012 デブ、首を突っ込む
「なあスライム……あれ、何だと思う?」
『いやあ。ちっちゃい女の子が、兵士に詰め寄ってるねえ。何言ってるのか分かんねえや』
この避難所に来て、もう何時間か。戦闘の具合がどうなのか、そんな情報は回ってこない。
だから、人々は焦燥に駆られて。幾ら慣れているとはいえ、そろそろ不安が募る頃だ。一晩立ってしまえば、また別なのだろうけれど。
「それにしても、偉い剣幕だな」
『まあ、子供だもの。慣れてないんじゃね?』
女の子は、変わらず兵士の服を必死に掴んで。何かを喚き立てている。
もう、分別はとっくについている歳だろうに。其れでもこうなるってことは、この状況に其れだけ耐えられなかったか。それとも――
「何か、理由が在るのかもな」
『さあね。ただ、咎める家族もいない様だしねえ。仕方ないのかもな』
本当に。追い詰められた様な表情。顔をくしゃくしゃにして、目尻に涙を浮かべて。
ああ、子供がこんな顔するなんて。もとの世界じゃ、見たことも無くて。
「何でこんな時まで、戦争するんだろうな」
『そりゃあ、必要だからだろ。少なくとも、亜人達にとっては其れがベストだからやってるんだ』
「そうか」
キコに聞いた。亜人は、戦う生き物だ。農耕はしない。戦って、狩って、奪って。そうやって、生きる。
だから、今更生き方が変わったりはしない。亜人という種族の遺伝子に刻まれた情報が、其れを許さない。
「スライム。お前は良いやつだな」
だから、思った。全く、違う生き物だけれど。こうやって、言葉を躱して。何となく、共感できて。そういうことが出来る相手が、とても有難かった。
『ああ、ご主人様。そりゃ検討違いだろう。今は利害関係が一致してるだけでしょうに』
「そうだな……」
肝心な所で、憎たらしいことを言うけれど。そんなだから、コイツは頼りになる。
(駄目よお、ご主人様)
でも、相手は魔物。
(そう簡単に、信用しちゃあ)
にちゃあと笑う、右手に。鉄平は気づかなくて。
代わりに――
「あれ、終わったのか」
兵士に詰め寄っていた少女が、項垂れながら距離を取った。兵士も、やっと済んだかと言う表情で彼女を見やって。
少女は、トボトボ歩いていった。人の群れとは、逆方向に。
「おい、あれ大丈夫か――」
『いやまあ、独りになりたいときもあるっしょ。そんな遠くに行かなければへーきへーき』
確かに、そう。アレだけの形相で詰め寄ったことが、無下にされて。平静を取り戻すには、時間も要るだろうし。
少女の方も、程々で立ち止まって。腕で、涙を拭って。ああ、可哀想に。そんなことを、思っていたら――
――ダッ!!
「おい、走り出したぞ!」
『あらま、これは予想外ですわ』
少女が、走りだした。キャンプの方。敵が、居るかもしれない方。
でも、だれも追いかけない。兵士は、民衆を守らなければならない。民衆は、自分の命を守らなければならない。
だから少女は、独り誰にも咎められず。自分の思うままに、彼女が望む何かを果たすために。
『おいご主人様、分かってるよねえ――』
「ああ、分かってるよッ!!」
分かってる。鉄平は理解ってる。彼女が、自分の意思で向かったのなら。其れはもう、自己責任だから。
だから――
「ああもう、くそったれッ!」
『いや、何も分かって無くないご主人様あああ?』
鉄平も、走り出した。スライムが兎や角煩いが。きっと正論である其れを、全部聞き流して。
何が有ったかは知らないが、話ぐらい聞いてやりたかった。
「勝ち、だな」
男が言った。兵士だ、其れなりの階級の。部隊の指揮をするくらいには。
そんな彼が、そう言うくらい。もう、結果が見えていた。
「今の亜人なら、そんなもの」
「ああ、そうだな」
キコの言に、頷く。
昔の亜人達なら、こうはいかなかった。昔の彼らには、数が居た。味方の屍を橋桁にして。其れでも向かってくる、数の恐怖があった。
その殆どがもう、随分前に穴に飲み込まれて――消えてしまったけれど。
「しかし、リアリが仕事をしすぎた。敵の軍勢を崩壊させたのは良いが、脅かしすぎて散り散りだ」
「散兵……というか、野盗が出る」
「まあ、仕方ない被害だな」
其れなりに、キャンプは襲われる筈。だが、仕方ない。端から、想定はしている。
略奪は、亜人の本能だ。ゲリラ的に出る其れを防ぎ切ることは出来ないし、だからこそ民衆はキャンプから逃した。
「不毛だよ、本当に。亜人達が、俺達を襲う度に。その数は半減している。生きながらえるためにやる行為で、自分たちの寿命を縮めている」
「……」
もう、亜人は随分と数を減らしていた。狭くなった土地。少なくなった資源。
彼らは、対応の仕方を知らなくて。
「生き方って奴は、変えられねえもんだな」
「……そういうもの」
一先ず、この戦闘は勝利に終わる筈。敵軍は崩壊した。掃討の指示も出した。避難場所にも、新しく部隊を送っている。
ただ、何の成果も得られない勝利が。生きながらえる時間が伸びるだけの勝利が、虚しく感じられて。
「世界が――滅ばなきゃ、良いのにな」
男は、そんな妄言を吐いて。周りの者は、其れを聞いても黙ったまま。
否定するものも、同意するものも、いなかった。
――亜人達は、負けた。あと出来るのは、気休めの略奪くらい。
でも。その気休めで、死ぬものだって――