事前の話
グレンがそこで機嫌が悪そうに、
「接触したのは分かったが、ミシェルだとは気づかれていないだろうな」
「それはそうよ。顔は隠していたし」
「ならいい」
グレンがそう私に告げる。
心配されているなと思いながらも、何となくそれが嬉しい気もしてしまうのは……どうかなと私は自分で思う。
そこでルーファスが手を上げる。
「一つ聞いていいかミシェル嬢」
「なんでしょう」
「ミシェル嬢が知っている今後の展開はどうなっているのかな?」
「そうね。既に、ルーファス王子を倒すためのいろいろな罠や暗殺事件が多発していた気がするわね」
「……記憶にないな」
「でしょうね」
「ただ、その兆候はある」
きっぱりと告げてきたルーファスに私は、
「そんな王子様が一人でうろうろと?」
「ん? 残念ながら自分の身くらいは自分で守れる程度の力はあるからね。それに、この前までまともであっても、“現在”信用できるとは限らない」
「……兆候はあると?」
「そう、君が“婚約破棄”をぶつけて城からいなくなって以来、ね」
「まるで私が何かやっていたみたいじゃないですか。記憶にありませんよ?」
「“聖女”なのでしょう?」
「そんな能力あったかな」
私はそう呟くもそこで更にルーファスは付け加える。
「リアナが来て以来、少し城の感じが変わったからね。彼女も“聖女”なのでしょう?」
話を振られたリアナが目を瞬かせてから、
「そういえば変な気配があったら神聖魔法で、綺麗に消毒していました」
「そういえばやっていたな」
騎士のアズフォードもそう言っている。
どうやらイベントをこなす傍ら、処理していったらしい。
だが今の話の範囲ではと思いつつ、
「時間差があるのかしら? それとも“聖女”としての能力が影響しているのか」
考えてみるが結論は出ない。
するとルーファスが、
「それでミシェル嬢、他に何か今後の展開で思い当たる話は?」
「うーん、実はその物語では私はあの駄目王子といい仲で“悪役令嬢”として、その下克上に参加していたりしていたのよね」
「それは恐ろしい。ミシェル嬢が黒幕だったのか」
「そうそう、それでリアナ達が一緒になってまあ……何とかルーファス王子達は大丈夫になるのよね。で、途中で私は井戸に落ちて死ぬらしいんだけれどね。……でもそれ、物語の途中の出来事だったような」
ミシェル視点で考えた物語はまるで悪意の糸でも絡まるかのように進んでいった。
まるで、初めから“ミシェル”がいなくてもそう物語が進んだように。
「他に真の黒幕がいる? でも、私はそれを知らない」
「すでにその役目に無い“ミシェル”がいないのだから、起こっている現象なのでは?」
グレンに言われて、私もそうなのかなとも思う。
すでに私の知識からの逸脱が見られるという事だけれど、そこは深く考えなくてもいい部分かもしれない。だから、
「ユウも含めて、“黒の影”を倒すには変わりないか。また一緒に頑張りましょう、リアナ。“聖女”として」
「はい、ミドリちゃん!」
嬉しそうに答えるリアナだがそこでルーファスが私を見て、
「そういえばどうしてミドリちゃんと、ミシェル嬢はリアナの事を呼ぶのかな?」
「あだ名よ」
そう返しておく。
というかリアナがミシェルではなくミドリちゃんとしか呼んでくれないのだから仕方がない。
と、そこでルーファス王子が私に、
「だがあの弟が下克上か。あれにそんな気概があるのか? それが奇妙に感じるが」
「気持ちは分かるけれど、注意はしておいて欲しいわ。いつどんな時にそう話に転ぶか分からないのだから」
「そもそもミシェル嬢がその下克上に手を貸すというのが信じがたい。昔の性格とはいえ、ね」
「さあ、恋に狂うとそうなるのかしら?」
「恋に狂った程度でそんな行動をとるとは、私には思えない。ミシェル嬢はそういう人物だった気がするね。大人しいが芯の強い人間だったから。そうだろう? グレン」
「ああ」
頷くグレンに、買いかぶりすぎじゃないかと私は思った。
実際に殺そうと体を鍛えたり色々していたのに。
でもよくよく考えれば、自分の手で確実に仕留めるといったように、少しでもそういった展開にならないよう抵抗していたのではないのか?
