嫉妬の炎
リアナはたまたま家に帰ってきていた。
ただ単に仕事で必要なシャベルを、貸してくれないから自宅からとってこいと言われたのだ。
だから仕方なく戻ってきて、魔法について放している魔術師のフィーアと妖精のミフィをニマニマとしてみつつ、さて、そろそろ戻ろうかな……そう思った時だった。
「……来る」
かつて感じた感覚。
奥深く、よどみ濁った奥底から湧き上がってくる“それ”を感じる。
「まさか、すでに準備は整っていたとか?!」
ミフィが悲鳴を上げるようにつぶやく。
それにリアナが、
「……以前“聖女”に倒されたのを“闇の影”は学習していたから、私達が短期間で相手の準備が整わないうちに攻撃するように、“聖女”の気配を感じて……違う。私は気づかれていなかった。多分、これまでミドリちゃんがその親玉の傍にいたから、その光に惑わされて気づかなかったんだ」
「ミシェルの力が強くて、“闇の影”が常時浄化されて気づきにくくなっていた、それも考えられます。そして、直接力を使ってフィーアを助けたあの時、ようやく“聖女”を認識した」
「だとするとどうして“今”なのかな?」
呟いたリアナだけれど、答えは出ない。
そこで深くリアナが息を吐き、
「とりあえずは、周りにいる“黒の影”を倒して騎士団のお手伝いをしましょう。ミフィとフィーアさんも構いませんか?」
「はい!」
「もちろんです。あと……もしもの時は私、本性を出して構わないとミシェルに言われているのですよね。だから外に出ると同時に、元の姿に一時的に戻ります。……ミシェルがこれを予感していたとは思えませんが」
ぽつりとミフィが付け加えて、不安そうに城の方角を見てから、
「では、行きましょうか」
そうミフィが呟き、外に出ると同時にミフィは光に包まれたのだった。
王宮内の“黒い影”は余裕で倒されていた。
ここに働いている者たちが協力すれば、日々の雑用で力をつけたその力を開放し倒すことなど造作もなかった。
特にここの料理人は新鮮な肉をとってくるために森で自ら魔物と戦う事もある者達だったので……この程度の“黒の影”は余裕だった。
そこで、料理人のアインはまた一匹“黒の影”をフライパンで倒した。
「どこからともなくこんなに沸いて。倒すと魔石になってしまうし、これじゃ料理できんな」
そう呟くアインに他の料理人もそうだと答える。
とはいえこの状況はあまり好ましくない。
そして自分達には倒す力がある。
「俺達も騎士団の兄ちゃんたちのお手伝いをしにいくか?」
そのアインの言葉に、他の料理人、料理長も含めて頷いた。
そして、のちにあの料理人たちと呼ばれるものたちの伝説が今、始まろうとしていた。
ユウに連れられて、ルーファス達は広い場所に連れてこられていた。
そこでユウは、従う事しかできない状況にされたルーファス達を見て、笑う。
ユウのすぐそばには真っ青い顔をしたビレスが立っている。
そこにいるよう、ユウは命じたのだ。
理由は、“気に入っているから”らしい。
どうしたかを、ルーファスはそこでようやく問いかけられた。
そんなルーファスを見てユウが少し驚いたように目を見張り、
「まだ私の支配が効かないの。すごいわー」
「……答えろ」
「私にまだ命令しようとするなんて、ビレスのお兄様は凄いのね。でも、息もたえだわ。ふふ」
「答え……ろ」
もう一度ルーファスが問いかけると、それにユウが、
「せかさないでよ。まあ、いいわ。どうせ死ぬ人間だし。それで……どうして、ビレスが“気に入っている”か、聞きたいのだったかしら。簡単よ。ミシェルより私を選んだからよ」
「……“婚約破棄”された時、ビレスはミシェルに縋り付いたそうだが」
「……“そんな話”はないわ。ビレスが私を選んだの。ミシェルではなく。あのミシェルではなく! あはははははは」
楽しそうに大きく笑い、ユウはくるりと一回転する。
とても気分がいいように、話し出す。
「不思議そうな顔をしているわね。ミシェルにどうしてそんな、という顔。そうよね、私、とても仲の良い“お友達”を演じていたものね。皆騙されて、ミシェルまで騙されて、途中までは全部筋書き通り」
「なぜ、ミシェルを、そこまで」
ルーファスが問いかけると、ユウは笑って、
「私は本当は貴族令嬢でもないのよ。そう思わせただけ。あの日、私は欲しいものをくれる“神様”に出会ったの。その“神様”を手に入れたら色々なことが出来るようになった。私は美しくなった。そしてもっと美しくなれた。邪魔なものも逆らうものも消した。ええ、そこは心地よかったわ。でも、私はこの程度の女ではなかったの! だからそれにふさわしい場所に行ったの。そう、王宮よ。そこで私にふさわしく皆接してくれるの。当然だわ。私は素晴らしいもの!」
何かに陶酔するようにユウは叫び、けれどすぐに暗い目で、
