003 デブ、寄生されてた
イケメンの後ろをずっと歩いて、実に三時間。これだけ歩いたのはいつぶりか。いい加減ヘトヘトで。そろそろ休憩させろと、何とか伝える手段は無いか考え始めたそのとき。
「――――」
金髪イケメンが、指を指す。木々の向こう、山の麓。
何だ、何か在るのかと。その先を見やって。
「――あ」
見えた。明らかな人造物の集まり。
白い屋根、点の様に見える人間。
でも、村と言うにはお粗末過ぎて。
「――野戦、基地?」
簡易的な、テントばかり。数百、いやそれ以上。
鉄郎の人生では見かけたことの無いもの。碌に無い知識の端に、引っかかるとしたらそれが近い。
こんなモノが作られるくらいだ、平時では無いのだろう。けれど、何か違う――
(敵襲への、備えが無い?)
塹壕とか、そんな上等なものでなくても。少なくとも、もうちょっとマシな備えがあっても良さそうなのに。
そんなコトを考えて。
「そうか――基地じゃなくて、キャンプだ」
キャンプ。難民キャンプ。アフリカとか中東とか、その辺りを今まで気にしたことはなかったから、気づかなかったけれど。
どうにも、陰鬱に見えるのもそういうことか。
「じゃあ、もしかして――」
此方が、いくら喋っても。目の前の青年の反応は無く。だから、構わず独り言を呟く。
「――結構、やばいところに来ちまったのか」
鉄郎の額を、冷たい汗が流れて。
どくん、と。右手が一回、脈をうった。
随分と、ジロジロ見られながら。俺達はキャンプの中を歩いた。眼差しに込めるものは人ぞれぞれだけれど。――イケメンへの其れは、心なしか非難的だったかもしれない。
そして、テントに通された。汚いテントだ。何より臭い。中に居る人間の、生活状況が伺える。
(結構、偉い奴に見えるけど)
居るのは、椅子に座った爺さんと。周りに、おっさん、おっさん、金髪イケメン。
まあ、どれも下っ端って様子じゃない。なのにこんなに汚く見えるのは――其れだけやべえってことだ。
「――――」
「――――――」
おっさん1と爺さんが話しかけてくる。全然解らん。向こうも困った様子で、頭を捻っている。
まあでも、其れなりに友好的な気がする。イケメンは助けてくれたし、余所者は問答無用で極刑でことは無さそうで。だから。
「成田鉄平。なりた、てっぺい」
自分を指差して、名乗る。コミュニケーションの第一歩は、自己紹介って相場で決まってる。
「ヌリテ、トゥペイ」
向こうが、復唱する。おう、大体合ってる。合ってるが、トゥペイは締まらんし何かやだ。
「鉄平。てっ、ぺー!」
「テッペー」
オッケー。分かったようだ。
今度は爺さんが名乗る。
「コル」
コル。コルか。まあ分かりやすくて良いな。次は――
「リアリ」
イケメンが、ポツリと呟く。リアリか。名前もソコソコいけてんなコイツ。
でも、どうにも伏し目がちで、悲しげだ。目にも隈がかかってる。折角のイケメンが台無しだぞ。
「――テッペー――――」
「――――」
そして、爺さんがおっさん1、2と話し始める。うーむ、こうなるともう分からん。
イケメンに目配せしてみるけれど、元気なく笑うだけで何も返してくれない。悲しい。
「せめて通訳がいりゃ良いのに――」
そんな、無茶な願いなんか、言ったりして――
『――通訳なら、此処に居るぜえ』
テントに、日本語が響いた。自分以外で、初めての。
でも其れは、都合よく同郷の人間が居たとか、そういうことじゃなくて。もっと悍ましい――
『――宿を借りてる身だしなあ、ちょっとくらい手伝ってやるよ』
爺さんとおっさんが、驚いたように此方を向く。イケメンは剣を抜いた。
ああ、そうなるとも。全くもって正しい反応だ。何せ――
鉄郎の右の手のひら。ドス黒く、ぶくぶく膨らんだ其れが、バックリ割れて――口となって、喋っていた。
「何だ、何だよてめえっ!」
『あら、ツレナイねえ。ご・主・人・様っ』
「気色悪い言い方すんな!」
右手の口が、げらげら笑う。その度に、汚え汁が糸を引いて。グロテスクにも程がある。
「良いから質問に答えろっ」
『オーケーオーケー。分かったよご主人様。でも悲しい言い方しないで欲しいねえ、さっき肌を重ねた仲だろう?』
「肌って――やっぱりお前、あのスライムか……」
『ご名答』
まあ、予想通りは予想通りだ。だが、信じられんことでも有る。周りの爺さんもおっさんもキョトンとしてるし、この世界では普通ってワケでも無さそうだしな。
「お前が何で……俺の右手に居るのかってのは想像が付くから聞かん」
めっさ核みたいなん埋め込まれたしな。
「そんで、何でその糞スライムが日本語を喋ってんだ」
『そりゃあ、ご主人様の脳をトレースしたからに決まってんだろうさ』
ちょちょいとね。巫山戯た口調で、スライムが言う。
『元々、俺らの種族に知能なんて無い。だから、在るのは本能だけ。本能で他の生命に寄生して、そこで初めて意識が芽生える』
「じゃあ、頭を狙って来たのも――」
『そうさ、そっちに行けばまるごと支配できるからな。まあ、ご主人様が頑張っちゃうものだから、腕に行くしか無くなっちまった。脳のトレースなんかは、スキルだからどうにかなったけどねえ』
ニチャリ、薄気味悪い笑みを浮かべる。
「まあ、置いとこう。そんで、お前が何で協力しやがるのかも、この際聞かん」
『あら、酷いじゃねえか』
「無駄口叩くな。――で、だ。お前が日本語を喋れんのは分かったが、其れで何で通訳が出来る」
『ああ、そんなコトかよお』
馬鹿にするように、スライムが言う。
『さっき言ったじゃねえか。スキルだよ、スキル。この世界でそういう呼び方をするわけじゃねえけど、まあどうでも良いね――』
「スキル……か」
『そうさあ、スキルだ。お前がスライムと呼んだ種族は、幾つかスキルを持ってる。増殖、治癒、寄生、そんで記憶のトレースだ。このトレースは、便利なもんで、ちょっとくらい離れていても使えるのさあ』
だから脳に寄生出来なくても、ご主人様のトレースが出来たワケ。
スライムが、そう語る。まあ、理屈は知らんが、言ってることは理解る。いろいろファンタジー過ぎて頭が追いついて無いが、まあしゃあねえ。
『で、どうだい? 通訳、折角買って出たんだから、乗った方がトクだろう?』
「糞が。まあ、腹立つが――」
この際、頼れるものは猫でもスライムでも使ってやる。
「――やってくれ」
『オーケイ。分かったぜご主人様』
先ずは、完全にヤバイ奴を見る目をしてる、目の前の現地人達の誤解から解かなきゃならん。