014 デブ、見つけて見つかる
「おい、まだか!?」
『なんか、キャンプの端っこらしいぜ。こらあ、貧乏くじ引いちゃったな、ご主人様』
「くそっ。望んで引いたんだ、仕方ねえっ!」
少女を担いだまあ、鉄平はキャンプを駆けていた。
通り過ぎるテントたち。何か、外見は漁られたりした様子は無く。だから亜人達も、此処まではやって来て無いのだろうけれど。
「この先まで、来てないとは限らねえしなっ」
『まあ、だろうさ。大勢でやっては来なくても、あぶれた奴らってのはいる。一体でも、出くわしたら脅威だぜえ』
亜人。そいつらが、どれくらいのモノかは知らない。キコ達にとっては、大した敵でなくとも。鉄平にとっては違う。
さした戦闘経験も無く、武器も無い。唯一、護身用に持っているロングソードだって、付け焼き刃でしか使えない。
「あああっ、ちょっと疲れてきたっ。持久トレ、もうちょいやっとけば良かった……!」
『人ひとり担いで、こんだけ走ってねえ。ちょっとだけなら、十分じゃないの……?』
いや、疲れたってことは、ベストじゃなくなったって事だ。
つまり、そんな状況になっては、こっちの不利が増えるだけだ。
「この件が終わったら、トレーニングメニュー増やすかーっ」
『その前になあ、喋りながら走るの止めれば良いんじゃね?』
それは出来ない相談だ。話すのを止めたら、寂しくてしんでしまうの。
鉄平ちゃんは、孤独に弱い生き物なの。
「ほら、モチベーション上げるってのも大事だし? アドレナリンどばどば出てるときって、勝手に言葉出てきちゃうし?」
『豚さんがブヒブヒ何か言ってラア』
「うっせえ黙れ不定形っ!!」
そうやって罵倒して良いのはキコだけだ。てめえみてえなグロ十八禁寄生生物に言われてもキュンと来ねえんだよ。
『でも、後ろの女の子がうるせえって言ってるぞ』
「あっ、なんかすみませんっ!」
本当に言ったかは定かじゃないが。ボソリと何か呟いてたし。
うん。ちょっと騒ぎすぎたね。これで亜人に気づかれたら、元も子も無い。
「喋ってる間に結構走ったけどっ、未だっ?」
『もうちょっとらしいぞ。お、あのテントだって』
女の子が、指差して。ああ、あれか。大っきいテント。汚らしいテント。
どれだけの人数が、詰め込まれていたか理解らないけれど。
「おっし。到着っ!」
ざざっ。地面の上を滑りつつ。特急鉄平号ただいま到着。ご乗車ありがとうございました。
「で、どこに居るの?」
『まあ、居るとしたら中だろうけどさあ……』
テントの幕を潜って、中に入るけれど。
まあ、居ない。ちょっと感づいてはいた。この娘の弟は、もっと前にこっちに向かっている。
忘れ物なんて、すぐに見つけられるだろうし。道中で会わなかったってことは、どっかに寄り道してる筈。
何となく、思い浮かぶのは――
「なあ、スライム。一個聞いてみてくんない?」
『良いけどねえ、何よ?』
「結構さ、その辺の荷物ひっくり返されてるけれど。出るときもそうだったかって」
『ああ、なるほどねえ……』
スライムが、少女に話しかける。
未だに、この汚い右手と会話するのは辛そうだけれど。女の子も、おっかなびっくり返答して。
『ビンゴっぽいねえ。こんなに、汚くは無かったって』
「たくましい弟さんだ……」
つまりは、火事場泥棒。多分、それを狙って来たわけじゃないだろうけれど。
気付いてしまったのだろう。辺りに、誰も居なくて。それでいて、バレても全部亜人の所為。
「じゃあ、他のテントに行ってんのかな……」
『大して収穫もないだろうによお』
だからこそ、やるのかもしれない。
殆ど無いからこそ、飢えと渇望がふつふつと湧くのだろう。見つかるまで、見つかるまでと。
女の子は、バツが悪そうに俯いて。
『んで、どうすんのご主人様あ?』
「まあ、探すよ。この娘の弟くらいの歳じゃ、ちょっとやんちゃしたくなるだろ?」
俺もよく、ジャッキーごっことかで骨折してたっけ。
時計台から飛び降りるのは、流石に二度とやろうと思いません。やっぱジャッキーってすげえわ。
『良いけどさあ。じゃあ、ちゃちゃっと回ってくだせえや。少しでも留まらないほうが、身のためよ?』
「りょうかい」
そして、そこからテントを回って、回って。
一つ一つ、虱潰し。
「そう簡単には、見つかりませんか……」
『だろうねえ』
女の子は、申し訳なさそうにするけれど。
でも、探すのはやめられない。まあ、見つかってしまえばモーマンタイよ。
「ん? このテント、漁られてねえな」
『あら、ってことは、この近くじゃない?』
スライムの言うとおりだと、嬉しいのだけれど。
取り敢えず、次のテント。覗くことにして――
――いた。
今まさに、荷物を漁っている最中。小脇に、何だろう。乾パンとか、服とか。少しばかり、抱えている。
十つにもならないだろう、男の子。
「――っ!」
マズイ。男の子はそんな顔をした。それはきっと、正しい反応。
そこに、女の子がズンズン近づいて。
「――――」
――ぱちん。その頬を、平手で叩いて。
そして、ぎゅっと抱きしめた。泣きじゃくりながら。なんて言ってるのかは理解らないけれど。でも、理解る。
ツラレて泣く、男の子。多分、自分がイケないことをしていたと、分かっているから。
『感動的なのは良いけど、さっさと引剥して連れて帰んな』
「そうだな……」
いつまでも、此処に居るわけにはいかない。
亜人達、来るかは知らないが、来る可能性は避難場所よりもずっと高い。
だから、二人に近づいて。そろそろ行くぞと、スライムに声を掛けさせて。男の子が、一瞬ぎょっとしたけれど。女の子が、平気だよっと言うように、手を掴んで。
「よし、行くか――」
そうやって、テントを出て――
――映った。視界の端。未だ、ずっと遠い。遠いけれど、鉄平の目には、はっきりと。
そして、向こうも気付いている。その証拠に、こっちへと、近づいてきて。
鉄平よりも、少し大きい身の丈。
その相貌は、醜悪で。
わざとらしいくらいに大きい棍棒を、肩に担いで。
「――やばい」
正しく、亜人だった。見たことは無くても、ソレがそうだと確信した。
他に、何か言う前に。姉弟を抱えて、鉄平は走り出した。