「でも、いつもミシェル様の方が美しいと皆いうの。ミシェル様の方が魅力的だと皆いうの。私よりも、と。私は比べられ続けた。令嬢のミシェルと! そして私は近づいた。彼女に、ミシェルに。直接会ってみて気づいたわ。この人は、私の持っていない、私が欲しかったもの、美貌も地位も、全部、もっている。でも……それがどんなに素晴らしくて、誰もが欲するものだと“何も気づいて”いないの! そう、彼女は初めから“全て”を持っている人間だったのよ! だから、何も気づかないの! それが、当たり前だから!」
まくし立てるように告げて、それからユウは大きく息を吐き、
「だから、許せなかった。何の努力もせずに、当たり前のように手に入れている、それが許せなかった。力を手に入れたのに私の上を行くミシェルが許せなかった。私が欲しいものすべてを持っているミシェルが許せなかった。近づけば近づくほど、それをまざまざと見せつけられる。憎い憎い憎い憎い。ミシェルが憎い。ミシェルが憎い。そして今度はビレスも手に入れようとする。いとも簡単に私が欲しいものを全部! だから、汚名をかぶせて殺してやるつもりだったのに……簡単に“婚約破棄”をしやがって。私が欲しくてたまらないものをあっさり手放しやがって。あの女あの女あの女。憎い憎い憎い憎い憎い」
それはユウの慟哭だった。
手に入れたはずなのに何も手に入れられない、勝てない、“負け”を延々と見せつけられた女の叫び。
けれどそれはユウ自身が自分を追い詰めただけだという話。
持っているものでは足りずに欲望に溺れて、狂気に自らを染めて、“悪”へと落ちて行ったのだと語る。
関係のない人物たちの屍の上で、彼女が笑っていたのだ。
ずっとユウが抱えていた“秘密”だ。
それを口にした。
ようやく口にできた。
そんな爽快感のある笑顔を浮かべたユウだがそこで、炎の攻撃を受ける。
粉のように炎が霧散して、その炎の先を気だるげに見る。
その視線の先にはリアナがいた。
「町の人達のほとんどの避難は完了です。といっても城周辺の特にひどい場所が、ですが。避難所はミフィとフィーアの結界で守っているので大丈夫です。後は……このラスボスを倒すだけですね!」
リアナはそこで周りを見回し、
「ミドリちゃんはどこですか?」
「……ミシェルは、いなくなった」
ルーファスがそう答えるとそこで、ユウが喜色の笑みを浮かべて、
「ミシェルは、殺したわ。私がこの手で、井戸に突き落としたの。とてもとても深い井戸だから助からないでしょうね。きっとあの綺麗な顔もぐしゃぐしゃになって、さぞ醜い姿になっているでしょうねぇ」
うっとりとするようにユウが呟く。
リアナが叫んだ。
「ミドリちゃんを殺したというのですか!?」
「ええ、貴方の姿をして現れたら、凄く素直だったわ。ありがとうね」
「! このっ!」
そこでリアナが再び何かをしようとするも、
「貴方、目障りだわ」
「きゃあっ!」
リアナは、ぺたんと地面に座り込んでしまう。
どうやら動くことが出来ないらしい。
そこでユウが、
「そういえば貴方も“聖女”だったかしら。貴方は一番最後になぶり殺しにしてあげる。自分が“無力”だという事を切に感じさせて殺してあげる。だって貴方は“聖女”だもの。他の誰かが傷つくのが、それも知っている人が、大切な誰かが傷つくのが一番堪えるでしょう?」
リアナはそんなユウを無言で睨み付ける。
だが動くこともままならないようだ。
それだけこのユウという“闇の影”が危険な相手だという事なのだが……そこで、ユウは手に二つの剣を出現させて、ビレスに振り返り、剣を一本握らせる。
「お兄様と殺しあいなさい、ビレス」
「何、を」
「そうすればあなたが第一王子。将来はこの国の王。そして私は貴方の妻になり、この国で最も尊くも美しく、偉大な女になれるのよ」
「……俺は」
「でも弱い貴方は気に入らないの。だって貴方はずっと迷っていた。お兄様を殺すのは嫌だって抵抗していた。そのたびに私は何度記憶を消したと思っているの? そんな“弱さ”は必要ないわ。だからその“弱さ”を断ち切るために、殺しあって生き残った強いビレスは、生かしておいてあげてもいいわ、私の傍で」
そう告げてもう一本の剣をルーファスにの目の前にユウは投げる。
そして、これから楽しい見世物が始まるとでもいうかのように笑い、
「さあ、王子同士殺しあって。そしてビレス、あの王子を殺して。私のために!」
けれどその声に、ルーファスは自身の手が剣に向かっていくのを必死に抵抗し、ビレスもまたこの時は……必死になって剣を手にするものの動かさないようにしていた。
つまらないわ、早くとユウは囃し立てる。
次第に、王子達の手から抵抗の意思が削り取られて……その時だった。
「うーん、凄い悪役展開。私よりも悪役令嬢やっているんじゃない?」
「そうだな」
「まあいいや、詳しい話は後でにして、まずはあの……ラスボスをぶっ潰してやりましょうか。この私を井戸に突き落としてくれた分も含めて、倍返しね」
現れたミシェルは、挑戦的に微笑みながらユウ達の前に姿を現したのだった。