無意識のうちにミシェルは。
けれどそう操ったというなら、私にユウを殺させて一体、どん得があるというのだ?
しかもこの王宮をおかしくさせている張本人がユウなのに。
薄気味悪い感覚に私が震えていると、
「それで、俺達はどうする? 何を聞きたい?」
アズフォードがきいてきたので、
「アズフォードは、王宮内はどこに変な場所があるか分かる?」
「俺は基本外回りだから、騎士の宿舎周辺しか分からない。内部だったらそこの魔術師フィーアの方が詳しいじゃないのか? 最近、開かずの間から魔術師が出ているぞって、都市伝説を聞いていたから」
魔術師フィーアを見るとそのアズフォードのその話に衝撃を受けているようだった。
でも多分間違っていないのだろう。
だがそうなってくると、
「城の中の“黒い影”の情報はフィーアから聞くとして、アズフォード、見回りで今まで見つけたその“黒い影”はどんな風に分布していた?」
「見つけた、ね。そういえば、使用人用の東の門に近い周辺がやけに多かった気がするな」
「……グレン、昼間、ユウが現れたのに連絡がなかったけれど、門にユウの姿はあった?」
「城の内部で、駄目王子と一緒に居る茶色い髪の人物は見かけたが、彼女が外に出ていくのは見かけなかった」
「となると、場所の特性というのもあるけれど、ユウは貴族として堂々と正面から出入りはしていないって事ね。こんな怪しい人物、どうして誰も調べなかったのかしら」
気づかなかった私もだけれど、あまりにも当たり前にいるから気づかなかった。
それが彼女の能力でもあるのだろうか?
そう思ってそこでアズフォードが、
「城の中の人物の身辺調査関係の資料は、宰相のマルト様が握っているという噂を聞いた事があります。もしかしたなら、ユウに関する話があるかもしれません」
「……宰相か。そうね、最後の一人が彼だったわ。明日にでも接触しましょう、構わないかしら、リアナ」
「はーい」
予定はすでに前倒し。
そして潜入ルートも分かって後は、
「出来れ場何時頃、ユウが王宮に出入りしているのか知りたいわね。行動を知りたい」
「だったら、王宮に来るとすぐにお菓子を貰いに俺達の所に来ていたらしいから、時間は分かるぞ。うちの料理人は、ミシェル様がいなくなってからユウに傾倒していましたからね、簡単に言う事を聞いてしまうのです」
またもミシェルに特殊な力があるかのような発言だが、私は聞かなかったことにした。
そして料理人のアインから話を聞く範囲で、時間は、午前10時ごろであるらしい。
またお菓子をもらって帰ることもあるそうだ。
そうなってくると、都市のどこで悪事を働くかを見るなら彼が一番出入りを確認していることになる。
連絡を彼からも、貰うことにした。
とりあえずは、そう行動の指針は決まる。
そこで魔術師のフィーアが、
「都市の方の変化もミシェル様がいた頃はそこまで感じなかったのですよね。今は皆、ユウに傾倒しているようですが」
「そうなの?」
「ええ、ミシェル様は綺麗だのなんだのと、そういった話でしたね。急激に何かがおかしくなっているのか」
だからどうして私にそんな能力があるみたいに言うのよと思いながら私はそこであることに気付く。
「フィーアは戻って大丈夫なの? ユウに顔を見られているけれど」
「い、一応は先ほど戻って大丈夫でした」
「……リアナ、大事を取って彼をここに泊めてもらえるかしら」
「いいですよ~」
だが、それに何故か反対する男性陣。
私もここにいると言い出したら、グレンも渋る。
けれど一部屋別の部屋が空いているからとの事で、話は終わった。
後はやっておくことがあったかしらと考えていた私にそこでようやくミフィが、
「大変なことになりましたね」
「そうね、これから一気に行くから……もし何かがあって私と別れたら、ミフィは私を探さずにその場で最善を尽くしてほしいわ」
「……何かが起こるように聞こえますが、気のせいですね」
「気のせいよ。いざとなったら本性は出していい、“契約”で期間限定で設定しておくわ」
「……分かりました。本当にミシェルは“聖女”のままですね」
「そう?」
「そうですよ、自分の身の安全より、他の人達を気にしているじゃないですか」
「だって私、強いもの」
「……油断しないで下さいね」
ミフィがそう、私にくぎを刺したのだった。




