2話 俺と欲望
本日2話めです
冒険者ギルドはそれなりにでかい建物で、横には訓練場もあるのか、何人かの男たちが藁人形に向かって木剣を振っていたりした。中に入ると半端な時間だからかそれほど人はいなかった。待ち合わせ用らしい椅子やテーブルに何人か座っているだけだ。受付のカウンターに向かう。
「冒険者ギルドへようこそ」
美人のねーちゃんが愛想よくそう言った。よく見ると長い金髪の横から尖った耳がちょこんと飛び出している。エルフとかそういうのかもしれない。胸もなんだか控えめだし。
受付さんは俺の視線に気づいたのか、笑顔のままなのだが雰囲気が怖くなる。読心能力でも持っているんだろうか。俺は寂しい胸元から視線を戻し何事もなかったかのように振る舞う。
「冒険者になりたいんだけど」
「新規登録ですね。ではこちらをどうぞ」
受付さんはカウンターの下から箱を取り出すと俺に渡す。箱を開けてみるとなんだか見覚えのある……
「ってスマホじゃねーか」
「冒険者カードですが?」
ファンタジー感が台無し……いや、言われてみると見た目完全にスマホだが材質は謎の金属だ。スイッチを入れると魔力波長登録中、初期設定中、などと文字が流れる。
「後は画面の支持に従っていただければオッケーですよ」
「なるほど」
初期設定が終了しました、の文字の後画面にステータスが表示される。年齢性別種族、基本的に元のままで種族はヒューマンだった。名前カワカミ、って苗字だけかよ。まあどうでもいいか。職業は戦士。ヒューマン♂戦士とかなんの特徴もないな……
「職業って変えられないのか?」
「職業のところをタップしていただけば、能力値に見合う限りお好きな職業に変えられますよ」
「能力値?」
「ステータスの数値です。生命力、筋力、体力が高いですね。器用度も高いですが、基本的には前衛職向きでしょうか」
まんまゲームである。魔力や知力が低いので魔法使い系にはなれそうもない。職業欄を見ると案の上そういうのは一切なかった。戦士、武闘家、弓使い、野伏、盗賊、山賊……ってろくなのねえな。
「なんかすごい犯罪者係数高い感じなんだけどどうなってんのこれ」
「犯罪をするとカルマ値が下がるので分かりますよ。カワカミさんは……低めですけど犯罪者ラインには踏み込んでませんね。もう少しマナーや言動に気をつけて生活なさるべきかもしれません。カルマ値が下がり過ぎると冒険者ギルドを含め、公的機関が利用できなくなるのでお気をつけ下さい」
悪いことをした覚えはないのだがダメ男度が数字で出るとか恐ろしい世界だなあ。
「まあ、戦士でいいや。上級職になれたりしないの?」
ゲームではありがちだが。いや、ファンタジーとはいえリアルだしゲーム脳はやめるべきだろうか。
「はい、レベルを上げ能力値が条件を満たせば戦闘スタイルなどに応じて様々な上級職に派生しますよ」
ゲーム脳でも問題なさそうだった。ファンタジーバンザイとでも言っておけばいいのか。
「はい、これで冒険者登録は完了になります。クエストの達成やモンスターの討伐が自動的にカウントされ、そのポイントに応じて冒険者ランクが上がりますので高ランク目指して頑張ってくださいね」
「うぃっす」
なんというか至れり尽くせりというか、便利だ。
「ところで、えーと宮原と鎌田ってやつ知らないかな。宮原はいかにも軽薄そうな優男で、鎌田はゴリラみたいなマッチョマンなんだけど」
「ミヤハラさんとカマタさんですか? この街で活動している冒険者にそんな名前の人はいなかったような……冒険者なら検索をかければ分かると思いますが個人情報保護の観点から禁止されてまして」
どうなってんだファンタジー。
「ああ、個人情報、個人情報ね。個人情報は大事だ。それなら仕方ない。両方はぐれた知り合いでたぶんこの辺にいるんじゃないかと思ったんだが、まあ地道に探すよ」
「申し訳ありません。ランクが上がれば多少は融通がきくんですけど……」
「新人は信用がないから駄目ってことか」
「有り体に言えば」
とりあえず当面の目標はクエストをこなしつつ冒険者ランクを上げて、宮原と鎌田を探してもらって……ん?
「なんで俺がわざわざあいつら探してやらないといかんのだ」
「どうかされましたか?」
「ああいや、なんでもない」
鎌田はなんか秘境のジャングルとか絶海の無人島でも自力で家とか道具とか作って生きていけそうな気がするし、宮原はなんか適当にどうにかするだろう。俺は知らん。
手早く合流できなかった以上それぞれでなんとかするしかないだろう。そもそもあいつらがほんとにいるかも分からないんだから。自分のことを再優先に考えるべきそうすべき。俺はなにも間違っていない。
「冒険者といえばパーティ組んで冒険するものだと思うんだが、仲間になってくれそうな人はいるかな。女の子とか女の子とか女の子がいいんだが」
ケモミミでおっぱいでかかったりするといいな。非常にいい。俺の冒険に対するモチベーションが300%以上アップすることだろう(当社比)
「妙なことをするとあっという間に犯罪者落ちですよ?」
「そういえばそうだった。いや、違う。そういう邪な気持ちじゃない。女の子が後ろにいれば頑張れるだろう。そういうことさ」
笑顔で毒を吐く受付さん。職務上の必要性から笑顔を保ってはいるものの、もし彼女が受付嬢でなければ虫を見るような目でもされていたかもしれない。クラスの女子や妹がちょくちょくやる奴だ。慣れているから全く気にならないが。
「前衛の戦士さんは余り気味ですからパーティの募集はそんなにないですねえ。女性冒険者はレベルが上がれば自然と寄ってきますよ。後衛職と違って前衛はソロで活動するのもそう珍しいことではありませんし、地道に鍛えていくのがいいと思います」
「救いはないのか」
「ないです……と言いたいところですが、まあ一つだけ」
おや。受付さんが声を落とし、少しだけ眉をひそめる。何か問題のあるあれなのだろうか。
「奴隷です」
「奴隷」
……テンションが上がっていくのを感じる。なるほど。女の子の奴隷。素晴らしい。異世界転生かくあれかしと叫びたい。支配欲、所有欲、独占欲、汚いあれやこれやな感情を一手に引き受けてくれる素晴らしい存在である。
「興味があるな」
「少ししか話していませんがカワカミさんはそう言うだろうと思っていました。場所は冒険者カードのマップで……ここですね。昨年南部で飢饉がありまして、今はかなり値下がりしています。魔法の才能がある女の子の奴隷でも選り好みしなければ買えると思います。冒険のパートナーとしては丁度いいでしょう」
「なるほど。しかしなんでそんなことを教えてくれるんだ?」
「奴隷上がりの冒険者さんもけっこういますし、場末の娼館に買われたりするよりはマシですから。それに奴隷相手と言っても無茶なことをすればカルマ値が下がって犯罪者落ちしますからね」
上がりきったテンションが若干下がる。まあ、いいや。そういうことができなかったとしても一人寂しくとか、男だらけで冒険とかよりはよほどマシだ。
「よし、じゃあ早速行ってみることにする。ありがとう受付さん」
「いえいえ。それではお気をつけて」
受付さんはにこやかに手を振りつつ俺を見送った。最初からずっと浮かべていた貼り付けたような笑顔ではなく、ごくごく自然な笑顔だった。何か嬉しいことがあったかのような……奴隷商人からバックマージンでももらってるんだろうか。
奴隷というか、ひたすら甘やかしてくれるメイドさんみたいなのが欲しいです