017 デブ、助けは――
少女は、叫んでいた。
息も絶え絶えに、やっとこさたどり着いた避難所。
弟は、疲れてへたり込んでしまっているけれど。少女には、未だやることが有った。
「お願い――」
言葉も通じず。代わりに右手の肉に喋らせる。恐ろしい風貌の、大男。
けれど、弟を探したいという我儘を聞いてくれて。手伝ってくれた人。最後まで、見知らぬ自分たちを助けてくれた優しい人。
「――誰かっ!!」
彼は、一人残った。自分たちを逃がすために。もっと恐ろしい、亜人に立ち向かって。
剣を携えてはいたけれど。きっと彼は、兵士じゃない。だから、私は連れて行かなければならない。何としても。彼に、援軍を――
「無理だよ。この場に居る兵士は動かない。其の一人を救うために、他の誰かが犠牲になるかもしれない」
そう言う兵士は、少し前に私が詰め寄ったのと同じ人。彼も、酷い人じゃない。話は聞いてはくれるし、こっちの気持ちも理解してくれる。
でも分厚い手甲を身に着けた彼は、余りにも職務に忠実で。一時の感情に絆されたりしなくて。
「でも……!!」
「諦めな。嬢ちゃんは、自分の命を救ってくれたこと、感謝すれば良い」
「……っ」
やっぱり、無理なのか。
自分は、恩人の一人も助けられないのか――
――そのとき。
「伝令。敵の攻勢は無くなった。散兵が未だ居るのを掃討すれば、少なくとも明後日には市民もキャンプに戻れる」
「ああ、ありがとうございます」
兵装の、女性がやって来た。歳は、どれくらいだろうか。少女よりは上だろうけれど、小柄で、かなり若く見える。
でも、ひ弱さは欠片も無い。血に塗れた大鉈と、研ぎ澄まされたナイフを腰に垂らして。綺麗な筈の顔立ちは、戦士のそれに変わり果てている。
「其れだけ。じゃあ、キャンプの様子を見てくる」
「お疲れ様です」
しかも、ここの兵よりは偉い様で。
もしか、すると――
「あのっ」
「何――?」
話しかけて。そして、感情の無い目で覗かれる。
ああ、無理か。でも、頼まないよりは――
「助けてほしいんです! 亜人に襲われて、私達を逃がすために、残った人が居て――」
「無理。もう、その人は死んでる」
「――っ」
聞きたくなかったけれど。限りなく事実に近いだろう、予想。
彼と別れてから、もう随分と時間が経って。其れで、今更助けに行っても、もう……
「で、でもっ」
「無理だと言って……」
そのとき、何かを思い出したように。女の人が辺りを見回す。
キョロキョロと探して、見つからないと言う様子で。
「男。変な格好の、剣を担いだ大男。来てない?」
兵士に、問いただす。
ああ、その人は――
「いや、見た気はしますが、今どこに居るかは……」
「その人、その人ですっ! 私を助けてくれた人っ――」
会話に割り込んで。叫ぶ。
すると、女の人が、目を見開いて、そして……
「そう、なの」
悲しそうな、顔をした。
「場所、教えて。行ってくる」
「あ、ありがとうございますっ!」
でも、直ぐに無表情に戻って。そう、言ってくれた。
何でだろう、知ってる人、ではあったのだろうけれど。
「勘違いはしないで。別に、助けに行くわけじゃない」
「え……」
彼女の中の結論は、変わっていないのか。
ただ、少しの情が入っただけで。
「てっぺー。お別れ、ぐらいは――やってあげる」
此方でない、どこかを見ながら。ああ、もう一度。悲しそうな表情をして――
苦しい、苦しかった、
どれだけ、肺に酸素を詰め込んでも。体は一向に立ち直ってくれない。
腕は、足は、持ち上げるだけでも、精一杯で。なのに、無理して、動かすものだから。エネルギーはもう、とっくに底を尽きて。
『右ィッッ!!』
「ッ――」
スライムが叫ぶ。
気を抜いたら、意識が消えて無くなりそうな中。何とか、捌き続ける。
鉄平は未だ、生きていた。いや、死に体と、言うべきだろうが。
「――――オオオオオオオオオオオッッ!!」
対する亜人は、変わらない。
棍棒を、拳を、振るい続ける。何度も、何度も。
一向に、衰える事のない一撃。その繰り返しが、依然として襲い続ける。
(もう、厳しいな)
鉄平はもう、ほとんど諦めていた。
最後の望み、助けが来ることを祈っては居たが。そんな早くは、来やしない。
そんな幸運は、容易く起こっちゃくれない。
「なあすらいむっ、助け、来ると思うか……?」
『まあ、なんつうか。間に合いはしねえだろうなア……』
正直に、申し訳無さそうに。スライムが言った。
其れが、現実。どうしようも無い、事実。
「はあっ」
また、来る。亜人の一撃。必殺の重み。
其れを、避けて。また一秒、生きながらえて。
(出来ること、無いかな)
未だ、試していないこと。
キコに教わったこと。
形勢をひっくり返せる、逆転の一手とか。
(出来ること)
何か、閃かないか。
俺は、脳筋だけれど。馬鹿すぎはしないはずだ。回転する頭だって、持っている筈だ。
(出来ること)
何か、地球の知識とか。
敵を陥れられる罠とか。
(出来ること)
そもそも、俺が出来ることってなんだろう。
運動神経は良い。だからここまで、何とか生き延びている。
(出来ること)
あとは、お調子乗りで。話すことが好きで。
だから、どこへ行ってもそこそこ上手くやれて。
(出来ること)
料理とか、出来ないな。家事は全般出来ない。
あと、彼女は出来たこと無い。一回くらい、作りたかったな。
(出来ること)
あとは。
(出来ること――)
あとは――――――
「オオオオオオオオオオオ――」
鉄平に、棍撃が襲いかかる。
ごちゃごちゃと。考え事をして、意識を現実に向けるのが遅れて。
結局最後まで、何も閃かないのか。
そして――
「ああ」
――出来ること、あった。
「――オオオオオオオオオオオッッ!!」
迫る、暴力。
鉄平は――