22話 テロリストガールズ
鎌田から冒険者カードに送られてくる、騎士団の移動や検問の情報を逐一確認し、封鎖されていない間道を選びながら進んでいく。かなり大回りになったが、何事も無く王都に到着することができた。
「さて、王城襲撃だが、作戦はどうするか」
学都よりもさらに広大な町並みが広がる王都、道行く人や人じゃないのも、誰もがなんとなく不安そうな顔をしているのは革命軍のせいなのだろう。巡回する警邏の兵も多い。宮原のいる王城に着くまでに騒ぎになると面倒かもしれない。
「作戦もなにも、補助魔法かけて突っ込むだけでいいんじゃなでしょうか」
「えっ」
そんな脳筋だっただろうかフィリ。……わりと脳筋だった。
「レベル50を超える人間なんてほとんどいませんからね。適当でもいけるでしょう」
そういうもんなのか。まあ城の周りグルグルレベル上げが通用しない世界という話だからそんなもんなのかもしれない。
「人がいない所に爆弾投げて陽動とかしようよ。騎士団がいないなら、兵舎とかいいんじゃないかな」
「それはいい考えです。是非やりましょう」
怪しく笑うロリ二人。こいつらの爆弾に掛ける謎の情熱はなんなのだろうか。
「……じゃあ、そんな感じで」
補助魔法をいくつもかけられ、体に力がみなぎる。隠密性を上げる補助魔法もかけられているので、家々の屋根の上を高速でぴょんぴょんしても気づかれることはない。アリスをおんぶした俺にフィリが続く。
王都の外れからも見えていた、やたらめったら巨大で豪華な城が近づいてくる。そのそばにある騎士団の兵舎、砦のようなそれに向かって背後のアリスがダイナマイトをぶん投げる。ドラゴンを殺したものと違い、普通の爆発、だが巨大なものが起こり、一撃で建物を倒壊させる。警備兵があわくって集まるのが見えた。
「よーし!」
片手を俺の首に回したまま、もう片方の手でぐっとガッツポーズを決めるアリス。この瞬間俺も過激派テロリストの一味と化したのである。思考停止でもうなにも気にすることなく地上を駆ける。
貰った剣を一閃すると分厚い城門が紙のように切り裂かれた。勢いそのまま城内に突入する。鎌田から渡された、奴の部屋への道のりは道中のゲームの合間の暇な時にしっかり頭に入れていた。
「玉座の裏に隠し階段とか、お約束なのか?」
「宮原さんとやら、中々分かっているじゃないですか」
アリスを降ろし、そこそこの速度で走りながら、立ちふさがる少数の警備を鎧袖一触殴り飛ばして昏倒させていく。やたら偉そうなのとか、キンキラキンで悪趣味なすごい豪華な装備の奴とか、半裸のマッチョマンとか、和服のサムライとか色々居たがレベルと装備、補助魔法によるステータスの暴力であっという間に沈んでいった。
そして、玉座の間に続く、最後の通路、やたら長くて広いそこに、メイド服を翻し、巨大な黒剣を片手にぶら下げて立ちふさがる人影があった。
「ユウナ」
「お兄ちゃん」
「お?」
記憶が戻っているのか。この前見た無表情ではなく、わりと見慣れた感のある不機嫌顔。それが意味する所はつまり。
「宮原の野郎。人の妹に手ぇ出すたぁ……死すら生ぬるい。生まれてきたこと後悔させてやらねえとなあ」
人生で一番ガチギレしていたが、不思議と冷静だった。クソ野郎をいかに苦しめて殺してやるか、頭の中はそれだけで埋め尽くされた。
「あたしは何もされてないよ!」
顔を赤らめつつも叫ぶ妹は、特に嘘を言っている風でもない。
「本当か?」
「ほんとだよ。元の世界の記憶は前にお兄ちゃんに会った後に全部思い出した。」
兄妹の愛のパワーが奇跡を起こしたんだな……。プシューと頭から熱が抜けていく。
「そ、そうか。お兄ちゃんたぶん今まで生きてきて一番焦ったぜ」
「そっか」
ユウナはそういうと微笑んだ。笑ったとこ久しぶりに見た気がする。ついでにお兄ちゃんと呼ばれるのも久しぶりな気がする。最近は大体クソ兄貴とかあんたとかそんなんだった。思い出したらちょっと泣けてきた。
「それで、お兄ちゃん、帰ってくれない?」
「……そういうわけにはいかん」
