――
ぞっ、と。首筋に寒気を感じる。
『だから、君の言う地球って世界のことは理解らないよ。ただ――ね』
コル爺さんが、少し申し訳なさそうに。
『最近は、飛来物も増えてた。こういうコトがあっても、おかしくは無いと思ってるよ。じゃあ、改めて――』
重い口、開く。他の奴らも、目を伏せて。
『――滅びゆく世界へ、ようこそ。テッペーくん』
自虐気味に、そう言った。
「――滅びゆく、世界……」
一瞬、スライムの翻訳ミスを疑った。でも、違うらしい。
『うん。この世界は滅ぶ。別に、とんでもない敵がいて、そいつに滅ぼされるとかじゃなくて。もう、寿命なんだ……』
寿命。言ってることが理解らない。星の寿命とか、聞いたことは有るけれど。そういうことだろうか。
そう思って、聞いて見るけれど。
『理解らないけれど、違うと思うよ。もっと直接――世界が先に滅び始めてる』
「いや、すまない。何を言ってるかさっぱり……」
何だ、世界の滅びって……
『そうだね……外、出てみようか』
そう言って、コル爺さんは席を立った。イケメン……いや、リアリが入り口の仕切り布を捲る。
コル爺さんに続いて、俺も外へ出て。ああ――外はすっかり、暗くなっている。気温も、結構寒い。
『君の世界の星空って、どうだったかな?』
コル爺さんに聞かれた。まあ、都内だったからな。あんまり綺麗には見えなかった。其れこそ、こんな田舎と比べたら――
「――え」
『そうか、多分綺麗だったんだろうね。――此処に比べたら』
星が、無かった。昼間、外は快晴だった。夜になって、急に雲が掛かったとか、そういうことは無いだろう。
でも、無い。星が。目を凝らせば、薄く、微かに光る恒星はある。でも、其れは弱々しく瞬くばかり。とても、田舎で見る空の輝きでは無い。
『昔は、もっと見えたんだよ。私が小さい頃は、何倍も。古い資料の天体図なんかだと、もう、無限のように有ったらしいね』
「でも、無くなった……」
『そう、無くなった。始まりは、700年くらい前みたいだね。星が消え始めた。謎の飛来物が増えた。其れで、段々そういうことが増えて――』
此れは、おかしいと。人々が口にし始めたとき。
『――世界に、穴が空いたんだ』
「あ、な……」
俺は、ただオウム返しをするばかり。
脳の処理速度が、追いつかない。
『地面に穴ぼこ空いたとか、そういうワケじゃないよ。空も、海も、空間全体が無くなってる。無かったことになってる。在るのは、不思議なうねりばかりだ。今度一回、見てくると良い。あんまり近づくと良くないけれど、望遠鏡で覗くくらいなら大丈夫さ』
「わ、分かった」
取り敢えず、承諾はして。
其れで、疑問を尋ねる。
「どれくらい、残ってるんだ……?」
『どれくらいかなあ。ウチの国の多分半分くらい。其れだけ残して、みんな穴になっちゃったと思う。最初はゆっくり、何年も掛けてだったんだけどね。ここに来て、急に加速し始めちゃった』
「じゃあ、そこに居た人達は……?」
『飲み込まれたよ。今いる人間の生き残りは、ここ以外に、あと二つのキャンプがあるだけ。つい最近までは有ったんだよ?大っきい都市。其処に、世界の生き残りの殆どが集まって、どうにかしようと頑張ってたんだ。予測が外れて、まるごと無くなっちゃったけどね』
キャンプ、三つ。其れが最後の生き残り。
其れが今ある、文明の全て。
『この世界は、大体こんな感じだね』
『――コル様、其れだけじゃ、無いでしょう……』
コルの話、終わろうとして。横槍が跳んできた。イケメン、リアリだ。
ああ、そうだね――コル爺さんから、詫びを貰って。
『人間の生き残りは、キャンプ三つ。其れで全部だけどね、居るんだよ他にも。獣、魔物、亜人、其れから――魔人。みんな数は減っちゃったけどね』
亜人に、魔人。スライムが、俺の理解る言葉に直してくれてるのだろう。
少なくともそいつらは、人間とは呼ばれて無くて。
『自分の種族を生きながらえさせる、少しでも。其れは本能だよ。でも、其れには土地が足りない。今の住処が、まるごと吹っ飛ぶ可能性もある。みんな、穏やかに余生を過ごすって道は……無かったのさ』
ああ、察した。狭い中、違う種族達が閉じ込められて。
そうなったらもう、蠱毒の壺とか。その類だ。
『――この世界の危機に、僕らは戦争をしている』
ああ、やっぱり。
なんて、救われない。
『――楽しそうだろ、ご主人様ぁ?』
――グチュ。最後にスライムが、反吐の出そうな声でそう言った。