21話 絶対に逃さない
二人から思わずサッと目をそらす。アリスは街の夜景を見るためにペタペタと走って行き、フィリはそのままこちらに歩いてくるようだった。
「おや、興奮してしまいましたか」
「タオル剥ぐぞ」
「構いませんよ」
「何考えてんだマジで……」
天を仰ぐ俺の横でしゃがみ込みながらクスクスと笑うフィリ。湯船に浸かっている俺の視線の位置が低いためかなりきわどい。明るいとはいえ星明かりなのでなんとか見えていないが、昼間だったら完全にアウトだったと思う。俺がロリコンで、二人きりだったらスリーアウトで終了だろうが今のところはノーアウト、今のうちになんとかせねば。
「湯船にタオルをつけてはいけないというルールでしたね、それでは」
「おいコラ」
バスタオルに手をかけるフィリから全力で目をそらす。パサっと音がし、岩の上の濡れない位置にバスタオルを置いたらしいことがうかがえる。何度かかけ湯をする水の流れる音。湯船にはいる小さな水音。ヤバイヤバイヤバイ。
「ん、ふぅ……。いいお湯ですね」
「おうそうだな」
あさっての方向を向きながら応える俺の顔に、横から細く白い二本の手がかけられる。不意打ちで横を向かされ首が妙な音を立てた。
「いてえっ!ていうかおい流石にマズい……?」
「期待させてしまいましたか」
膝立ちのフィリの胸が目の前にある。白い肌を際立たせる黒のビキニ水着に覆われた胸が。腰のあたりにも紐が見え、当然だが上下セットで着ているのだろう。
「何やってるの? なんかの遊び?」
湯に浸からないように長い金髪をタオルでまとめたアリスが湯船の中を膝立ちで歩いてきた。当然のように水着着用である。チューブトップというのか、そんな感じのひらひらがついたピンクのやつだ。
「ふふふ、すごいマヌケな顔ですよ、あなた」
「畜生め」
フィリは満足したようでいい笑顔を浮かべて湯船に体を沈めた。
「それどうしたんだよ」
「従業員さんが貸してくれたよ。サービスだって」
「流石はこの街一番の宿ですね」
鎌田の野郎、どこまで俺をおちょくれば気が済むのだ……。
「シラサカさんから話は聞きました。あなたが悩んでいることも分かります」
「私は元の世界がどうのこうのとか、正直良くわからなかったんだけど……そうだね、友達と一緒ならどこにいてもきっと楽しいよ。だからユウキが好きな方を選んでいいと思う」
「フィリもあなたの判断に従います。どんな世界でも私が家族や友人のために生きることは代わりません。そして、どう転んだとしてももう逃しませんから」
アリスは微笑み、フィリは獰猛に笑った。
「逃がさんて……どういう意味だよ」
「どういう意味でしょうね」
沈黙が降りた。フィリは艶然と微笑み、無言。いや、だから、俺はロリコンではないので、その、困る。
「……えっと、ひゅーひゅー!熱いね!」
意味わかってるのか知らないが、口で言って囃し立てるアリスの顔面に水鉄砲を直撃させた。アリスは水鉄砲で反撃しようとして失敗。その後普通に水ぶっかけてきて、流れ弾を食らったフィリも参戦し、あとは全員のぼせそうになるまでひたすら水の掛け合いだった。
部屋に戻ってから、布団を並べて、川の字で眠る。なぜか俺が真ん中になり、いつのまにか左右からロリ二人が潜り込んでいた。アリスは近所の兄ちゃんに懐いているだけという感じだ。こっちではどうだか知らないが、元の世界じゃ邪険にする宮原のやつの代わりにされている感があった。
実質子守だ。なんの問題もない。だが、フィリの方はなんかヤバイ。妙に体をすり寄せてくるし、吐息に熱がこもっている。何がどうしてこうなっているのかわからないし、どうすればいいのかもわからない。
