011 デブ、亜人っぽい
「――この辺りか」
『まあ、そうだろねえ。良かったな、ご主人様。無事、生きながらえたぜえ』
見えるのは、人、人、人。
揃って落ち着かず浮足立つ、キャンプの民衆たち。
その周りを囲うように、最低限の兵士が居て。ああ、ここが避難所だ。囲いもない、ただ逃げてきた者たちがいるだけの。
「意外と、パニックにはなってないな」
『まあ、こんな世界だ。精神的に限界が来ているとはいえ、慣れちゃいるんじゃねえの?』
キコも、他の兵士も、かなり手際よく対応していた。
ってことは、それだけの経験があるってことで。それだけの戦闘が、このキャンプで行われたってこと。
「むしろ、俺の方を見て騒いでない? 気の所為?」
『いやあ、気の所為じゃ無いと思うぜえ? 俺と話してる所為もあるだろうけど、こりゃアレだ。ご主人様見て、亜人がどうとか言ってるなあ』
「わあい。亜人の情報が増えたね! 俺に似てるらしいやー!」
『……泣いてもいいのよ、ご主人様?』
スライムの優しさが辛い。そうか、俺って亜人似だったのね。道理で普段キャンプ歩いていても、指向けられてたワケだ。
しかしまあ、それで討伐されるってことも無く。どうにか、この場を凌がせては貰えそうだから。息を落ち着けて、スライムと話す。
「今はもう、戦ってるのかな……」
『そりゃあ。とっくだろうなあ』
いまいち、実感が沸かない。
俺がぼおと突っ立っている間に、命のやり取りが行われていて。知っている奴が、その中にいる。
世界が滅ぶと聞いたときもそうだった。なんだか、夢をみているような――
「俺も、どっかで死ぬのか」
『そりゃ、死ぬだろうさ。今じゃなくても。戦って死ぬのか、世界と共に滅ぶのか、そんなのは知らねえけどよ――』
当然だろ。スライムは、そんな風に言う。
寿命とか、病気とか、そんなのが選択肢に入っていなくて。それが酷く、理不尽に思えて。
「どうせ死ぬなら、誰かのためが良いな――」
――だからそんな、子供じみたことを。
亜人達が征く。群れをなして、暴力の権化となって。
けれど、彼らは縛られていた。思い通りに為らぬこと、ままならぬことに憤りを感じていた。
「――ッ」
彼らの目的は、無論キャンプの蹂躙である。奪略を尽くし、土地を我が物とし。終末の時まで、少しでも長く種を残さねば為らぬから。
「――――ッ」
なのに、どうだ。今、彼らはキャンプの外周を駆けるだけ。
自らが誇る突破力を、標的に向けることすら出来ず。
めそめそ、逃げ回るだけ。ヤラれるだけ。
「――――――ッ」
だから、どうにかしようと思った。
幸運なことに、敵の陣の切れ目が見えて。
だから、そこを貫こうと。先陣を切るモノが、進行方向を変えて。必然、速度も少し、緩んでしまって。
「――――――?」
そこに、何かが来た。輝く何か。黄金の髪を靡かせて、煌めく剣を携えて。
亜人には理解らなかった。たった一人、敵中に来て。緩んだとは言え、未だ重い行進。其のまま、引き倒されるだけだろうに。
――征ケ、征ケ。
今更、敵の思惑を考えたりは出来ぬ。それが、愚行であるのか、策であるのか。
理解らずとも、此処で歩みを止めるよりはマシだった。
――征ケ、征ケ。
進む。進む。目の前に現れた光を、本能のままに薙ぎ払う。
其れが、間違いなくベスト。亜人なりの、必勝の理。惜しむらくは――
「――――――――!?」
目の前に現れたソレが、選ばれたものでさえ無ければ――
――リアリは振るう。煌めく剣を振るう。
その一閃は、光となって。狂気の満ちる空間で、はっきりとした尾を引いて。
「オオオオ――」
また、幾つも。命が消し飛ぶ。
亜人達の、恵まれた肉体が。其のまま光の粒子となって消えていく。
「――――」
其れでも、手を緩めたりはしない。
リアリが受けた命は、敵の殲滅だ。例え、千に及ぶ敵だろうと、その最後の一体に及ぶまで、殺し尽くす。その瞬間まで、止まりはない。
――ひゅう。
リアリの剣筋は、非常に軽快だった。まるで、舞うように、捧ぐ様に。外敵に向かって、剣を薙いで。
ソレだけで、亜人の肉は吹き飛んだ。気力の満ちる肉体が、ただのモノと化した。亜人たちは、作業の様に殺されて――でも。
「オオオオオオオオオッ――!!」
其れでも、届くモノが入る。数多の閃光を掻い潜り、戦友の血を浴びながら。
大地を蹴る。敵を見やる。今日に至るまで、幾度も振るい。己の身と一体になった、棍棒を振り上げる。
棍棒という武器は、単純で。其れが故に強力だ。単純な重量は、敵の骨肉を、その鎧ごと粉砕する。其れは、絶対的な強さの権化だ。
「オ――」
その、一つの絶対は。亜人の肩の、更に上。高さというエネルギーを身に着せて。
黄金に満ちる敵の頭部を、砕いてしまえと振り下ろされて――
「――」
――亜人は、崩れ落ちた。最後まで己の勝利を疑わなかったその頭は、体から切り離されて。ただ地面を、転がるばかり。
返り血すら浴びず、一瞥もせず。リアリは、再び敵の軍団を見る。
「――――」
リアリは、何も言わない。憂うばかり。もう、この戦いに思うとことはない。
ただ、絶対的な強さを、戦場に表すばかり。