034 デブ、斬られる
夕暮れ。同じ色でも、前より暗い気がする。
いや、昼の太陽だってそうだ。取り分け、大きくは違わないけれど。それでも、燦々と照らす陽光は、どうにもその量を減らして。
(その内、夜だけになるのかも)
そんな風に、考える。
もし太陽が無くなれば、それだけじゃ済まないのだけれど。この世界の認識は、そこまで深くには及んでないから。
「そろそろ――」
どうでも良いこと、考えていたら。もう良い時間になった。
もう時期、帰ってくるだろう。私の同居人。監視対象。
「私は、何がしたい」
最近、自分がよく解らない。出来もしないのに、人を騙すような真似をして。別に怒ってるワケでも無いのに、こっちから避けたりして。理屈の上じゃ、そんなの何の意味も無いって理解るのに。
(結局、殺しきれない感情に振り回されて)
そんな程度の、弱い女だ。
だから私は、何も背負えはしないし。その気も無いのに。
「私が何か出来るって思ってるやつは――みんな馬鹿だ」
「どうしたの?」
ああ、タイミングが悪い。もう帰ってきた。予測は確かに、していたんだけど。
(まあ別に。いつでも変わらないか)
だったら。
「おかえり。テッペイ」
「ただいま……?」
少し困惑した様子で、テッペイが返してきた。
最近は、簡単な言葉ならもう通訳が要らなくなってきていて。だからさっきの独り言も、もしかすると聞こえたかもしれない。
(聞かれて、どうこうなるもんじゃ無いけれど)
取り敢えず、なかったコトにして。
「何でも無い。考え事、してただけ」
「そうか。なら良いんだけど……」
戸惑う鉄平は、此方の出方を伺って。
ああ、そうか。どうにも避けようとしていた、いつもの様な。ごちゃごちゃしたモノは浮かんで来なくて。そういうアレコレさっき済ませたからか。
「ねえ。テッペイ」
「はい、何でごぜえましょうか」
改まるような、親しげなような。そんな語り口。出会ったときみたい。ちょっと、落ち着く。
変わる原因の、ある程度以上は私だけれど。
「私と一緒に死んでって言ったら、テッペイはどうする」
面倒くさい女だ。本当に。
自分が毛嫌いするそんなものに、躊躇なく成れる様になったのだから、私は結構、変わったのだろう。良いことではない、変化の類でも。
「――――」
『理由次第、だってさ。俺がキコのために死ぬのは良いけれど、キコが死ぬのは嫌だからって。いやもう、臭すぎて卒倒しちゃうね』
今度のは、上手く伝わらなかったみたいで。煩い、合いの手入りの通訳を通して。
「そう――ありがとう」
何かテッペイの方も、少し吹っ切れたみたいに。
やっぱり、優しい。根はお人好しで、真面目なのだろう。だから一緒に居た数ヶ月、むさ苦しいけど、不快じゃあ無かった。
「ねえ――」
そして私は、もう一度。尋ねる。声を掛ける。
私のために死ぬのを厭わない彼に、我儘を聞いてもらう。
「――テッペイ。戦って。私と」
「は……? キコ、何言ってるのよ?」
どうしてか。疲れてる様子の彼に構わずに。
長剣を握りしめた私は、誰よりも馬鹿なことを言った。
久しぶりの感覚。鉈よりも、すっと重くて。とても、片手じゃ振るえない。端から、両手の技しか知りはしないが。
「構えて。テッペイ」
「******ッ!?」
『おいおいキコちゃん。急にどうしたんだって言ってるぜぇ』
彼の右手の、黒い魔獣が伝えてくる。
未だに理解らない、トレースの精度。これくらいの距離。ある程度、感情の判別も出来そうなものだけれど。
(まあ。私にも理解らないもの)
どうしたと言われても、気を違えたとしか言いようが無い。
(ひとつだけ――リアリがああなってしまったの。百聞の一くらいは理解った)
要するに。耐えられなくなってしまっただけなのだ。ただ、それだけ。
もしかしたらテッペイも、駄目になってしまうのだろうか。少なくとも最初に会った頃より、大分擦り減ってるだろうから。
「特に意味はない」
そう言って。こちらから構える。体の真正面。剣の重心を、体の軸に通して――ああ、一本になる。
(未だこの感覚。理解るんだ)
小さいときから、ずっと教わって。振るい続けて。今ではもう、懐古の道具になってしまったが。
でも、素人ひとり、刈り取る程度なら――
「――――――」
――ふ、と。体の力が抜けて。なのに、剣気が満ちる。充足する。
「待てよっ、キコ!!」
一先ず、剣を抜き払って。わざわざ、此方の言葉で呼びかけるテッペイを無視して。
一つの呼吸と、一つの拍。それが終われば、肉は一斉に縮み込んで――
(バイバイ。テッペイ)
突っ立ってるだけなら、このまま私に切られて死ぬ。
反撃を喰らえば、今のテッペイなら、私が切られて死ぬ。
どちらにしても、さよならだ。
(貴方といる心地よさは、荒んだ私には耐えられなかった)
最後にやっと。結論が付いて。
振るう剣にも、理由が出来て。
真っ直ぐに、ど真ん中に。振るわれた剣は――テッペイの骨肉を、容易く切り落とした。