結局真面目なことを考えて気をそらすことにした。鎌田の奴への返答をどうするかだ。なにも聞かなかったことにして鎌田のテロを諦めさせ、冒険者を続けるか。王宮を襲撃し宮原をぶちのめし、本を奪ってこの世界をぶち壊すか。この世界が楽しいのは事実、だが、宮原のアホが神様じみたことをしていることに不満と不安があるのも事実。
単純に気に食わないというのはもちろんあるが、あいつが調子に乗ってやらかさなかったことはない。被害は主に俺が被る。この状況が既に被害を受けてるといえなくもないが、これ以上の何かをやらかさないとも限らない。でかい力を持っている分だけやらかした時の被害はどこまでも拡大するだろう。その前に張り倒してやるのは確かに友情と言えるだろう。
風呂での二人の言葉を思い出す。結局のところ好みの問題なのだろう。どちらを選んでも、不安は残るし、後悔もするだろう。ならば俺の感情の問題だ。調子乗ってるアホの悪友を殴るか殴らないか。殴らないわけがない。答えは出た。暑苦しい二人分の体温を感じながら俺は眠りについた。
そして翌日。宿を出た俺たちを待ち構えていた鎌田に宣言する。
「宮原の野郎をぶちのめす」
「ほう」
強面がにやりと笑う。
「金髪巨乳嫁とか許されざる禁忌の存在だ。奴は世界の均衡を乱す魔王だ。よって勇者俺が討伐する。ファンタジー世界のお約束だ」
「お前ならそう言ってくれると思っていたぞ!」
ワハハと笑いながら肩をバンバン叩いてくる鬱陶しいマッチョに腹パンをいれ悶絶させる。結構加減したのだが、所詮は見せ筋か。
「川上、俺は忙しくてレベル上げなんか一切してないんだぞ。もう少し手心を加えてくれ」
「知らねえよ」
「酷いやつだ、お前は」
脂汗を流しながらニヤリと笑う鎌田に口の端を吊り上げて返す。俺が酷いのはたしかにそうだ。だがこいつらも大概だ。人類誰しも程度の差はあれダメ人間。ならば迷惑かけあい殴り合い、それであいこでそれでよし。
「……全軍に進撃を開始させる。騎士団との衝突の予定は1週間ほど後、王都から離れた平原だ。騒動に巻き込まれんように迂回路を通っていけば、ちょうど騎士団が出払ったあたりで王都に付くだろう。装備も最高のものを用意した。頼むぞ、友よ」
真面目な顔になった鎌田の指示で、ドワーフっぽい人々の集団がやってきて装備を渡される。魔法金属っぽいものを使った要所を守る軽い金属鎧に、今まで使ってたのとは比べ物にならない感じの店売り最強と言った風情の剣。フィリとアリスにもナイフや杖、ローブが渡された。
「木の棒と小銭じゃないんだな」
「俺は王様じゃないからな。頼んだぞ」
「ああ、任せろ」
拳を合わせ、出発する。鎌田が指示を飛ばし、人々が慌ただしく動き出す。賽は投げられた。俺が投げた。勝ちの目が出るかは分からないが、あとはとにかく突っ走るだけだ。
「お前らは……」
「もちろん、嫌と言っても付いて行きますよ」
「私も、王都で爆弾テロとか先輩たちが聞いたら最高にロックだって褒めてくれると思うし!」
フィリはなんかもうちょっと怖い。マジで食われそうな感じがする。綺麗な微笑みを浮かべているのだが。
アリスは元の世界に戻ったら悪い大人との付き合いがないか徹底チェックせねばなるまい。教育に悪すぎるぞその先輩たちとやら。
「よし、じゃあ一緒に行くぞ。俺達のパーティの最後のクエストだ」
「うん!」
「ええ、行きましょう」
まあ気合を入れた所で移動時間がかなりあるので、馬車に乗ってボードゲームに興じるのであったが。モチベーションが保てるか深刻に不安である。そんな俺は運ゲーでぼこぼこにされ、戦略ゲーで徒党を組んだ二人にボコられ、結局リアルファイト(わしわし)に発展するループが数日ほど続いたのであった。




