その時は湖に放り込もう
とりあえず味方である妖精さんのミルフィが言うには私は変わっていないようだった。
ちょっと記憶を思い出した程度で人間そこまで変わらないのだろう。しかし、
「花に喩えるくらい美しく清楚な令嬢、という話になっていたみたいだけれど、私ってそうなの?」
「そうですよ~、それにさらに聡明なとか優しいとか付いていますね」
「何だか信じられないわね。うーん」
今までの自分の行動を思い出してみた私だが、大人しい普通の令嬢のようだったと思う。
地味と言えば地味だが、堅実ではあった気がする。
だがそのあたりの今までの行動を考えると、この婚約破棄に関しての思考プロセスと行動は、いい意味で頭のねじが一本、音速を超えるくらいの速度で吹き飛んでいったような気もする。
もっとも自分の身は自分で守らないといけないので、『仕方がなかったの! 私も考え抜いてそうしたのよ!(笑)』という建前のもとに、喜んで逃げたわけだが。
そんな私に妖精のミフィが微笑みながら、
「でも、来世は平穏な人生をと願っていたので、私は無理じゃないですか~、と言っていたのですが見事に的中しましたね。平穏な人生ってこの世界のどこにもないのかもしれませんね」
そう口走るこの妖精さん、結構黒い。
だが元からこうだった気もする。
天然で黒いのだ。
と、そこで妖精さんが、
「でも変ですね、前世の“聖女”の記憶を蘇らせたはずなのですが」
「“聖女”って歴史上何人もいたわよね。同じ時期に二人以上いた時もあったんじゃなかったっけ」
「そうですよ。一応は、遥か昔にこの世界を救った英雄的な二人の聖女の一人が貴方だったんですよ」
「二人? もう一人は?」
「今この世界では、リアナという少女です」
「……ゲームのヒロインと同じ名前ね。まさか」
「ゲームについては知りませんが、そういう名前で、色々な能力があるんですよ」
ふわっとした説明だがそういう話らしい。
その内ヒロインちゃんには一度くらいは会っておいた方がいいのかもしれない。
“聖女”の記憶のためにも。
そう計画を立てつつ、私は何かを忘れている気がしてなんだっけと思い出そうとして、思い出した。
「そうよ、次は人気のヘアアーティストを探すわ。この化粧の良さが分からない凡人のイケメンどもに目に物言わせてやるの!」
「……ミシェル。言いにくいのですが、私もその化粧は……止めて欲しいです」
私を守ってくれているらしい妖精さんにも、そう言われ、完全に私の化粧への思いはぽきりと音を立てて折れてしまったのだった。
グレンは湖のそばを歩きながら現在泊まっている宿に戻っている最中だった。
そして機嫌の良さそうなグレンに、フィズが、
「グレン様、やけに嬉しそうですが」
「ああ、偶然にも婚約破棄したミシェルに会えたからな」
「……あのお化けが本物なのですか」
恐る恐るといったように聞くフィズにグレンが、
「当たり前だ。俺が見間違えるわけがないだろう。……多少性格がアレになっていたが許容範囲だ」
「そうですか。でもその割には険悪な感じでしたが」
「あそこまで言えばあの化粧は止めるだろう。というか止めた方がいいと思う。フィズもそう思わないか?」
「はい」
「即答か」
考える間もなく答えた従者であるフィズにグレンは笑う。
けれどそこでフィズがポツリと、
「ですが意地を張って更に凄い事になっている可能性は?」
「……どうしよう」
「挑発が逆効果の場合がありますからね」
「……」
グレンは深刻そうに沈黙してから、
「その時は湖に放り込もう。この時期だから水温も問題ないし、水で化粧も落ちるだろう」
「……そんなことをして嫌われませんかね」
「服や髪を乾かす魔法でどうにかすれば問題ない」
フィズは問題があるのではないかと思ったが、珍しい主の失敗に気付いてそれに関しては何も言わなかったのだった。
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