013 デブ、お節介
「――っし、いた!」
前を走る少女は、意外とすばしっこく。そりゃあ、こっちの方が足は速いけど。其れでも、何度か見失ってしまって。
でも、もう大丈夫。視界は開けてる。少しだけ、本気を出して追いかけて――
「――ッ!?」
向こうも、此方に気付いている。偶に振り返る度、見える形相は――必死の二文字。
仕方ない。こんな大男、しかも亜人似に追いかけられて。そんなの、恐いに決まってる。
『うわあご主人様、変態だあっ、不審者だあ!』
「嬉しそうにするなっ! お前が喋ると余計にビビっちまうだろっ」
わいのわいの、騒ぎながらも。短距離だろうが、長距離だろうが。間違いなく此方が速い。しっかりと距離を詰めて――
「――よし、捕まえたっ!!」
「やあああああああああああっっ!!!!」
無理やり女の子を羽交い締めにして。叫ばれる。いや、当然だ。当然なんだけれども、とてもいけないことをしている気分になる。
「なあ、スライム。どうすれば良いと思う?」
『いやあ、此方が聞きたいわ、ご主人様……』
何も考えずに追いかけてきたのか。そう、呆れられて。
女の子の方は、右手が蠢いて音を発する度、余計に怯えてしまって。
「やあっ……」
ああ、可哀想に。いや、俺の所為なんだけれども。
すごく申し訳ないのは、やまやまなんだけれど。ええと、どうしましょうか。
「とりあえず、訳してくれ。ええと……ぷるぷる、僕は悪い人間じゃないよ」
『其れを言うのは良いけどお、そもそも人間だと思われて無いんじゃない?』
「くそ、本当だから質悪いなおいっ!」
もうだって、女の子が俺を見る目。やばいもん。そろそろ恐怖しきって、自分の運命を受け入れ始めてるもん。なんというか、ごめんなさい。
「取り敢えず、敵意が無いことと、何でこっちに来たのかを聞いてくれ。上手いことお願いします」
『へいへい、分かったよ』
そんで、スライムが話しかけ始めた。
突然、理解できる言語が来て、女の子は驚いているようで。
スライムは、言葉を何とか変えつつも。どうにかこうにか、話を聞いてもらえたらしく。未だ疑い半分、恐怖半分と言った様ではあるが。
『ご主人様。取り敢えずあらましは分かった』
「おう、何だって」
どうやら理由も、聞き出せたようす。
やっぱり、結構有能だなこのスライム。
『なんか、弟がいなくなっちまったらしい。忘れもんしたとか言ってたから、テントに戻ってるんじゃねえかって探しに来たんだと』
「ああ――そうか」
やっぱり、あった。理由。
きっとその弟は、この子の唯一の肉親だろう。そうなら、探さないわけにはいかない。一種、姉であることが彼女の箍かもしれないのだから。
『で、どうすんの? ご主人様』
「そうだな」
ちょっと、悩むふりをする。ふりだ。答えは、とっくに決まっている。
「よいしょっと」
「――っ!?」
少女の体を抱えて。背中に、乗っける。
驚いた様子の、彼女に構わず。ただ、一つの尋ね事。
「おいスライム、どっちに行けば良いか聞いてくれ」
『はいよ……。ああ、敵さんに会っても知らねえぞ……』
スライムは、消沈しながらも。ちゃんと頼んだことは聞いてくれて。
女の子は戸惑いながらも。しっかりと腕を伸ばして、指さす。
「そっちかオッケー! 特急テッペイ号は少々揺れるから、しっかり掴まっておきなっ!!」
『ご主人様、それ伝わってないだろ』
「お前が訳すんだよッ」
『えぇ……』
そんな会話をしながら、走り出す。ぽかんとするばかりの女の子。でも、緊張が解れたのなら、万々歳だ。
「ふうっ」
女の子の体、30キロもあるか理解らないくらい。トレーニングの荷重としては、少々軽すぎる。だから、女の子の足よりも――ずっと早く走れて。
「っしゃ行くぜえ!!」
『テンション高すぎだろぉ……』
スライムの文句なんて、右から左。
俺は、超特急で走り出した。
亜人達は、嘆いていた。
自分たちの望む所を、まるで果たすことが出来ず。
もう、軍団はボロのように崩れ去って。
――征ケ……征ケ……
彼らはもう、崖の淵にいた。
もともと、此度の侵攻だって。北の山が消え去って。あぶれてやって来た魔物達のせいだ。
――征ケ……征ケ……
もう耐えられなくなった、彼らの住処。新しい、場所が必要だった。
けれど。人間は、やっぱり強かった。開かれたのは戦端ではなく、掃討だった。亜人は、ただ狩られるばかりだった。
――奪エ……奪エ……
何も、奪えず。何も、させて貰えず。
棍棒を握る太腕は、虚しく垂れ下がり。千里を駆ける健脚は、逃走を僅かに助けるだけ。
――奪エ……奪エ……
そんな中でも、残る者が居る。もう、その行為に意味なんて無いのに。
ありったけの勇気で、略奪を行う。其れは、本当に不毛なことなのに。
――殺セ……殺セ……
もう、今更ソレ以外のことなんて出来なくて。
もう、暗闇に飲み込まれようとする意識の中で、唯一残る感情がソレで。
――殺セ。
このざわめき。この脅威。
かつて、大陸を恐怖に陥れたそれらは。もう、絶えるばかり。
でも、あと少しの間だけは――