宮原をぼこぼこにする作業をしなければならないからな。笑顔でお願いされ、つい頷きそうになるがなんとかこらえる。もはや引き返せるラインなどとうに過ぎているし。
「なんで?」
「なんでもだ」
軽く、笑って答えると、ユウナの表情が変わる。無表情、いや、これはガチギレしてる時の顔だ。
「お兄ちゃんはいつもそうだ。あたしが真剣に話してるのに、適当なこと言って煙に巻いて、あたしのこと、好きじゃないんだ」
「いや、そんなことねえよ! 好きだよ! 愛してる!」
背後から踵に蹴りいれられたが気にしない。心からの本音である。シスコン野郎とそしられようが、この心に一点の曇りなし。
「じゃああたしと結婚してよ!」
「ふぇ?」
思わずアリスみたいな声が出た。フィリを見る。医者が不治の病を告げるような顔で首を振られた。アリスを見る。苦笑いが返された。そしてユウナに視線を戻す。涙目で真っ赤になっていた。冗談ではないようだ。うちの妹はそんな演技派ではない。
「あ、あのな? お兄ちゃんとお前は兄妹だから……俺お前のこと大好きだけど、そういうあれじゃないって言うか」
「この世界なら、兄妹とか関係ないじゃん。……元の世界に戻すのなんかやめて、あたしと結婚しよう!」
「マジかよ。オーケー分かった結婚しよう」
思わず即断していた。いや、違う俺はそんな取り返しの付かないレベルのシスコンじゃない。つい本音が飛び出したというか、いや違う。ウソウソウソ。
いやしかし、すげえ嬉しそうな顔の今のユウナに嘘だよとか言ったらガチ泣きされそうな気がする。というか凶器持ってるし殺されそうな気すらする。俺は一体どうすれば。
うろたえていたらおもいっきり背中を蹴り倒される。廊下に倒れ、倒れた俺の上を小さな足が踏み歩いて行く。立ち上がると俺の目の前に、俺とユウナの間に堂々と立ちふさがるフィリがいた。小さな背中が不思議とすごく頼もしい。
「馬鹿なことを言ってるんじゃないですよ、変態シスコン兄に取り返しの付かないブラコン妹」
「フィリ、なんで邪魔するの?」
二人の間に剣呑な空気が漂う。
「今までは、あなたご自慢のお兄ちゃんに興味なんてありませんでしたけどね。この人は私がもらうと決めました。そしてこの人が行く道を邪魔するならば、あなたであろうと容赦はしません」
「は?」
ユウナがすげえヤバイ顔してる。お茶の間にお見せできないレベル。背を向けるフィリもなんとなくそんな顔をしてるんだろうなあという気がした。ていうかなんか空気がおかしいし話もおかしい気がするんだけども。
「フィリ、あのさ、私達友達だよね?」
「ええ。間違った道に進もうとしている友人を止めるのも友人としての務めと聞きます。叩きのめして、諦めさせてあげましょう」
「お兄ちゃんは、あたしのだッ!」
「残念、もう私のものです。そして私も彼のもの」
鋭い踏み込みとともに放たれた黒剣をフィリがナイフでそらし弾く。軽くステップして距離を取ると、首輪をとんとんと指してアピールしていた。ええ……いつの間にそういう話に。
「ユウキ。このヤンデレ妹は私が片付けておきますから、あなたは先へ」
「いやそういうわけにもいかんだろこれ。何がどうなってんだお前ら」
暴風のように振り回される黒剣を弾き、避け、急所を狙って突き刺していくフィリに、ナイフをメイド服に仕込まれた装甲板で弾きつつリーチの差を活かして攻め立てるユウナ。
「ほどほどで止めるから、大丈夫だよユーキ。それとこれ」
ガチバトルするフィリとユウナを平然と眺め、笑顔さえ浮かべて言うアリス。一体どうなっているのかと思っていると無理やり手の中に何か拳大のものを握りこまされた。光を吸い込む漆黒の宝珠。前に見たものより随分と小さいが……。
「おいこれ!?」
あのヤバイ爆弾じゃねえか。
「ホントはダメなんだけど、今回だけは特別だよ」
耳元でナイショ話をするように囁いた。
「対人用に、威力も範囲も落としてあるから、遠慮なく使ってね」
「使いたくねえぞこんなの……」
「わがまま言っちゃダメだよ! さ、早く行って!」
無理やり押し出され、激しい剣撃の音が続くのを背後に俺は後ろ髪を引かれる思いで玉座の間へと駆けた。




