016 デブ、躱すけど
亜人は、強い。どれだけの戦に敗れようと、どれだけ数を減らされようと。
人には、知恵があり。戦術がある。魔道具もあった。だから、勝てる。でも、そうでないなら――
「オオオ――――」
亜人は、振るう。振るう。技も、合理もなく。ただ、徒に暴力ばかりが振るわれて。
「があッ」
でも、其れだけで。鉄平は死に体だった。
命中は許しちゃいない。カスリすらさせてない。なのに、棍棒が肌の十何センチ先を通り過ぎるだけで、どっと背中から汗が吹き出す。
――袈裟に振り下ろされる。
右の爪先を跳ね上げて、踵で飛び出して避ける。
――下から上へ、下半身の力がよく乗った、大振りの一撃。
腰を捻る。体を旋回させて、躱す。
――無茶な攻撃で崩れた体を、投げ打って。何のへったくれも無い、体当たり。
こんなのどうしろってんだ! 飛び退いて、地面を転がりながら、範囲から逃れる!
「はあっ」
もう、何が何やら。亜人の攻撃は、美しさの欠片も無く。
乱雑に振るわれるばかりのそれは、鉄平でも避けられた。だけど――っ!
「――――オオオオオオオッッ!!」
其れが、無限に来る。
いつ終わるのか、そんな問いすらも無意味。当たるまで、殺すまで、確実に振るわれ続けるっ。
もう、どうすりゃ良いのか理解らなくて――
「――危ねえッッ!!」
『おい、シャッキリしやがれッ』
棍棒が、服を掠めた。繊維が裂けて、散り散りになる。
少し気を抜いただけでこれだった。
「オッ――」
勝機と見たか。亜人の追撃が、より鋭く。
撓る腕が、鉄平の頭部目掛けて。拳に遠心力も、乗せこんで。
「ざけんなあッ!!」
其の拳の先に、剣先を向けて。カウンターでぶち抜いてやろうと――
「――――フ」
――したのに。ピタリと、亜人の拳は止まる。
そして、ぐるりと回転して。
「――――オオッッ」
棍棒を、振り下ろす。
(くそっ、くそおっっ――)
大丈夫、当たりはしない。緊急回避、ちゃんと間に合う。
でも、其れだけだ。他に、何も出来ない、許されない。
(――反応、早すぎるだろっ)
亜人の強み。様々有っても、鉄平が一番怖いのが、其れだった。
こっちがいくら躱して、気を伺って。漸く出した一撃が、全部ふいにされる程の超反応。
(これがキコなら、簡単にどうにかしたのかも知れねえけどっ)
自分には、出来ない。鉄平は、心中で嘆く。
だが、これは間違いだ。仮にキコでも、同じ状況、同じ亜人相手。簡単には、倒せない。否、もし魔具を使わない条件なら、
確実に負ける。
古い兵士たちは、亜人の恐怖は数だと、口を揃えた。
けれど、それが狩人や用心棒の様な人間なら、違うことを話す。
「亜人が怖いのは、一対一のときだ。その条件なら、亜人は魔人にすら匹敵する」
この差異は、亜人を相手取る状況の差だ。
兵士たちは、個で亜人を相手する事が殆ど無い。仮に有っても、味方の援護が有り、亜人も複数である、という条件でだけ。
亜人は、視野が狭い。だから、乱戦下に於いては、敵も味方含めて、些細なことに気を取られてしまう。
所以、生まれるのは無駄な思考、混乱。冷静に、己の力を発揮できないまま、亜人は毟られるように殺される。
――でも、一対一なら?
亜人は、一つの外敵に集中出来る。
ただの一体に、自分の力を振るえる。
視野が狭いというのは、その中だけなら、多くの情報が得られるということ。
其れに、元来持つ身体能力が合わされば――
――もはやスキルとも言うべき、超反応が完成する。
鉄平は、よくやっていた。
彼もまた、一流の反射神経と、危機回避能力を持っていて。だから何とか、堪えられていた。
これが、剣の腕前で鉄平を上回るくらいの、並の兵士だったなら――文字通り秒殺だったろう。
でも――
「だあっ、もう、やばいっ」
『気張れ、気張れよ。なんなら、逃げてもいいだろっ! ガキンチョ共はもうとっくに逃げおおせてるっ』
そろそろ、鉄平も限界。
頑張った、もう休んでいいよ。そう、声を掛けたくなる必死さで、ここまで耐えちゃ来たけれど。体力は、いつまでも続かない。
「ああ、そうかっ」
撤退なんて、スライムが言うまで、思い浮かびもしなかった。
其れだけ限界だったのだ。もう、此処で粘る必要なんて無かった。
「逃げる、っ――」
だから、鉄平は逃走を選んだ。もう、一刻も早くこの場から避りたかった。亜人から、少しでも遠くへ行きたかった。
ほら、不意を突いて駆け出せば、あっという間に亜人から離れられる。足の速さなら、こっちのが――
「――って思ったのに、なあ」
でも、無理だった。
ただでさえ、持久力は並よりも優秀程度。なのに、ここまで無理をして耐えてきて。鉄平の体は、悲鳴を上げるばかり。
すぐに、亜人に追いつかれる。
「俺って、やっぱ大した事ねえな」
『いやあ、仕方ないわ。今回はご主人様、頑張ったわ』
ああ、また振るわれる棍撃。
もう一度、無限の中に取り込まれてゆく。
「ちく、しょう……」
鉄平は半ば、諦め始めていた。
でも、後悔してるワケじゃなくて。最後に、人の役に立ててよかったなあとか、そんな事を思っていて。
――死が、擦り寄り始める、ラウンド3。